異サイクルショップ

えびしま @abcMaaaaa

寂れたリサイクルショップの店主と、バイトの面接に来たあの人 店内は薄暗く、昭和中期〜平成初期のものと思しき家具が所狭しと並んでいる 店主は「まあ座りなよ」と売り物の椅子に腰掛けるようすすめる 「志望動機は？」「家から近かったので」「フルタイムで働ける？」「はい」「うん、採用！」

えびしま @abcMaaaaa

履歴書に目を通すこともなく、あっさりと採用が決まった 店主は思いのほか若い──いや、そう見えるだけで随分と歳がいっている──ような気がしたが、やはり若い、かもしれない 「何歳に見える？」「…よく分かりません」「君の思った年齢が“真実”だよ」「はあ、」 変なことを言う男だ

えびしま @abcMaaaaa

歳もそうだが、顔立ちもぼんやりとしている 家に帰ったら忘れそうな顔とでも言おうか、今ひとつ覚えられない顔だ 「仕事は接客と書いていましたが」「ああうん、そこのカウンターに座って、レジ打つぐらいかな」「分かりました」「それと、赤い値札の商品はお金貰わなくていいよ」「はい？」

えびしま @abcMaaaaa

「厳密に言えば、出されたものをお金だと思って普通に受け取って。例えオモチャのお金でも、その辺の葉っぱでも」「…ええと、それって、レジ通す意味あります？」「うん。型に倣ってもらうのが大事なんだ。こちらの領域だと主張するためにね。理の違う相手なら尚更」 やはり、変なことを言う男だ

えびしま @abcMaaaaa

「じゃあ、明日からね」 そう言う店長に「よろしくお願いします」と告げて立ち上がろうとすると、「あ、そうそう」と呼び止められる 「君が座ってる椅子。その椅子ね、座ると死ぬやつなんだー」「えぇ…」 馬鹿馬鹿しい、と一笑すると、店長は今までで一番真面目な顔をして「本当だよ」と言った

えびしま @abcMaaaaa

「助かる方法があります。それは…ここから出ないこと」「んな無茶苦茶な」「無茶苦茶な場所なんだよね。ここ。だから住み込みで働いてもらうよ」「は？」「二階の倉庫、使いなよ」 冗談じゃない 店から出て、真っ直ぐにアパートを目指して歩く 歩く、歩く、歩く、が──店の前に戻ってしまう

えびしま @abcMaaaaa

「おかえり」「どういうことですか」「徒に死んでほしいわけじゃないからさ」 悪びれもせず、店長は笑う 「君は才能がある。その上、親とも疎遠で友人も皆無。特定のコミュニティに所属しているわけでもない。そんな都合のいい人間、そうそう居ないから欲しくてね」「ちょっと聞いてりゃ失礼ですね…」

えびしま @abcMaaaaa

「よろしく頼むよ。まあ、普通に店長と呼んでくれ」「名前を聞いておきたいんですが」「そりゃ無理だ。名前は大事なものだからね。教えられないよ」「私の名前は履歴書で見たじゃないですか」「ああ。だから君の名前も呼ばないよ。そこは信用してくれ」「どういう信用なんだか分からないですけど」

えびしま @abcMaaaaa

大抵の客は近隣住民だったが、赤い値札の商品を買っていく客もそれなりにいた 皆一様に無口で、暗く、時代錯誤な服装である 不思議だったのは、金を支払った客がそのまま帰ってしまうことだった 残った商品には、後日、店長が普通の値札を付けていた 「客は思い出を買っていくんだ」「思い出？」

えびしま @abcMaaaaa

「未練とも言う」「はあ」「それを本人に買い取ってもらって、まっさらな状態で売りに出す」「曰くのない品として？」「そう」 そんな彼らから支払われる“金”もまた、様々だった 玩具のお金、外国の旧貨幣、六文銭、おはじき…等 どれも普通に受け取ったが、一度、虫を渡された時はさすがに辟易した

えびしま @abcMaaaaa

差し出された蜘蛛に手を引っ込めると、客は愉快そうに笑った 「なっていない、なっていないなぁ、教育がぁ」 これはしくじったな、と思った瞬間、店の奥から「すまないね」という店長の声がした 「これでは“客”に見破られてしまうぞぉ、客にぃ」「虫なんぞ寄越すのは貴方ぐらいだよ、大蜘蛛の旦那」

えびしま @abcMaaaaa

ひょいと顔を覗かせた店長は、カウンターを我が物顔で歩く蜘蛛を摘み上げ、客へと返した 「そろそろ来る気がしていたよ」「生き物を雇ったとぉ、こいつに聞いてなぁ、こいつにぃ」 件の蜘蛛を指差し、客は続ける 「生き物、大好き！一目見たくって、見たくってなぁ。つい来てしまったぁ」

えびしま @abcMaaaaa

“生き物”という括りで扱われるのは初めてだ 「よしよしぃ」と蜘蛛を撫でている客の指は、蜘蛛の足のように細く長い 表情を窺おうにも、長い前髪に隠れていてよく分からない 「おぉ、おぉ。そんなに見てるとぉ、食ってしまうぞぉ！」 大蜘蛛と呼ばれた男は、子供を脅かすような剽軽さで声を荒げた

えびしま @abcMaaaaa

「生き物！名！名を言えぇ」「あ、はい。私は…」 言いかけたところで、「名前は大事なもの」という店長の言葉を思い出し、口を噤んだ 「あれぇあれぇ。もう少しだったがなぁ」 男は残念そうに「ねぇ〜？」と蜘蛛に話しかける 店長は「ちゃんと覚えていて偉いね」とさして褒めるふうでもなく言った

えびしま @abcMaaaaa

「……」「……」「……」 沈黙なのか膠着なのか、何とも言い難い空気に耐えかねて口を開く 「生き物がお好きなんですか」 まるで犬だの猫だのを問うているような聞き方になったが、仕方がない 「好き、好きだねぇ。生きてると鮮度が良いねぇ。生きたままねぇ、獲物を食べる。良いねぇ」「なるほど」

えびしま @abcMaaaaa

よく分からないが、とりあえず理解した体で返事する 「しかし困ったぁ。この生き物の呼び方、何と呼ぼうなぁ。何とぉ」 男は値踏みするかのように、ぐるりぐるりと忙しなく動き回った 「…蝶。蝶のようだなぁ。簡単に巣に掛かりそうだぁ。この生き物は蝶だぁ」 「蝶、ですか」

えびしま @abcMaaaaa

そんな綺麗なものに例えられれば、誰だって悪い気はしない いやいや蝶だなんてそんな、と言おうとしたところに、男が「あぁ！」と得心のいったような声を上げた 「蛾だぁ。蛾だなぁ。蝶より身が太くてぇ、喰いでがあるぞぉ。喰いでがぁ」 蛾──蛾か… 隣で、店長が笑いを堪えている気配がした

えびしま @abcMaaaaa

「して、大蜘蛛の旦那。今日は何か買っていくかい？まさか赤札品を冷やかして終わり、じゃないだろう」「おやぁ。上手、商売上手！どぉしようかぁ、何にしようかぁ。…そうだ、そうだぁ！椅子！椅子が欲しいなぁ」「それなら、丁度いいものがあるよ」 店長が指差したのは、例の“座ると死ぬ椅子”だった

えびしま @abcMaaaaa

「怪しい、怪しいなぁ？これは“曰く”があるなぁ？なぁ？」 説明しようと口を開いたが、店長が「何も言うな」という目をしていたので口篭る 「確かに“座ると死ぬ”という曰くがあったが、解決済みだよ。随分前にこれを座らせてみたがね、ご覧の通り生きているだろう？」

えびしま @abcMaaaaa

男は尚も「怪しいなぁ」と言い募っていたが、やがて考えるのにも飽きたのか、「貰おう、貰おう」と買い上げた 「…いいんですか」 男が帰った後、店長に尋ねる 「いいんだよ。先に試してきたのはあっちだしね。意趣返しさ」「試されたのは私ですけど」「君を試すということは、僕を試すのと同義だよ」

えびしま @abcMaaaaa

そうは言うものの… 「大丈夫でしょうか」「何、こんなので死ぬ相手じゃあないよ」「だったら意趣返しにならないのでは？」「いや。あの大蜘蛛はね、“曰く”を嫌うんだ」「…と言うと？」「自分のテリトリーに、“他人”が居る感じがして嫌なんだとさ」「嫌がらせとしては成功ですね…」

えびしま @abcMaaaaa

大蜘蛛が次に来店したのは、1ヶ月後のことだった 「蛾、蛾ぁ。蛾は息災かぁー」 ああそうだ、蛾と呼ばれていたな、と思いつつ、「いらっしゃいませ」と挨拶する 「全く酷い、酷いものを掴まされたぞぉ！曰くがあったぁ、曰くがぁ」「大丈夫でしたか」「あんな曰くはぁ、すぐ消した、消してやったぁ」

えびしま @abcMaaaaa

憤慨しているような喋り方だが、以前と変わらぬ剽軽な声色だ むしろ、機嫌が良いと言えるだろう 「あの椅子。椅子はぁ、気に入った！この身体を得ると椅子が必要だぁ。休むのに必要だぁ」「そうですか」 相変わらず、言っている意味はよく分からない 「それにあの椅子。蛾の名残があった。あったなぁ」

えびしま @abcMaaaaa

「…名残？」「ふふ、ふふ。名残に触れれば触れるほどぉ、蛾のことが気に入ったぞぉ。ひと月！ひと月、名残と戯れたぁ。そしたらぁ、」 細く長い指に、喉をそっと突かれる そうして、するりするりと下った指は、鎖骨の中央の窪みで動きを止めた 「ホンモノ。ホンモノの蛾にぃ、会いたくなってなぁ」

えびしま @abcMaaaaa

「持ち帰りたいなぁ。帰ろかなぁ。巣に、巣にぃ。あぁあぁ、名残はとてもヨかった。ヨかったなぁ。喰った、喰った。余さず喰ったぁ。甘い、甘ぁい、とろとろのぉ…。本物の蛾はぁ、もっとイイ…イイだろうなぁ」 食われるのはご免だ、と思うものの、上手く身動きが取れない 言葉が出てこない

えびしま @abcMaaaaa

「…なんて！なぁんて！」 当てられていた指が、すっと外される 「あは、あは、あは。怖いか、怖いかぁ。“曰く”のお返しだぁ。本当にぃ、酷いものを掴ませてくれたなぁ」 再び剽軽な声で、大蜘蛛は笑う 「…食べられるの、嫌ですよ」「あは！しない、しないぞぉ。喰えばぁ、無くなってしまうからなぁ」

えびしま @abcMaaaaa

大きく開けた口から、異様に赤い舌と、白く尖った歯が覗いた 「それにぃ、怒られてしまうよぉ。店長にねぇ。怖い、怖いねぇ。…おぉい、おぉい。聞いているだろぉ？」 大蜘蛛が呼びかけても、応えはない 「…ほら。ほらぁ！聞こえているようだぁ。怖いねぇ、店長。店長は怖いねぇ。もう帰ろうねぇ」

えびしま @abcMaaaaa

深閑とした店内の、どこに店長の気配があるのだろう 「それじゃあ！ばいばい、ばいばぁい」 ひらりと手を振り、大蜘蛛は出ていく その姿はすぐに、白昼の白い闇に飲まれていった 「またねぇ、蛾。俺の蛾」 閉まりかけた自動ドアから、温い風が吹き込む シャツの一番上の釦は、いつの間にか外れていた

えびしま @abcMaaaaa

大蜘蛛の「喰ってやる」、最初は文字通りの捕食だけど、「名残を喰った」ってのは性的な意味っすねえ それで気に入っちゃったので、「欲しいなぁ」ってなってる この時点では愛はない

えびしま @abcMaaaaa

「名残。名残の意味ぃ？えぇと、えぇとなぁ。魂のぉ、抜け殻。おやぁ。分からんか、分からんかぁ。名残はぁ、蛾の人形。可愛い蛾を模したぁ、人形。モノの名残はぁ、一年は保つのだがなぁ。蛾は保たなかったぁ。ずーっと戯れていたらぁ、ひと月と保たなかったぁ！」 twitter.com/abcMaaaaa/stat…

えびしま @abcMaaaaa

そして、「名残。名残がぁ、欲しい。欲しいなぁ。アレより強い、強ぉい名残！」と、私物を奪っていくようになる 長らく使っていたボールペン、ハンカチ、腕時計…等々 以前より“名残”が強く出るモノのはずなのに、何故か「半月しか保たない」「十日も保たない」と文句を言いながらやってくる

えびしま @abcMaaaaa

最近では「髪をくれぇ」と強請っては、何本か持って帰る 「百本だぁ。百本欲しい、欲しいなぁ。髪百本！」「私ハゲます」「けち、けち、けちぃ！」「ケチで結構」 しかし、大蜘蛛に髪を差し出した次の日のことだ 「…一日。一日もぉ、保たなかったぁ」 そこに居たのは、昨日来たばかりの大蜘蛛だった

えびしま @abcMaaaaa

「モノは駄目だぁ。髪は駄目だぁ。本物、本物ぉ。本物ならばぁ、ずっと、ずぅっと保つ。蛾、蛾ぁ。可愛い蛾。俺の蛾。一緒ぉ、一緒に来てぇ。一度、一度だけでいいぞぉ。一度、俺の巣、巣にぃ。…駄目、駄目だとぉ？来て、来てぇ。っ駄目…だとぉ、一緒にぃ、来、…い、いいから、こ、こ、来い！」

えびしま @abcMaaaaa

「…っ、名残。な、名残はぁ、喜んでいたぁ。俺と戯れてぇ、喜んでいたぁ。だから、だからぁ。本物、本物もぉ、喜ぶ！絶対、絶対にぃ、喜ぶ。だから来るんだぁ。こ、来い！な、名残よりもぉ、や、優し、優、っ優しく、する。っ…！い、嫌…？嫌、…い、いい、い嫌、だと！俺の、おお、お、俺の、蛾、」

えびしま @abcMaaaaa

爆睡する大蜘蛛の前髪をそーっとかき分けて、素顔を見ようとした瞬間に「見るな」と強く拒絶されるあの人 「いけない、いけない。見ちゃあいけないねぇ」 祟りか何かかと思って「ごめんなさい」って謝ると、「い、ひ、ひひ！は、はは、恥ずかしい、ねぇ。顔。恥ずかし、い、ぃから。ねぇ」とか言われる

えびしま @abcMaaaaa

厄介な客こと大蜘蛛は、「女郎屋で生まれた蜘蛛」 他にも「羽化に失敗した蝶の亡霊」「前世が蜂だった養i蜂i家」「海に行ったことがない鯨」とかが来るけど、大蜘蛛の存在感がデカすぎて頓挫してる twitter.com/abcMaaaaa/stat…