「うん」庭園の飾りタイルに直接座って、雨桐さんは炭酸水のボトルを開けました。「三津さんとは事故の後、だいぶ塞いでいた時期に知り合って。とても大事にしてもらったんです。夜中に来てくれたり……大丈夫ですか?!」雨桐さんが飲みかけの炭酸水で咳き込んでいます。44
2023-06-25 21:33:00「あれ……あれ、あなただったんだ」「え?」落ち着いた雨桐さんが、片手を地面について息をつきました。「夜中に通話で叩き起こされて、あの人ましろ地区に送って、朝方まで駐車場で寝て仕事行ってた時期があって」それを聞いたマリアさんが両手で顔を覆います。45
2023-06-25 21:36:00「変だと思っていたんですけど、あの人、何も言わなかったから……」何度もごめんなさいと繰り返すマリアさんに、「怒ってはいないから。あの人がそこまで入れ込んでた人は、俺が知る八年であなただけだよって話」と雨桐さん。46
2023-06-25 21:40:00マリアさんがそれを聞いて、照れ隠しなのか、可愛らしい眉を吊り上げます。「も、もう絶対そんなことさせませんからね! 雨桐さんをそんな使い方したら、私が怒ります!」そんなマリアさんを眩しそうに見て、雨桐さんは笑いました。「いい子だね。今の話、明日使ってもいい?」47
2023-06-25 21:43:00三津さんの友人代表としてご紹介があり、『三津さんとマリアさんへ』と書かれた薄青い封筒から、便箋を抜き取りました。少し震えた息を吸って、話し始めます。50
2023-06-25 21:50:00「随分若造が出てきて、驚きましたか。おれは雨桐と言って、三津さんの大学にも出入りしている造園業者の人間です。今日の式場も手伝いました」マリアさんのご友人から拍手が起こって、どうも、と、雨桐さんは髪に指を絡めます。51
2023-06-25 21:52:00「三津さん、大学では古い溟渤の説話を研究してる人なんですけど、色んなことに興味がある人で。それは良いところだと思うんですが、納得するまでどうして、なんで、って聞いてくるんですよね。二歳児か? ってぐらい」そこで、三津さんをちらりと見ます。51
2023-06-25 21:56:00「で、植え替えの仕事中だっていうのに、俺の同期に構内で延々絡んできて半泣きにさせたの。それで、いい加減にしてくれませんって、わりと本気でキレたのが出会いです」会場が少しの笑いで満ちました。「そこから十年近い付き合いになるなんてね。分からないものですね」52
2023-06-25 21:58:00かさ、と、便箋が入れ替わる音。「歳はだいぶ違うんですけど、俺はドライブが好きだったのと、三津さんは、あちこち行くのが好きで、利害も一致したんで色々なところに行きました。夕飯だけ食べに空港に行って、そのまま魚釣ってみたいって言うから道具積んで夜釣り行ったり」53
2023-06-25 22:01:00雨桐さんが楽しかったよね、と言えば、三津さんは切れ長の目を細めます。お二人の視線には思い出が宿っているようでした。「そしたら、夜中に叩き起こされて、僕の友達が大変なんだ。連れて行ってくれ、ですよ」主賓の席に座っていた三津さんが「きみ、それは」と、身じろぎしました。54
2023-06-25 22:04:00「三津さん、マリアさんに格好つけたくて俺のこと馬車がわりにしてたっていうのが、つい昨日分かりました」三津さんがヤケのように背の高いグラスに入った葡萄酒を飲み干しました。「こっちは車中泊してから出勤してたんだぞ。それでも付き合ってたのは俺だけど」55
2023-06-25 22:08:00「悪かったって」と謝る三津さんに、また会場から温かい笑い声。「本当だな? それで……なんでそんな事してたのかって、自分はずっと、そういう三津にいさんに、なんというか……世界を広げて貰ったような気がしたんです。めちゃくちゃ言うけど、それは大事な人のためなの知ってるし」56
2023-06-25 22:11:00最後の便箋が捲られます。「出不精で他人と連絡取らないタイプの俺を知らないところに連れて行ってくれたのは、この人だったので。三津さんのおかげで俺の世界が豊かになったみたいに、マリアさんの心に差し込む、綺麗な夕陽であってください」57
2023-06-25 22:14:00ゆっくり会場を見渡した雨桐さんは息継ぎをして、マリアさんの方に首を傾けます。「マリアさんとも少しお話ができて、この人なら、きっと三津さんのこと、程よく叱って、程よく甘やかしてくれるだろうと思いました。三津さんが俺を使うほど大好きなんだって、自信持っていいよ」58
2023-06-25 22:17:00「三津さん。マリアさん本当にいい人だから、あんまりないがしろにしちゃだめだよ」夕陽が美しく差し込む庭園に、雨桐さんの落ち着いた声がゆっくりと響きました。「二人の新たな船出が、穏やかであることを願うばかりです。結婚おめでとう。二人で幸せになるんだよ」59
2023-06-25 22:20:00一礼した雨桐さんを、席を立った三津さんが強くハグします。やめなよ、と苦笑いした雨桐さんが畳んだ四枚つづりのお手紙は、その後銀の水桶に浸されて、溟渤の神様に捧げられました。幸せを願う言葉たちは、オレンジ色の入日に輝きながら溶けて消えていきました。60
2023-06-25 22:24:00【スタッフ】ナレーション リエフ/音声技術 琴錫香/映像技術 リエフ・ユージナ/編集 山中カシオ/音楽 14楽団/テーマソング 「cockcrowing」14楽団/広報 ドロシー/協力 オズの皆様/プロデューサー 友安ジロー/企画・制作 studioランバージャック
2023-06-25 22:27:00夜の帳が降りたら、お式は一度幕引きになります。暗くなったらカップルたちの時間になるためです。カップルは退場し、あとは二時間ほど参列者たちのアフターパーティーへ……というのが、この季節のスタンダードなお式の流れです。61
2023-06-25 22:30:00三津さんとマリアさんを見送って、雨桐さんはテーブルから離れます。庭園の片隅に隠れるように置かれた喫煙スペースで、胸ポケットからもう一通「哥哥(にいさんへ)」と書かれた封筒を出しました。誰もいないのを確認し、雨桐さんはライターで封筒に火を点けて、円筒型をした灰皿にそっと置きます。62
2023-06-25 22:33:00こんにちは! P-PingOZ広報のドロシーです。お久しぶりの配信、いかがでしたでしょうか? 今回挙式されたカップルのお二人は、主人公の方のお願い通り、ハッピリーエバーアフターを満喫しています。
2023-06-25 22:45:00第02特区の結婚式は、今回紹介したお式の他にも色々な形があるんです。おおむね日暮れから夜にかけて行われることが多いのですが、クルーザーを借り切るお二人もいますし、ご自宅を開放して、ご近所さんもウェルカムな形式のお二人もいます。
2023-06-25 22:46:00予想されていた方もいらっしゃるかと思いますが、今回取り扱った信仰では、婚姻関係を解消することは「人生の夜明け」とも言うそうですよ。前向きで素敵ですね!
2023-06-25 22:47:00結婚式シーズンがそちらでいう6月のお話なので、どうしても6月にやりたい、とスケジュールを調整していたら、こんなに経っていました。お待たせしました。今後もゆるやかにやっていきますので、無理のない範疇でお付き合いください。感想、ご意見は #p_poz でお伝えくださると、とても嬉しいです!
2023-06-25 22:49:00そちらのお天気などいかがですか? 雨や湿度は人間や人間以外にも良くないので、メンテナンスをしてお大事に過ごしてください。それでは、P-PingOZ広報のドロシーでした。またね!
2023-06-25 22:52:00