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ゆーや @yuuya_kdn

引っ越しを頼んだらやってきた作業員の中におとうとがいた。「おとうと?」「兄者っ?」前世のことなんか今の今までひとかけらも覚えてなんかいなかったけれど。おとうとの顔を見た瞬間に全部思い出した。きっと、おとうともそうだろう。

2021-11-24 22:38:02
ゆーや @yuuya_kdn

「1億以上も人がいるのに会えるなんてすごいね」「まったくだ。だがすまん兄者、俺は仕事をせねばならん。あなたに気をとられて荷を粗末に扱うわけにはゆかぬ」「あ、そうだね」「なんといっても大切なあなたの荷物なのだからな」「うん」弟らしい物言いに微笑して、弟たちの作業を見守った。

2021-11-24 22:41:41
ゆーや @yuuya_kdn

作業員たちが頭を下げて部屋を出ていく。おとうとが最後に残った。「おまえは残るよね」「すまん、このあとまだ現場が」「ええー」「終わったら、ここへ戻ってくる。待っていてくれ」「ぜったいだよ」「あなたを謀る俺と思うか」僕の目を見つめたまま、おとうとは僕の手の甲に唇を押し当てた。

2021-11-24 22:56:02
ゆーや @yuuya_kdn

待っているからね、と念を押して送り出した。ふと部屋を見回す。たいへんだ。おとうとが戻ってくるまでに部屋を整えておかなくちゃ。頼んだコースは荷造りと運搬と運び込み。つまり荷ほどきは全部僕がする。時間はあるしゆっくりやればいいと思っていたけれど。それどころじゃない。さあどうしよう。

2021-11-24 22:59:20
ゆーや @yuuya_kdn

午後からの現場は、正直、半分は上の空だった。それでも体は動いて作業をこなせたのはひとえに経験ゆえだ。だが何度かひやりとして、己の浮かれっぷりに頭が痛かった。だが、昨夜遅くに急に交代を頼まれた現場で兄に再会して記憶が戻るなど、誰が予想しえただろう。兄者、と呟くと胸が高鳴る。

2021-11-24 23:06:07
ゆーや @yuuya_kdn

仕事をおろそかにするわけにはゆかぬ。己の出自を思い出した今となってはなおさらだ。たかがバイトといえ源氏の重宝の名に恥じぬ働きをせねばならぬ。懸命に顔を引き締め、いつも以上に意識してきびきび立ち働いた。そのおかげか、ふだんは後ろへずれこむ作業は珍しく予定より早く終わった。

2021-11-24 23:10:51
ゆーや @yuuya_kdn

会社に戻り、日誌を提出して、挨拶もそこそこに自転車に飛び乗った。最初の現場へ――兄のもとへ全力でペダルをこいだ。そして。「…兄者?」眉を寄せた膝丸に兄はどこかひきつった笑みを浮かべる。「えへ」「えへ、ではない。なんなのだこれは」「…荷ほどき?」「なぜ疑問形で言う」「…えへへ」

2021-11-24 23:19:22
ゆーや @yuuya_kdn

ほんの何時間か前。膝丸たちが運び込み、きちんと積み上げた、単身者の引っ越しにしては多めのダンボールは乱雑に崩され、半ば以上封があいていた。ただしどれも中身は入ったまま。いや、いくつかは半端に取り出されているように見える。何か先に出したいものがあって探し回ったという風情だ。

2021-11-24 23:24:35
ゆーや @yuuya_kdn

「探しものか」「カップと、タオルと。あとシーツをね」指を折って数えるようにしながら兄はちらりと膝丸を見る。「おまえがきたらお茶を出して、それからお風呂に入って、泊まれるようにしなくちゃって」「それでなぜ書籍の箱があいているのだ」「…なんとなく?」巨大なため息が流れ出ていった。

2021-11-24 23:31:01
ゆーや @yuuya_kdn

「そうしているうちに疲れてしまって目当てのものは見つからず、途方にくれていたのだな?」「うん」朝、荷造りの時に、片付いているように見えてものの配置に規則性がないように思ったのは引っ越しを前に移動させたからかと思っていたが。「兄者」「うん?」「生活能力がないと言われたことはないか」

2021-11-24 23:35:25
ゆーや @yuuya_kdn

そう言った膝丸に、兄は目をぱちぱちさせる。まじまじと見られて、わずかに心臓が跳ねた。時を越えてめぐり逢ったと言え、兄とは初対面でもある。さすがにぶしつけにすぎる物言いだったろうか。

2021-11-24 23:37:10
ゆーや @yuuya_kdn

「…」兄は無言で膝丸を見ている。やはり、気を悪くさせてしまったようだ。「す、すまない、その」「なんでわかったの?」「え」「そうなんだよ、いつも言われるんだ。おまえはどこに生活能力を置き忘れてきたんだ、って」そう言って、兄は花が開いたような笑顔を浮かべた。

2021-11-24 23:39:49
ゆーや @yuuya_kdn

「すごいね、おまえは。会ったばかりで僕を見抜いてしまった」「兄者…」無邪気な笑顔にもう一つ、さっきよりもさらに大きなため息が落ちた。「よければ、続きは俺がしよう」「え、ほんとう?」「兄者がおいやでなければだが」ほんの数時間で新居がこのありさまではとても任せられぬ、が本音だ。

2021-11-24 23:49:03
ゆーや @yuuya_kdn

「ぜんぜんいいよ。すごく助かる。あとで何がどこにあるか教えてね」「わかった」そういえばかつても、ほかの刀に手を出されるのは嫌っても膝丸が手を貸すことには兄は難色を示したことがなかった。「とりあえず、…そうだな、ベッドの上にいてくれ」見回して、一番邪魔にならなそうな場所を示した。

2021-11-24 23:50:43
ゆーや @yuuya_kdn

うん、と頷いた兄が立ち上がり、次の瞬間近くにあったダンボールにぶつかった。「わ」「兄者!」慌てて腕をつかんで引き戻し、ダンボールも素早く押さえて雪崩を防いだ。「ありがとう」「…片付くまでは少し周囲を見てくれると助かる」「ごめんごめん」けろりと笑った兄の瞳が、だがふと色を変えた。

2021-11-24 23:54:17
ゆーや @yuuya_kdn

兄を引き寄せたせいで、兄を腕に抱き込むような体勢になっていた。兄の顔が近い。「っ…」じっと見つめられて膝丸は狼狽する。頬が熱くなって目をそらした。「おとうと」甘く音を舌の上で転がすように兄が呼ぶ。「こっちを向いて」「…」ちらりと顔を向けると兄の手が頬に添えられた。

2021-11-24 23:57:59
ゆーや @yuuya_kdn

「ぁ」身構える間もなく、兄の唇が膝丸のそれを覆う。押しつけられた唇の柔らかさにくらりとめまいがした。半ば本能的に唇を開くと兄の舌がするりと入り込んできて膝丸の舌を舐める。ぞくりと背が震えて、膝丸はぎゅっと目を閉じて兄の腕にしがみついた。

2021-11-25 00:01:14
ゆーや @yuuya_kdn

「兄者」短いが濃密な口づけ。懸命に声をかき集める。「片付けを」「あとにしようよ」「っ」腰に押しつけられてきた熱。いや、膝丸もすでに熱くなっている。「シーツはないけど、ゴムとゼリーはさっき買ってきたから」ね、と唇をかじられて、頷く以外に選択肢などありはしなかった。 (おしまい)

2021-11-25 00:09:56
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まとめたひと
ゆーや @yuuya_kdn

成人済文章書き/源氏/髭膝/ミュ兄者最推し/2.5話題有/三浦宏規/支部:pixiv.net/users/4030086/まろ:marshmallow-qa.com/yuuya_kdnお題箱避難先はプロフカード/アイコンは菅谷さん(@sugaya_00)にいただきました超感謝😭🙏✨