鷹見くんをナンパする轟さん

ひしょこ @hishoco

これは、ひーろーとは全く関係の無い、赤の他人な、とどろき炎じさん(45)独身社会人と鷹みけーごくん(22)大学生の出会いのひとコマ。

ひしょこ @hishoco

バイトを終えた帰りの電車。腹減ったな、夕飯何にしよ。なんて考えながら、スマホでネットサーフィンをしていると、左の視界にチラチラと何かが動く。 なんだろうと顔を上げると、ニタリと気味の悪い笑みを貼り付けたおっさんと目が合った。 (うわ、きも……) すぐに顔を背け、スマホに視線を戻す。

ひしょこ @hishoco

でも、そいつは俺が反応を示したのをいい事に、チラチラとスマホの前に掌をヒラヒラ出して来たり、ふぅーと息を吐いて俺の前髪を揺らしてみたり。指で髪を掠めてみたり… 痴漢だと言えるほど明確には触ってこない。けれど、確実に俺の意識を引こうとちょっかいをかけてくる。

ひしょこ @hishoco

止めろと反撃してもいいが、帰宅時間も重なってそれなりに混みあっている車内、揉め事は避けたい。 下車予定の駅までは後5つ、時間にして15分程度。 あからさまに触られたら拒否しよう。それまでは事を荒立てず無視だ無視。こういう輩は反応を見て楽しんでるのだ。 極力リアクションをしないよう、

ひしょこ @hishoco

ポーカーフェイスを作り込む。 ただ、やはり様子は気になってしまい、チラチラと正面の窓ガラスに視線を投げる。おっさんは変わらず、ニヤついた顔で俺にちょっかいを出していた。 女の子が困るよりいいか、自分ならいざとなったら反撃も出来る。 不快感がまとわりついて、気分が悪くなりそうだったが

ひしょこ @hishoco

ゲームアプリを立ち上げ、意識を逸らした。 二つほど駅を通過した頃、そろそろ飽きたかなと、また窓ガラスに視線を移してみた。 (っ…！？) 大袈裟に肩を揺らしてしまう。 反射したガラス越しに、男と目が合ってしまったからだ。 慌てて下を向く。散らしていた意識が左側に向いてしまい、

ひしょこ @hishoco

妙な動きが気になって仕方がない。 あぁ、どうしよう、空いてたら即この場を離れるのに。 身を翻すほどの余裕は車内にない。それでも少しくらい、このおっさんから距離を取れないか。もう一度窓ガラスを覗き、右側を確認してみる。 (つ、ついてない…) 映っていたのは、一際ガタイのいい

ひしょこ @hishoco

イカつく人相の悪い男だった。 後ろを通って、ぶつかりでもしたら、今度はこっちに絡まれてしまいそうだった。 仕方ない、移動は諦めるか…小さくため息をつくと、窓ガラス越し強面と目が合った。 やばっ、とすぐに目線を下げる。なんで両側とも変な人なんだ。内心涙目になっていると、右側から小さく

ひしょこ @hishoco

声をかけられた。 「こっちに来るか」 「え………あ、はい」 返事をしたら、男は少し前に体を寄せて、後ろに隙間を作った。その隙間をぬって、俺は右側へ移動した。 立ち位置が入れ替わる。この男の人が完全な壁となり、俺にちょっかいを出していたおっさんは、静かになったみたいだった。

ひしょこ @hishoco

助けてくれた…そろ、と壁になった男を見上げてみる。 皮の手帳を片手に、時々ページを捲っていた。周囲の様子には興味がなくなっているようで、手元から目線が動かない。 お礼のひとつくらい言いたいのに、目も合わない相手へ、どう声をかけていいのか困ってしまう。

ひしょこ @hishoco

他人を寄せ付けないオーラも感じる。話しかけても嫌がられるかもしれない。 直接伝えるのは諦めて、心の中で『ありがとうございました』とつぶやいた。 そうこうしてる間に、自分の降車駅が近づいてくる。 大きな影で姿は目視できないが、あのおっさんはまだ降りてない…もし、着いてこられたら、

ひしょこ @hishoco

最寄り駅の情報を渡すことになる。 万が一を考えて、一つ手前の駅で降りることにした。 今日はもう帰るだけ、どこかで時間を潰して電車に乗り直そう。 車両の扉が開いたのを見て、ホームへと降り立つ。 この駅何があったかな。そんなことを思い浮かべていたら、ガシっと左手首を掴まれた。

ひしょこ @hishoco

「振り返らずに歩け」 ぐいと手を引かれ、よろけてしまったら腰を支えるように腕が回った。 急ぐぞ、とそのまま前に押されて、足早に歩き出した。 声の降ってきた方を見上げると、先程助けられた強面の男。 状況を飲み込めず、戸惑う俺に気づいたらしく、

ひしょこ @hishoco

一瞬背後に目をやって口を開いた。 「アイツ、着いてきてる」 「……まじか」 「知り合い、ではないな？」 「はい、他人です」 「この駅はよく使う場所か？」 「いえ、めったに使いません。家の最寄りが次なんですけど、アレにバレるの微妙かなって…手前で降りました」 「賢明な判断だ」

ひしょこ @hishoco

駆け下りるようにして階段をおり、改札口を目指す。 「このまま警察に行くか？」 「それは、ちょっと…見ての通り、俺オトコなんで。実害無けりゃ追い返されますよ」 「まあ、そうか」 「出来れば撒きたいです」 「分かった。着いてこい」 そうして連れて行かれたのは、

ひしょこ @hishoco

駅直結、高級ホテルの最上階にあるラウンジ。 「二名で。端の席がいいのだが」 「はい、空いておりますよ」 こちらへどうぞ、とスーツを着たスタッフに案内される。 まさかこんな所へ連れて来られるとは…スタスタと歩いて行く男の後ろを、身を縮こませてついていく。

ひしょこ @hishoco

「どうした？」 ごゆっくりと通されたのは、夜景のパノラマがやけに綺麗な端の一席。 上着を預け、先に腰掛けた男はいつまでも立ったままの俺に「トイレなら、その通路を真っ直ぐ行った突き当たりだ」と、見当違いの言葉をかける。 「そうじゃなくて。俺、すごく…場違いでは？」 「場違い？」

ひしょこ @hishoco

「上は襟シャツ着てるけど、下デニムだし。これ大丈夫です？」 「このラウンジはのドレスコードはスマートカジュアルだ、問題ない」 「すまーと、かじゅある」 「周りをよく見てみろ、若者も多いぞ」 そう言われフロアを見渡すと、確かにフォーマル装いの客層の他に、同年代もチラホラ混ざっていた。

ひしょこ @hishoco

ホッとして席につく…けど、やっぱりおかしくないか？男二人でこんな場所。 「大学生くらいかと思ったが、まさか未成年か？」 「それは、大丈夫です。22、成人してます」 またしてもズレた事を言う男は「じゃあ問題ないな」とドリンクメニューを差し出した。

ひしょこ @hishoco

ビビりながら値段を見れば、意外とリーズナブルだった。 俺は、飲み慣れたジントニックを。男はウイスキーをオーダーする。 「なんか、巻き込んですみません。あと、ありがとうございました」 とりあえず、この場は礼にご馳走させてくれと申し出てみたが「連れてきたのは自分だ」と却下された。

ひしょこ @hishoco

「いや、でも……」 もごもご言いよどんでいると、男は可笑しそうに笑った。 「電車では助け舟を出したが、流石に見ず知らずの成人男性を追いかけて、親切にするほど、俺は出来た人間じゃない」 「ええと、よく意味が」 「不審者を口実にした、ナンパだ」 「…………は？」

ひしょこ @hishoco

目の前の男には、全く似合わない。とんでもワードが飛び出して、思考が停止する。 そこへ「お待たせしました」と、淡い黄金色のロックグラスと、優雅に泡の立ち昇るカクテルグラスが運ばれてきた。 「だから、俺への気づかいは不要だ」 男はグラスを持ち、カチリと縁を合わせた。

ひしょこ @hishoco

「どうしても、と言うなら。この一杯を飲む間、世間話にでも付き合ってくれ」 黄金色が、驚くべき台詞を紡いだ口へと運ばれる。 冷えたグラスに手をかけて、シュワシュワとした液体を味わう。 ひと口しか飲んでいないのに、鼓動が早くなったのは…何故だろう。

ひしょこ @hishoco

この不思議な展開に、おびえているのかもしれない。 胸が高鳴る理由は分からない……。 ひとまず、この人に名前を聞いてみる所から始めてみようか。