TLに書き散らしたSS未満のもの。
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身にしみて(同田貫正国)

ぱこ @pakko800

野菜とは、甘いものなのだ。 出汁と味噌の風味を絡ませながらじゃくりと崩れた身から溢れ出る汁を舌に感じて、同田貫はしみじみと思う。 厨当番が出払っているため、やや歪な形をした里芋も、人参も、きゃべつとかいう菜っぱも。 しゃくりと歯ごたえのあるそれらを咀嚼すると、体温が上がっていく。

2022-05-07 12:00:13
ぱこ @pakko800

同時に、体の奥底から隅々にわたって染み渡るような何かを感じる。 滋味、というものだろうか。 人の身が食を楽しむのと同じ感覚を指先でなぞるように感じとっているのは奇妙な感覚だった。 『野菜って好きじゃなかったんだよね』 ジリジリ照りつける日の下、収穫籠片手にそう言った女の姿を思い出す。

2022-05-07 12:07:17
ぱこ @pakko800

麦わら帽で影になった表情はよく読めないが、その声音に不機嫌さはのっていない。パチンパチンと収穫鋏で茎を切って、真っ赤に熟れて丸々とつまった実を籠に落としていきながら、女は続ける。 返事は求めていないのか、半分独り言のようだった。 『そもそも食事自体に興味がなくて、必要最低限で

2022-05-07 12:31:13
ぱこ @pakko800

いいじゃんって思ってて。だから自給自足でみんなの食事のことまで考えなきゃいけないって知った時は正直めんどくさいなーって思っちゃって』 その考えには概ね同意である。 己は刀剣として生まれ、戦うためにこの身を得た。けして田畑を耕すためではない。 戦い続けるためには均等に食事を摂り、

2022-05-07 12:31:14
ぱこ @pakko800

栄養を偏らせるべからずと、人の身についての講義(へし切が燭台切と組んで新たな刀剣がそれなりに増える度不定期に趣味で開催しているものだ)で聞かされた時は、なぜわざわざそんなことにかかずらわねばならないのかと辟易したものだ。 だからだろうか、畑当番が自分に回ってくることは滅多にない。

2022-05-07 12:31:14
ぱこ @pakko800

『でも、本当は知らないだけだった』 ゴロリと落ちた首のように身が籠の中へ転がっていく。 『夏に食べる冷やした野菜の甘みも、元気のない時に食べるがっつり濃い肉料理の旨味も、冬の冷えた体に染み渡る汁物の暖かさも』 知らなかったとは、それらを口にしたことがないという意味ではないのだろう。

2022-05-07 12:37:08
ぱこ @pakko800

『美味しいと思えるものを、美味しいと思って食べることを知らなかった。わたしを思って、わたしのために作ってもらった食べ物を、感謝して食べるってことをしたことがなかった』 それらはただ義務でしかなかったのだ。 知らないことは罪ではない。知ったところで、己の中の何かが高まるわけでもない。

2022-05-07 12:40:50
ぱこ @pakko800

女は採れたての赤い実を袖で拭ってかぶりつく。 『おいしいって、きっとそういうことなのかなって今は思うんだ』 顔を上げれば、日焼けとは無縁そうな白い肌が暑さで手の中の実と同じ色に染まっていた。 そんなことを思い出しながら、食べ終わった椀を洗い場に運ぶと、女が洗い物を手伝っていた。

2022-05-07 12:45:37
ぱこ @pakko800

「あ、同田貫。今日の汁物、しょっぱくなかった?」 「あ?お前が作ったのか?」 「わたしひとりじゃないんだけど、今日はいつもの当番が出払っちゃってたから、味見と調整はわたしに一任されちゃって……」 もとの困り眉をさらにハの字にさせながらも、料理について話す姿に以前の気だるさはない。

2022-05-07 12:49:50
ぱこ @pakko800

戦い以外に興味はなく、生きるため食えれば十分で、贅沢をしようなんぞ考えもしない。それは今でも変わらない。 桶に椀と箸を浸け、同田貫は踵を返しつつちらと金の瞳を女に向けた。 「ま、悪くなかったぜ。ごちそうさん」 だが、知らなかったことを知るというのは、存外悪いものではないと思った。

2022-05-07 12:58:00

にゃん問答

ぱこ @pakko800

「ねぇねぇ、にゃんせん」 「にゃんせん言うな。んだよ?」 「にゃんせんって呼ばれるの実は嫌だったりする?」 「お前の耳は節穴だったのかにゃ。そもそも一度も認めた覚えがねーにゃ」 「そっかぁ」 「てかなんで今さらになってそんなこと聞くんだにゃ?」

2022-05-13 13:14:41
ぱこ @pakko800

「さにちゃんの過去ログまとめ読んでたら、南泉一文字の名前と逸話を尊重しろ猫扱いするなど言語道断って主張する一派ができて炎上してた時期があったんだって」 「まーたそんなもん読んで……『偏った意見の烏合の衆など相手にするだけ時間の無駄だ』ってアイツが小舅面してくるぜ?」

2022-05-13 13:14:41
ぱこ @pakko800

「長義の真似が無駄にクオリティ高いな。まー、逸話を尊重するのとあだ名に関係性なくないとは思うんだけど、にゃんが嫌なら変えた方がいいのかなぁって思って」 「すでに本気で変える気が微塵も感じられねーけどにゃ」 「南泉?南泉くん?」 「くん付けはナメられてる感じがなぁ」 「じゃあ南泉」

2022-05-13 13:14:42
ぱこ @pakko800

「急に距離感縮まった感あって御前がつついてきそうだにゃ」 「南泉一文字」 「もうちょっとこう、太刀以上を呼ぶときみたいに」 「南泉さん?」 「採用」 「泣く子も黙る恐るべきオレを敬えにゃ?」 「当然だろ。今まで好きにさせてやってたオレの寛大さに感謝するんだにゃ」 「唐突に態度がでかい」

2022-05-13 13:14:42
ぱこ @pakko800

「にゃっはっは」 「南泉さんのそんな笑い方初めて聞いたんだわ」 「いや本気にすんにゃよ」 「えっ」 「だから……呼び名。今さら変える必要あんのかって話だよ」 「だってにゃんは嫌なんでしょ?」 「いちいち本気にすんじゃねぇ。ってか、急にそんなよそよそしくなる方が普通おかしーだろ」

2022-05-13 13:14:43
ぱこ @pakko800

「……にゃんはかわいいねぇ」 「かわいいはマジでやめろ」 「あっはい」 #幸安本丸日記

2022-05-13 13:14:43

星守る刀

ぱこ @pakko800

盛夏近づく夏の候。 満天の星の下、土埃にまみれた部隊が本丸に帰還する。 「ふぃ~、生き返るばい……」 「やっぱこの時期は地下とはいえ蒸すからな。冷房様々だ」 「もう汗だくです……小さい子、よしよししたい……」 「皆おつかれ。さあ、一風呂浴びて汗を流しましょう」 各々が互いを労いながら

2022-07-03 03:26:55
ぱこ @pakko800

無事に任務を終えて帰還したことを喜び合う。 この本丸も、すっかり賑やかになった。七年目の審神者としての練度は中の下にも及ばないだろうが、他所と比べるのはもうやめた。他人の努力の成果を羨むのは、結果的に自らのために日々励んでくれる彼らの献身を蔑ろにすることだと気づいたからだ。

2022-07-03 03:26:55
ぱこ @pakko800

何より、どんどん強く頼もしくなっていく彼らを主として見守れることが、今の自分には嬉しい。 今回の任務を無事乗り越え、次の大きな任務を終えたら、今年こそは皆揃って海に行こうと約束した。 秋にも遠出の予定があるし、きっと今年も誕生日を祝ってもらうことになる。 冬は年越しと新年を皆で

2022-07-03 03:26:55
ぱこ @pakko800

盛大に祝って、恒例の豆まきをして……。 楽しみな未来が、この先まだまだ広がっていく。 病に倒れ伏せっていた頃はあんなに静まりかえって辛気臭かった本丸が、こんなにも活気づいている。 今でもまだ、己の無力さに消えたくなる日もある。 世間の厳しさに耐えかねて、息が詰まる時がある。

2022-07-03 03:26:56
ぱこ @pakko800

それでも一歩一歩、自分なりに前に進むことで、辛抱強く待っていてくれた刀たちの期待に応えられているような気がする。自分を出迎えて、受け入れてくれる場所がここにあるから、この先も楽しい日々が続けばいいと、願わずにいられない。 「まだ、死にたくないなぁ」 ぽつりと、何気なくこぼれた言葉。

2022-07-03 03:26:56
ぱこ @pakko800

しんと静まりかえる辺りに、はっと失言だったかと焦りが湧き上がる。 だが、返ってきたのは満面の笑顔だった。 「そん意気たい!主にはもっともっと稼がせてもらわんといけんからね」 「おう。そう簡単には、諦めたりさせねぇからよ」 「主殿がそのように仰ってくださり、鳴狐も喜んでおります!」

2022-07-03 03:26:57
ぱこ @pakko800

とことこと近づいてきた鳴狐は小首を傾げ、滅多に開かない口で問う。 「今、楽しい?」 「……うん。そうだね。みんなといられるのは、楽しい」 「僕もようやくこうやって主様と任務に出られるようになって楽しいです!」 刀たちの前では、極力平静を装っていたつもりだった。 戦場に向かう彼らに、

2022-07-03 03:26:57
ぱこ @pakko800

消えたい、死にたいなんて嘆く姿は見せられないと思っていた。 それでも、彼らに宿る心を励起させたのは己だから、どこかで悟られてしまってはいたのだろう。けれど、そんなことは気にせず、ほんの少しの希望を口に出せるようになった自分を喜んで受け入れてくれる。 「主」 一期一振が進み出て

2022-07-03 03:26:57
ぱこ @pakko800

微笑みかけてきた。 「主がおられなければ、この本丸は立ち行きませぬ。主がそう仰ってくださるのであれば、我々も貴方のご期待にお応えしましょう。ですが無理は禁物です。この先往く路の小石に躓いても、必ずお支えします。ですから、どうか我々を頼り、露払いはお任せください。私達には、往くべき

2022-07-03 03:26:58
ぱこ @pakko800

先へ導いてくれる貴方が必要なのですから」 身の丈に合わない、大きな期待だと思わないわけではない。心を通わせ合うことができても、物である彼らを生きるよすがにして縋ってしまっている後ろめたさが消え去るわけではない。それでも。 「ありがとうございます。わたし、みんなのことが大好きです」

2022-07-03 03:26:58
ぱこ @pakko800

行く先を照らす星なんて、身に余る思いを傾けられたら、精一杯応えたいと思ってしまう。自分が救われた分、もらった分だけ、思いを返したい。 そんな風に、思える自分がいる。 「さ、大将も早く着替えようぜ」 「えっ?」 「一緒にお風呂入りましょう!お風呂!」 「今日は露天風呂貸し切りたい」

2022-07-03 03:26:59
ぱこ @pakko800

さあさあと背中を押されて、足がもつれないように歩きながら、思わず笑みがこぼれた。 ただいまと言えば、おかえりと返ってくる。 この温かい場所で紡がれる日々が一日でも長く続きますようにと、星にでもなく、誰に向けてでもなく、ただ直向きにそう願う。 そうしてまた、日々は続いていくのだ。

2022-07-03 03:26:59
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まとめたひと
ぱこ @pakko800

↑20成人済雑食。好きなことを好きなだけ。刀剣/FGO/twst/etc. │プロカル/フィクトセクシャルでポリアモリーな夢女。二次元と三次元の境目をぶらぶら。TLは見てたり見てなかったり。│アイコン:ゆず煮込み様