このから始まる燭さにがあるんですか?
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アエラ @rkrnm_turb

「主っていつも長袖着てるよね。何か理由があるの?」後家が何気なくそう言った瞬間、姫鶴の肘が顎に食い込んだ。「痛ァ!」「ごめん、あるじ」姫鶴はすぐに謝罪を入れた。だが相手は後家ではなく、正面で葡萄を食べていた審神者だ。審神者は突然放たれた肘と謝罪に目を白黒させている。「な、何の事」

2024-04-08 21:49:31
アエラ @rkrnm_turb

「服の事。ごっちんに説明すんの忘れてた」ああ、と審神者は葡萄を一粒毟って頷いた。「姫鶴が担当だったんだ」「そーいうわけでもないけど。近い奴がそれとなく教えてる」「ねぇ何の話?」後家は顎を摩りつつテーブルに前のめりに凭れた。どうやら込み入った事情があるらしい。審神者の皿からひょいと

2024-04-08 21:49:31
アエラ @rkrnm_turb

葡萄を掠め取りつつ問う。「見せたくないものがあるとか?」完全に軽口の延長だ。再び姫鶴の肘がめりこんだ瞬間、執務室の戸がすらりと開かれた。「葡萄のおかわりいる?」現れたのは燭台切光忠だった。お盆にはつやつやと光る葡萄の房が乗せられている。姫鶴の肩がぴくりと揺れ、後家は首を傾げた。

2024-04-08 21:49:32
アエラ @rkrnm_turb

「ありがとう。頂きます」妙な緊張感が走る中、審神者は気にした風もなく手を挙げる。燭台切の笑顔が一層柔らかいものへと変わった。「主は葡萄好きだもんね」「うん」一見会話は和やかだ。否、燭台切と審神者の間に限っては朗らかな空気に満ちている。後家は旧友が珍しく神経を尖らせているのを横目に

2024-04-08 21:49:32
アエラ @rkrnm_turb

見ていたが、ふと姫鶴が立ち上がった事で均衡は崩れた。「やば遅れる。またねあるじ」「え、もう行くの?」「ごことけんけんと出掛ける。ごっちんも連れてくね」そんな予定は聞いていなかった。だがちらりと向けられた視線だけで、後家は姫鶴の意図を汲んで立ち上がっていた。「そーだった。行こっか」

2024-04-08 21:49:33
アエラ @rkrnm_turb

「気を付けてね」という審神者の声を受けながら執務室を出る。戸を閉める間際、燭台切の視線が追ってきている事に後家は気が付いた。普段と変わり無いようでいて、瞳は僅かな剣呑さを孕んでいた。「ボクまた何か余計な事言った?」漸くそれを口に出来たのは、執務室から随分と離れて来てからだ。「まあ

2024-04-08 21:49:33
アエラ @rkrnm_turb

今回はごっちん悪くない。顕現したばっかだし、知らなくて当然」「つまり?」「ブラック本丸って聞いた事ある?」後家は首を横に振った。予想していたとばかりに姫鶴は続ける。「損害無視して無茶な進軍させたり、手入れしないまま放置したり、言う事聞かないと見せしめに折ったり……審神者が刀剣男士

2024-04-08 21:49:33
アエラ @rkrnm_turb

にメチャクチャやってる本丸をそう呼ぶ」「……そんな本丸あるの?」「無いなら名称つかねぇっしょ。人間じゃねーからってメシも食わせないような所も、あるにはあるってさ」今度こそ後家は足を止めた。刀剣男士は飢えて死ぬ事はないが、苦しみは人間と同じように感じる。馴染みの刀がそんな目に遭って

2024-04-08 21:49:34
アエラ @rkrnm_turb

いると想像するだけで、後家は居ても立っても居られない気持ちになる。「でもそれ、ウチの本丸には関係ないよね」「今はね」全身の毛が逆立つとはこの事だ。「最後まで聞けや」踵を返して駆け出そうとした後家の脚を、姫鶴が掬い上げるように払う。後家は近くの柱で強かに額を打ちつけた。「あるじは、

2024-04-08 21:49:34
アエラ @rkrnm_turb

引き継ぎの審神者なんだよ。前任者の代わりにこの本丸に来た」「前任者……」ピンと来た。その審神者が所謂”ブラック本丸”を運営していたのだろう。今の審神者に顕現された後家は存在すら知らない。姫鶴も会ったことは無いと言う。「知ってるのは古株の刀だけ。そいつに顕現されて、折れずに今も

2024-04-08 21:49:35
アエラ @rkrnm_turb

残ってる奴ら」後家は退室間際の燭台切光忠の瞳を思い出していた。あの刀は恐らく、その内の一振りなのだろう。「でもそれ、主が長袖来てる理由と関係ある?」「……酷い扱い受けてた刀が、簡単に新しい主を迎えたと思う?」姫鶴の表情が曇る。「まさか」と後家は言いかけ、口を自らの手で抑えた。

2024-04-08 21:49:35
アエラ @rkrnm_turb

金色の隻眼が脳裏を巡る。「無闇に触れない方が良いよ」姫鶴の静かな指摘に、ゆっくりと頷いて見せた。同時に、もっと早く、ちゃんと教えといてよと恨み言を投げたくなる。「ボク、祖のあんな顔初めて見たよ……折られるかと思った」「それはまじでごめん」「やっぱ出かけよ。おつうの奢り」「ん」

2024-04-08 21:49:35
アエラ @rkrnm_turb

一方執務室では、山盛りの葡萄をせっせと食べる審神者の姿があった。後家と姫鶴の分も残されているので相当な量だ。「お腹壊さないようにね?」「わかってる。でも手が止まらなくて……」「食いしん坊だなぁ」燭台切は審神者の隣に腰掛け、審神者が食べる姿を柔らかい眼差しで眺めていた。「主。袖が

2024-04-08 21:49:36
アエラ @rkrnm_turb

汚れるよ」ふと、葡萄の汁が審神者の手首の辺りまで垂れているのを見つけて声を掛ける。「あっうそ、いま手が濡れてて」「少し捲るね」一応了承を得て袖へ触れる。審神者は一瞬固まったが、ここには自分と燭台切しか居ない事に思い当たり、「お願い」と腕を伸ばした。捲られた袖の内側から白い肌が

2024-04-08 21:49:36
アエラ @rkrnm_turb

露わになる。陽が当たらずきめ細かい筈のそこはしかし、幾筋もの夥しい刀傷が刻まれていた。既に塞がってはいるものの、深く肌を抉った痕は生々しく残されている。「……ごめんね」燭台切はそのうちの一つにそっと指を這わせて俯く。審神者から見えない位置で、唇は薄らと笑みの形を作り歪んでいた。

2024-04-08 21:49:36