ある少女が、時間遡行軍との戦いに、身を投じることになった。
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本丸赴任

世界に見放されたと思った少女が、刀剣と心を通わせて世界を救うハナシ。まだ、少女は心を開かない。刀も、少女に心を開かない。

春瀬由衣@たぬ🍲⛄️ @haruse_yui

「あなたも復讐を望むのか」 私は返答に困ってしまった。 審神者になったのは、帰る場所がなくなったからだ。学校では〇〇菌が付くと避けられ、掃除のときには机が運ばれず、家に帰ればなぜやり返さなかったのかと叱られた。私には居場所がなくて、だからこそ、よくわからない団体に拾われてしまった。

2023-07-27 19:00:58
春瀬由衣@たぬ🍲⛄️ @haruse_yui

『新しい世界で人々のために働いてみませんか』 マルチか宗教かわからない謳い文句の看板を持った人に、私はいつの間にか話しかけていた。 今思えば、あの人の手先は透き通っていたような気がする。あの人もまた、現世の者ではなかったのかもしれない。

2023-07-27 19:04:23
春瀬由衣@たぬ🍲⛄️ @haruse_yui

私はさにわというものになり、政府の命令で歴史修正主義者と戦うらしい。 どうせ○のうと思っていたところだ。誰相手でも私を○してくれるならそれでいいと思っていた。 肩に乗ることができるほどの小さい狐が言うには、私が戦場に出て戦うわけではないらしい。

2023-07-27 19:09:49
春瀬由衣@たぬ🍲⛄️ @haruse_yui

赤の他人に戦わせるとは、少し良心が痛む。 「それで、始まりの一振りはどなたになさいますか」 服装が華やかだという理由で、「かせん」という人を選んだ。 その人は顕現するなり、自分は人ではないと言い出した。 そして、政府より配給された資材により、刀剣の付喪神を召喚しろ、と

2023-07-27 19:12:54
春瀬由衣@たぬ🍲⛄️ @haruse_yui

狐は知らぬ間に消えていた。この場所に慣れていない二人——二人と言っていいのかもわからない——で、この状況をどうにかしなくてはいけないらしい。 たった二人には広く感じる居間には、黒い電話と細長い箱がある。その箱は「かせん」が出てきた箱だから、実質私の私有物は電話しかないらしい。

2023-07-27 19:15:29
春瀬由衣@たぬ🍲⛄️ @haruse_yui

「まだ鍛刀をされてなかったのですか」 狐が呆れるように言った。 「ここに来るまでに、粗方説明は受けたものと」 「私、説明とかなんも知らない。男の人と喋ってたら、歴史修正主義者と戦うってだけ聞かされて、気づいたらここに」 狐は目を見開いた。 「政府も、罪なことをなさいますねぇ……」

2023-07-27 19:17:41
春瀬由衣@たぬ🍲⛄️ @haruse_yui

「近頃時間遡行軍の勢いが増しており、陥落する本丸が多く……。要は、人手が足らぬということです」 光のない目で私を見つめる「かせん」と、眉間に皺を深く刻む狐が、しばらく沈黙のなかに取り残された。 「戻られますか? 現世に」 「え?」

2023-07-27 19:20:25
春瀬由衣@たぬ🍲⛄️ @haruse_yui

「いかに人手不足でも、このように集められては。ご親族も心配なさっているでしょうし」 親族……。私を問い詰めた父の顔が浮かんだ。私を虐げる同級生の、私を指差す指が浮かんだ。あそこには、戻りたくない。 「戻られません、か」 珍品を見るような目でこちらを見ないでほしい。

2023-07-27 19:22:45
春瀬由衣@たぬ🍲⛄️ @haruse_yui

おかしいのはあいつらであって、私ではない。 「ひとまず、審神者さまが慣れるまで一通りの仕事はわたくし、ごんのすけが行いますゆえ。まずは、始まりの一振りとの縁を深めてください。刀剣男士に心を宿すのは、審神者さま、すなわちあなたさまでございます」

2023-07-27 19:24:22
春瀬由衣@たぬ🍲⛄️ @haruse_yui

こころ……?私が? 私に心がないのに、この人とどうやって心を通わせたらいいの? なにも教えてくれないのに狐はいそいそとどこかへ行ってしまった。 また、広い居間に二人。 仏頂面でこちらを見つめてくる。 なにか、話しかけなければ。そう思って、当たり障りのない(と私が思った)話題を投げた。

2023-07-27 22:10:06
春瀬由衣@たぬ🍲⛄️ @haruse_yui

「かせんさんは、どこから来たんですか」 「○した」 「え?」 物騒な言葉が飛び出した。 「三十六人」 「えっと……」 「ほら、そうやって、どんな顔をしていいかわからない顔をする」 やっぱり無理だ。心を通わせるなんて。私はやっぱり現世に帰ろうかと思い始めていた。

2023-07-27 22:18:15
春瀬由衣@たぬ🍲⛄️ @haruse_yui

「審神者さま〜〜! 審神者さまの、初鍛刀での顕現刀でございます。どうぞ、自らのお手でご対面を」 空気を読まない狐だ。私はこの仕事を辞めようとしたところなのに。 「ささ。こちらの刀箱をお開けください」 まるで私が、その中にいる人との対面を望んでいるかのような言い草を。

2023-07-27 22:29:40
春瀬由衣@たぬ🍲⛄️ @haruse_yui

開ければいいんでしょ。開ければ。 私は木箱の鍵に手をかけ、既に鍵が解かれていることに気づき、気まずさが増して自棄になって、木箱を雑に開けた。 「僕は小夜左文字。あなたは……誰かに復讐を望むのか……?」 心臓がトクン、と跳ねた。私は復讐を……。復讐を…………。 復讐を、望む。

2023-07-27 22:35:07

ある審神者の死

少女は、野良の刀剣を保護することになる。本丸が焼け落ち、審神者を失ってなお、命を保ち続ける刀剣がいる。それは本来ありえないことなのだが……?
刀帳にない刀剣が一振りある。彼は何者なのだろうか。

春瀬由衣@たぬ🍲⛄️ @haruse_yui

審神者が自分の身くらいは守れるようになりたいと自分の刀を打たせて所持したが、部隊を全部遠征にやっている時に本丸襲撃で審神者が死んでしまう。近侍は気丈に、それぞれの刀の最期を看取ろうとする。審神者いずして刀剣男士は存在し得ないからだ。しかし、誰一振りとして刀は死なない。

2023-08-16 23:15:00
春瀬由衣@たぬ🍲⛄️ @haruse_yui

おかしい、審神者は死んでいないのか?と思っても、そこには確かにその本丸の主の亡骸が横たわっている。 その瞬間、審神者の所持していた刀が光を帯び、刀剣男士の顕現のように神々しく光り輝く。 刀は逸話により生きるが、審神者の所持していた刀にとっての逸話は審神者と本丸での日常そのものだった

2023-08-16 23:17:29

大太刀が死んだ日

刀剣は男性の姿で顕現すると言われていたのに、その日顕現したのは花魁姿の女の刀だった。やけに女言葉を使い、酒臭いとくる。正直、審神者である私は彼(女)のことが好きになれないでいた。

先方もそれは薄々勘づいていたようで、休む暇もなく内番で馬の世話や鍛錬をさせ、演習で他の本丸との対戦に送り出す私を酒の席に誘ってくれたことはなかった。

別に苦手な刀剣なら他にもいた。なぜ次郎太刀と呼ばれるこの刀剣だけ、こんなにも露骨に態度に出してしまうのか、私にはわからなかった。

ある日、政府から入電があった。近くの演習場が時間遡行軍に奇襲を受け、そこで模擬試合をしていた部隊が行方知らずだと言う。

政府からも捜索隊を派遣するが、近くの兵に余力のある本丸は事態の把握のため周辺の捜索をしてほしい、とのことだった。
私はその入電を聴き終えると、いつものように遠征部隊の報告書の整理に戻った。
しばらく伏せっていたので、処理すべき書類が溜まりに溜まっていた。
赴任して間もない審神者であり兵力に余裕もなく、召集対象ではないことも、他人事感の理由のひとつだった。

そのときの矜持は前田藤四郎だった。
小夜左文字に経験をつけさせたくて、頻繁に出陣をさせていた。
その前田藤四郎が、青ざめた顔で書斎の引き戸を乱暴に開いた。
「主君、たいへんです」

「どうしたの?演習場の件なら聞いてるけど」
「お小夜さんの部隊がもうすぐ帰城する頃でしたのでそれを待っておりましたが、一向に帰城されません。探索の値が高い方に探っていただいたところ、時空間の乱れにより時間があった演習場の近くに不時着したようだとのこと」

小夜左文字、私が絶対に折りたくない刀。彼は、彼だけはなんとしてでも、現世で、あるいは来世で。幸せを築いて欲しかった。
今思えば、随分と選り好みをする嫌な審神者だったと思う。

私は自分の刀を持って、思わず書斎を飛び出した。
顕現して間もない刀だった前田藤四郎は、私を止められなかった。
私は本丸を出た。
何度か、自分の本丸の自分の刀を応援しに通ったことがある。
道は分かっているから迷うことはない。そう思っていた。

私は自分が如何に非力な存在に過ぎないか知った。
いつもの風景は様変わりし、時間遡行軍の攻撃は私の本丸の近くまで及んでいた。
目印となる連絡地点の建物は跡形もなく。
道理で襲撃の一報が届かなかったわけだ。
そうなると、本丸の刀剣たちも危ない。
審神者が行方不明で、さぞかし混乱しているだろう。