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八百屋長兵衛🍡OSAKA @rook0081

小津安二郎の映画に見え隠れする志賀文学 - かぶとむし日記 beatle001.hatenablog.com/entry/20060311… > 「小津安二郎は尾道でも広島弁の勉強をしっかりとしたようですが、やはり志賀直哉と係りのあるこの地という思いも強いのでしょうね」 > 小津安二郎は、里見惇を「中先生」、志賀直哉を「大先生」と呼び pic.twitter.com/QtrnvsKF7L

2020-05-09 06:45:22
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八百屋長兵衛🍡OSAKA @rook0081

小津 安二郎 「彼岸花」(1958) hurec.bz/mt/archives/20… > 小津監督初のカラー作品でもあり、里見弴の原作は、小津と野田高梧の依頼を受け、映画化のために書き下ろしたものです(小津に里見弴の作品を使うよう口利きしたのは志賀直哉らしい) pic.twitter.com/ggUWgp0HMS

2020-05-09 06:36:03
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八百屋長兵衛🍡OSAKA @rook0081

一度読んでみようとは思うが、しんどそう。 > 志賀直哉の『暗夜行路』。 それは小津さんが最も敬愛した作家の一人であり、自身、中支戦線従軍中(36歳頃)に読んで、「‥激しいものに甚だうたれた。これは何年にもないことだった。誠に感ず」 『聖地巡礼』 - 富猫堂 naotaira.hatenablog.com/entry/2017/12/…

2019-09-28 08:34:07
八百屋長兵衛🍡OSAKA @rook0081

#山中貞雄  #小津安二郎  #中支戦線  > ○日本映画監督協会の一員として一言。 「人情紙風船」が山中貞雄の遺作ではチトサビシイ。  負け惜しみに非ず。 青空文庫 山中貞雄 陣中日誌(遺稿) 附・戦線便り aozora.gr.jp/cards/000072/f… pic.twitter.com/s42qsIDOrs

2019-09-28 08:37:19
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八百屋長兵衛🍡OSAKA @rook0081

「おい親友、鉄カブトかぶれよ、危ねえぞ」 「何言ってやんでえ  可笑しくッて鉄カブトが冠れますかッてンだ」 山中貞雄 陣中日誌(遺稿) 附・戦線便り aozora.gr.jp/cards/000072/f…

2020-05-09 04:23:48
八百屋長兵衛🍡OSAKA @rook0081

> 『諸君』2005年1月号では、 小津安二郎の陣中日誌が 65年間の封印を解かれ、公開されている 公開された小津安二郎の陣中日誌 | キオクの断片ノート - 楽天ブログ plaza.rakuten.co.jp/higekayo/diary…

2020-05-09 04:56:49
八百屋長兵衛🍡OSAKA @rook0081

> 1937年9月召集、 近衛歩兵第2連隊に所属し、 39年7月除隊となるまで、 軍曹として華南方面の作戦に従事 公開された小津安二郎の陣中日誌 | キオクの断片ノート - 楽天ブログ plaza.rakuten.co.jp/higekayo/diary…

2020-05-09 04:57:12
八百屋長兵衛🍡OSAKA @rook0081

(小津安二郎がいた時代)ひそかに大切に描く:朝日新聞デジタル asahi.com/articles/ASG8C… 1937年9月、応召の日に自宅の縁側で 「一寸(ちょいと)戦争に行ってきます」 39年に帰還。41年8月には朝日新聞に、戦地での体験を振り返った「蚤(のみ)を懐しむ」という一文を寄せている pic.twitter.com/SKtXVMIH5i

2020-05-09 05:07:14
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八百屋長兵衛🍡OSAKA @rook0081

> 43年には陸軍報道部映画班員としてシンガポールに赴任した。そこで終戦を迎え、捕虜生活の後、46年帰国した (小津安二郎がいた時代)ひそかに大切に描く:朝日新聞デジタル asahi.com/articles/ASG8C…

2020-05-09 05:09:29

志賀直哉の『暗夜行路』。
それは小津さんが最も敬愛した作家の一人であり、自身、中支戦線従軍中(36歳頃)に読んで、「‥激しいものに甚だうたれた。これは何年にもないことだった。誠に感ず」、「もう読み終わって『暗夜行路』、十日程にもなるのに(中略)未だに新しい感動を覚へて快い」、とその読後感を熱く日記に記した作品。
小津さんは若い頃から晩年まで(小まめに)日記を書き続けていましたが、その殆どは叙事的な記述(何々があった、何処何処に行った等)ばかりで、自分の感情をもろに、ここまで熱っぽく書くのは稀なこと。

『聖地巡礼』 - 富猫堂
http://naotaira.hatenablog.com/entry/2017/12/08/085612

八百屋長兵衛🍡OSAKA @rook0081

> 戦後から顕著になるこの配膳は …敗戦色色濃い日本で映画という娯楽をする人々と共に分かち合う 追悼の陰膳ではなかったか? 小津安二郎における戦争の影響 - 追悼の陰膳 - カディスの緑の風 blog.goo.ne.jp/gaditana/e/bdb… 『麦秋』 『お早う』 pic.twitter.com/8HgWdhN2u2

2020-05-09 05:32:49
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八百屋長兵衛🍡OSAKA @rook0081

小津映画にみられるちゃぶ台配膳の謎 > ご飯茶碗とお汁茶碗の位置を逆にするのは、 ご仏前に供えるときだけです。 (いや、その場合でも実は同じなのですが、お膳が仏様のほうを向くので、こちら側から見ると反対になる。) 中国ではご飯は右側に配膳するのが正式なのかな hinden.at.webry.info/201406/article…

2020-05-09 05:40:07
八百屋長兵衛🍡OSAKA @rook0081

「陰膳」 > これは旅や戦争に出た人の無事生還を祈ったり または故人となった人を偲んで捧げる食事だそうで、 「仏教ではなく習俗である」という。 小津安二郎監督が映画に託す追悼の意  - カディスの緑の風 blog.goo.ne.jp/gaditana/e/f50…

2020-05-09 05:55:14
八百屋長兵衛🍡OSAKA @rook0081

> 『麦秋』では歌舞伎座の正面を映した場面で、演目がちら、と出てくる。 それは『天衣紛上野初花』。河竹黙阿弥の作である。 山中貞雄『河内山宗俊』の原作 小津安二郎監督が映画に託す追悼の意  - カディスの緑の風 blog.goo.ne.jp/gaditana/e/f50…

2020-05-09 05:44:59
八百屋長兵衛🍡OSAKA @rook0081

山中貞雄『河内山宗俊』(1936) > 原は、河内山宗俊と金子市之丞という2人のヤクザ者が身を挺して守る可憐な少女、お浪を演じた。 natalie.mu/eiga/news/1501… 河原崎長十郎 原節子 中村翫右衛門 (c)日活 pic.twitter.com/36gkxixg87

2020-05-09 07:43:57
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八百屋長兵衛🍡OSAKA @rook0081

『麦秋』の紀子の戦死した兄の手紙 「徐州戦の時分、僕はちょうど『麦と兵隊』を読んでいたんだ」 『麦と兵隊』は山中貞雄が没した1938年の作 小津安二郎監督が映画に託す追悼の意  - カディスの緑の風 blog.goo.ne.jp/gaditana/e/f50…

2020-05-09 05:51:42
八百屋長兵衛🍡OSAKA @rook0081

『麦秋』(1951) (c)松竹株式会社 三宅邦子(左) 二本柳寛 原節子 pic.twitter.com/FUkmLXxMfV

2020-05-09 08:14:41
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八百屋長兵衛🍡OSAKA @rook0081

高橋治著の『絢爛たる影絵 小津安二郎』 > 『麦秋』の亡兄とは山中貞雄、という記述がある 小津安二郎監督が映画に託す追悼の意  - カディスの緑の風 blog.goo.ne.jp/gaditana/e/f50…

2020-05-09 05:52:57
八百屋長兵衛🍡OSAKA @rook0081

> 本来彼こそが「リアル」に描出しうるはずであった戦場の光景の不在を、特に疑問に思うこともなく見過ごしてきた人々――それが戦後、この国で「日本人」を構成することになる 与那覇潤『帝国の残影 兵士・小津安二郎の昭和史』

2020-05-09 06:10:27
八百屋長兵衛🍡OSAKA @rook0081

> 社会的な事象を正面から扱おうとした映画よりも、「浮き世離れ」して「のんびり」した小津の作品群の方が、よほど当時の日本人にとっての戦争の記憶の持つ生々しさをリアルに表現しているように思われる 「日常が底光りする理由」 茂木健一郎 文學界 2004年1月号所収 qualia-manifesto.com/ozubungaku.html

2020-05-09 05:26:53

 小津は、日常のとりとめもない光景の中のさりげない会話の中に、万感の思い、深い洞察を示すことができた。小津の世代では、そのような立ち居振る舞いは大人の身だしなみだったのかもしれないが、戦争や平和、社会正義といった問題を、イデオロギーに基づいて論ずる嵐のような時代が過ぎ去った直後に大学に入った私には、戦争のような重大事の本質を小津の映画の登場人物のようにさらりと突くことのできる先達たちは、身の回りに探そうと思っても見あたらなかった。小林秀雄のように、「僕は無智だから反省なぞしない。利巧な奴はたんと反省してみせるがいいぢやないか」と嘯く大人も見あたらなかった。

「日常が底光りする理由」 茂木健一郎  文學界 2004年1月号所収
http://www.qualia-manifesto.com/ozubungaku.html

八百屋長兵衛🍡OSAKA @rook0081

> 「性に合わないんだ。ぼくの生活条件として、なんでもないことは流行に従う。重大なことは道徳に従う。芸術のことは自分に従うから、どうにもきらいなものはどうにもならないんだ。 小津安二郎の芸術 (おとぼけ映画批評) movie.tatsuru.com/2004/03/14_104…

2019-10-13 17:37:49
八百屋長兵衛🍡OSAKA @rook0081

『泥中の蓮を描きたい』 「ほのぼのとした人間の温みとでもいったようなものを、 どのようにしたら最もよく画面に表現し得るか・・・・・ この辺が私の常に考えていることで、そしてやりたいことなんです。」 小津安二郎 『僕はトウフ屋だからトウフしか作らない』 pic.twitter.com/SXSxc0jY1V

2020-05-09 06:05:29
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備考
八百屋長兵衛🍡OSAKA @rook0081

> 小津安二郎を巡る関連文献・資料 年別リスト(件数) 全国小津安二郎ネットワーク ozu-net.com/literatures/li…

2020-05-09 04:38:21
八百屋長兵衛🍡OSAKA @rook0081

小津監督の人と仕事 - 小津安二郎ネットワーク ozu-net.com/work/

2020-05-09 04:39:38
八百屋長兵衛🍡OSAKA @rook0081

> 小津は除隊後には「軍報道部」付きでシンガポールに渡り、ここで日本国内では見ることができなかったハリウッド映画を見まくった 荒野に向かって、吼えない… 『小津安二郎と戦争』 satotarokarinona.blog110.fc2.com/blog-entry-423…

2020-05-09 04:52:36
八百屋長兵衛🍡OSAKA @rook0081

> 「小津安二郎陣中日誌」も収録 荒野に向かって、吼えない… 『小津安二郎と戦争』 satotarokarinona.blog110.fc2.com/blog-entry-423…

2020-05-09 04:53:43

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