十二国記の二次創作小説組です。習作的な意味合いのものが多いです。どれもCPはありません。
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ここからは、Twitterタグ「戴極国七十二候」に沿った掌編小説です。たまに長いものもありますが、殆どが1ツイートで完結しています。

ほしなみ @hoshinami629

東の風は暖かい。 ——日の昇る方角からの風だから? かつて自分はそう尋ねた。 東の風は暖かい。この世界の誰もがそれを知っている。 ——炎のような情念が吹かす風。 今の自分はそう思う。置いていくな、と言った炎、海鳴りの中に置き去りにした炎。 (立春初候 東風解凍/泰麒・広瀬) #戴極国七十二候

2021-02-27 16:05:35
ほしなみ @hoshinami629

——あの時己は、龍だった。 空を駆け雨を降らし、思うが儘に咆哮して。 ——今はさながら、地底に蠢く虫。 途方も無い落差。だが、恥ずかしくはない。 ——地の底から耕せ。 お前達が私を牽くのなら、私は牽かれて行こう。お前達の地を、私は何処までも耕そう。 (立春次候 蟄虫始振/驍宗)#戴極国七十二候

2021-02-27 16:17:04
ほしなみ @hoshinami629

あの時から、厚く重たい霧が視界を覆っていた。 不意に、天の一部が砕けた。そこから降り注いだのは、確かに光だった。 ——あそこから出て行こう。 この霧に埋もれた世界、忠誠で窒息してしまう世界を捨てて。 それが喩え、永遠の別離になるのだとしても。 (立春末候 魚上氷/恵棟)#戴極国七十二候

2021-02-27 16:25:53
ほしなみ @hoshinami629

お前には贖えないものなのさ。幻聴が陰々と響く。 ——お前にだって贖えない癖に。 お前もいつかはこの低みへ達する。天への供物尽き果てた、この暗闇へ。 竹筒に向かって囁いた。白雉が小さく身じろぐ音。 ——お前だって、私だ。 お前も、天に嘉納されない。 (雨水初候 獺祭魚/阿選)#戴極国七十二候

2021-02-27 16:53:34
ほしなみ @hoshinami629

空を駆けた時のことが忘れられない。 ——王の言葉、朋友の貌、冷たい風、剣の重み……。 あの時自分は鳥になって、とても重たいものを運んだ。 ——希望、命、光、春……。 あの重みが、今も己を生かしている。 時たま振り返っては、天駆けた時を思い出す。 (雨水次候 鴻雁来/去思)#戴極国七十二候

2021-02-27 17:34:39
ほしなみ @hoshinami629

雪に覆われて、門も心も閉ざした人々を幾人も見て来た。 ——せめても、命だけは。 この命は消えるから。痛みに顫える横倒しの視界に、ひこばえの緑が目を射た。 ——芽吹いている。 血を流し果てても、なお涙が滲む。 ——私を受け取れ、後に続く新たな命達よ。 (雨水末候 草木萌動/鄷都)#戴極国七十二候

2021-03-01 17:48:50
ほしなみ @hoshinami629

桃林の美しさに胸を打たれてもなお、花園の中、死者の面影を見出してしまう。 ——灼たる花よりも、その影に置かれたものを。 幾人が生の温みを絶たれたか。幾人が美しいものどもの背後で死んでいったか。 ——花の影に。 見詰めなくては。その為に生かされた。 (啓蟄初候 桃始華/花影)#戴極国七十二候

2021-03-04 21:52:19
ほしなみ @hoshinami629

——白雉の鳴く夢を見る。 主が麒麟に額づかれる夢。近くて遠い夢。 頭上で黄色い鳥が鳴く。春が来た。 ——永遠にまた春が来る。 永遠に白雉は鳴かない。主の生も、死も、幸福も悲哀も、天は関知しない。 ——ならば春を遠ざける。 それが、己の果たすべきこと。 (啓蟄次候 倉庚鳴/成行)#戴極国七十二候

2021-03-10 10:07:07
ほしなみ @hoshinami629

——次は苦しみの無い生を。 主を思い出してそう祈る。 ——次は凡庸な生を。 それに身を隠せる安堵を、良く知っている。 ——最初から凡庸なら傷付きもしない。 爪も嘴も持たなければ……。 ——本当に? 痛みが走る。風が渡る。 あの方の生が、今も分からない。 (啓蟄末候 鷹化為鳩/友尚)#戴極国七十二候

2021-03-15 08:02:34
ほしなみ @hoshinami629

——いつからあの方は飛べなくなった? 鳩の声した非力な妖魔。狩るのは容易い。 ——空を自由に飛んだことがあった筈だ。 こんな卑小な存在が友を殺した。 ——初めからこうではなかったと信じさせてください。 血に濡れた手を拭くのは、何故だか躊躇われた。 (啓蟄末候 鷹化為鳩/友尚)#戴極国七十二候

2021-03-15 18:21:54
ほしなみ @hoshinami629

軒先に燕の巣を見つけた。 ——どうして飛燕と名付けたのだったか。 足が速いから。平凡な理由だ。騎獣を持つのが夢のようで、平凡さも特別に感じた頃。 ——やがて頼れる相棒になった。 雛が親を呼ぶ。愛騎の姿が瞬く。 ——家族だった。 あの、囀る燕のように。 (春分初候 玄鳥至/李斎)#戴極国七十二候

2021-03-20 11:12:09
ほしなみ @hoshinami629

文州で乱ありとの報に、思わず腰を浮かせた。 ——動き始めた! どろどろと、心中で軍鼓が鳴る。 ——殺すか殺されるか。 修羅の鼓動は高揚と緊張を掌る。初めて殺して以来、あの音は必ず己を死地へ駆り立てる。 ——今度こそ過たない。 物陰で、微かに笑んだ。 (春分中候 雷乃発声/臥信)#戴極国七十二候

2021-03-29 14:52:59
ほしなみ @hoshinami629

雷光は、燧石から飛び出る火に似ている。野営をした際、そんなことを思った。 ——電光朝露の命。 己の目を焼いては暗闇へ行ってしまう多くの人々。 ——その横顔を忘れることは許さない。 己も彼の人も生きていたことがあった。その過去は、焼き切らせない。 (春分末候 始雷/英章)#戴極国七十二候

2021-03-31 20:50:51
ほしなみ @hoshinami629

かづらきや木の間に光る稲妻は山伏の打つ火かとこそ見れ。げにや世の中は電光朝露石の火の光の間ぞと思へただ。 ——謡曲『葛城』

2021-03-31 20:55:50
ほしなみ @hoshinami629

薄雲に紛れる様にして、淡紫の花が見えた。 ——いつの間に。 高い枝に咲くから、満開になって漸く気付くのだ。 ——いつの間にか……。 いつの間にか、大切な人が出来た。大切だから、大切なのに、置いて来た。 目を閉じた。約束すら出来ない己が悲しかった。 (清明初候 桐始華/項梁)#戴極国七十二候

2021-05-10 00:27:40
ほしなみ @hoshinami629

苛立ちが喉を焼いた。目を背け続ける男への怒り。 この世を見ろと言いたかった。直視しろ!世界の美しさに心を開け! 小鳥の声がした。心の底が、ふと冷える。 ——王しか、王にはなれない。 地を這う者は空を飛べない。 美しい世界は、男のものではない。 (清明次候 田鼠化為鴽/琅燦)#戴極国七十二候

2021-05-10 00:59:08
ほしなみ @hoshinami629

「虹彩って向こうでは言うんです」 義眼を作る運びとなった。そんな話題の中、青年はぽつりと呟く。 「瞳の周りの事を。——眼の中に、虹の七色が入っている」 見詰め返せば、仁獣は儚げに笑む。 「正頼の目に、これからも多くの色が映りますように」 (清明末候 虹始見/泰麒・正頼)#戴極国七十二候

2021-05-10 18:52:56
ほしなみ @hoshinami629

既に麾下も兵もない。殺され、散り散りとなった。 ——私はもはや将ではない。 死者が瞼を去らない。己が死ななかったのは何故だ?何の為に生かされた? ——流れてゆく為。 浮草の如く。瀬と淵を成す流れの先へ。 ——そして再び……。 急流の果て、再び王を。 (穀雨初候 萍始生/基寮)#戴極国七十二候

2021-05-11 18:59:50
ほしなみ @hoshinami629

萍水相逢(ヘイスイあいあう) ウキクサと水とが出合う。旅の途中で偶然に人とあうたとえ。(『漢辞海』第三版)

2021-05-11 19:02:32
ほしなみ @hoshinami629

——怖かった。 ずっと怖かった。一つの声だけが、耳の内側に響いていた。 ——殺すな。 ——殺すな。 突然痛みがあった。灰色に濁った世界で、久しぶりに明瞭さを伴う感触だった。 ——殺すな。 死の間際にも聞こえた言葉は、主の良心の声だったかもしれない。 (穀雨次候 鳴鳩払其羽/帰泉)#戴極国七十二候

2021-05-18 08:42:57
ほしなみ @hoshinami629

大人達が布を染めている。橙色に桃色、紅色。 ——栗には新しい上着が要るな。 機織り、縫い物——そんなものを見る度に思い出す声。 ——無事、だよね。 恐れを打ち消す様に、口の中で幾度も呟く。 ——お帰りなさい。 早く言いたい。声に出して、両手を広げて。 (穀雨末候 戴勝降于桑/栗)#戴極国七十二候

2021-05-24 23:44:57
ほしなみ @hoshinami629

①(立夏初候 螻蟈鳴/喜溢) #戴極国七十二候 pic.twitter.com/07JOaI5VLl

2021-05-30 16:26:39
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ほしなみ @hoshinami629

『禮記』月令・孟夏之月「螻蟈鳴、蚯蚓出。鄭玄注、螻蟈、蛙也」 螻蟈は「おけら」ではなく、(少なくとも鄭玄によれば)蛙の一種であるようです。

2021-05-30 16:30:12
ほしなみ @hoshinami629

名の通り、黄泉路を辿った麾下。 おっとりとした男だった。凡そ軍人に向かぬ性情を、主は昔良く褒めた。 ——その心を、なくされたのですか? 明るい所ではもう、生きてゆけなくおなりですか? 暑かった。足下、日向の路面で、蚯蚓が干からびて死んでいた。 (立夏次候 蚯蚓出/品堅)#戴極国七十二候

2021-06-03 18:19:45
ほしなみ @hoshinami629

夜の行軍。敵と妖魔の影に怯えて。 ——南へは行くな。 西へ西へ、朦朧と浮かぶ烏瓜の花を辿る様に駆け抜けた。修羅の夜軍、死へと歩を進めるだけの。 「何者だ!」 薄明に誰何の声。曙光に照る貌に見覚えがあった。 ——嗚呼、天よ。 生かされている、と思った。 (立夏末候 王瓜生/浩歌)#戴極国七十二候

2021-07-28 20:25:06
ほしなみ @hoshinami629

折を得て。あの春日野にともすぞや。あれ追つ払へ春日野の。野守は無きか出でて見よ。今いく程ぞ修羅の夜軍。 ——謡曲『重衡』(『笠卒塔婆』)

2021-07-28 20:31:26
ほしなみ @hoshinami629

——主公を討つのが麾下の務めだ。 仲間を見送って一月、驍宗奪還と、江州城到着の報を受けた。 ——死に損ねた。 この命は、主公と死ぬ為に使う筈だった。 ——生きていてはならないのに。 死地へ赴けぬ足に苛立つ。苦みが喉を焼く。 生の苦しみが、芽吹き始めた。 (小満初候 苦菜秀/士真)#戴極国七十二候

2021-07-30 07:55:58
ほしなみ @hoshinami629

幼い頃、彼は農夫の息子だった。夏には必ず、一家で雑草を根気よく抜いてゆく。 ——抜いても抜いてもまた生える。 汗を拭う。農夫の父も、土匪の父も死んだ。 ——俺達は、あの草みたいなものなのか。 生きたいだけだった。また次の夏、汗をかいていたいだけの。 (小満次候 靡草死/方順)#戴極国七十二候

2021-08-15 18:28:57