16 けたたましくアラームの音が響く。 騒がしく鳴る『アップリフト』に激しく頭を殴られたかのように飛び起きる。 重苦しい体を無理やり起こして天に向かって思いっきり、そしてじっくりと伸ばす。 カーテンを開けて朝日を浴びる。今日の天気は快晴ではないが晴れてはいた。
2022-09-09 19:31:5117 体を目覚めさせ、携帯を確認する。 『ちゃんと起きてる?』 時間のついでに過保護気味な和からのメッセージも目に入る。 時刻は七時。寝坊ではないが、早めに学校に到着していたい身としては朝食をとる余裕はない。 だったら和についてくんだったとすこし後悔しながら返信し、通学路へと赴いた。
2022-09-09 19:31:5918 寝ぼけまなこをこすりながら、美術室へと向かう。 毎日遅くまで使わせてもらっているため、感謝の意を込めて朝に掃除をするのが日課になっている。 美術室の戸を開けようとすると背後から声をかけられた。 「湊くん、おはよう」 昨日、思わず情けない姿を見せてしまったばかりの中西さんだった。
2022-09-09 19:32:0519 若干気まずい。昨日急に現れて泣いてた男と翌日の朝にばったり。向こうはどう思っているのだろうか。 「あ、おはよう。朝早いんだね」 そんな気持ちのまま口を開いたもんだから少し言葉に詰まってしまう。 「うん、湊くんもね。美術室に用事?」 しかし彼女は意外にもあっけらかんとしていた。
2022-09-09 19:32:1120 「まあね。いつも遅くまでここ使わせてもらってるから掃除くらいはしないとって思ってさ」 「毎日遅くまでか...いつも放課後になると急ぎ足でどこかに行くなあって思ってたけど。そうか、美術室に行ってたのか」 中西さんは腕を組み、一人で納得したようにうんうんと頷く。
2022-09-09 19:32:1721 「美術部だったんだね」 「うん」 「絵描くの、好きなんだね」 純粋な微笑みから放たれたその言葉。 「えっと...」 思わず言いよどんでしまう。 「好きじゃないの?」 「いや、どうかな...嫌いではないけど」 まごまごとする俺なんか気にも留めず、中西さんは、 「湊くんの絵、見てみたいな」
2022-09-09 19:32:2222 「あーそうだな...」 その提案に頭を抱える。 何よりも彼女の純粋な瞳に揺られる。 誰にも見せるつもりはなかった。 俺の絵がどんなものか、知っている人は一部の部員と和だけ。 それでも昨日、事故のようなものとは言え勝手に歌を聞いてしまった後ろめたさもある。 「じゃあ、放課後ここ集合で」
2022-09-09 19:32:2723 「はぁ」 「筑紫、購買行こー」 「ああ、和。いや、購買ねちょっと待ってて」 鞄から財布を見つけ出して和と一緒に購買へ向かう。 「で、何悩んでたの?朝からあんなんだったけど。絵のこととか?」 「さすがだな」 「何年一緒だと思ってるの」 長年の経験からか悩んでいることもお見通しらしい。
2022-09-09 19:32:3324 「で、何に悩んでたの?」 ここまで見抜かれていては隠すも何もないだろう。 今回のことについて、和には話しておいてもいいと思った。 「絵のことで、あってるかな」 「もしかしてさ」 和は少し寂しそうな顔をして俯く。 「......描くの?」
2022-09-09 19:32:4225 「今回のは、仕方ないかなって」 「そっか...お、見えたね」 眼前には生徒たちでごった返す購買。 「では」 和がいたずらに笑う。 嫌な予感。 「お悩み相談料をいただきましょうか」 「はいはい」 ここで【お悩み解決料】と言わない辺り、やはり和は俺のことをよくわかっているのだと思う。
2022-09-09 19:32:5026 「別にお悩み相談をした覚えないんだけど」 「いいから、行くよ」 腕を引っ張られ、人の波に引きずり込まれる。 「わかったよ。で、何がいいの」 ここまでされたら観念するしかない。 全てを諦めて要望を聞いてみたのだが。 「なんだと思う?当ててみてよ!」 無理難題を吹っ掛けられた。
2022-09-09 19:33:2427 「そう言われたってなぁ。今どんな...」 少しでもヒントを得ようと藁にもすがる思いで和の方を見る。しかし、 「私、先に中庭に行ってるからね!」 既にこの戦線を離脱した後だった。 「ほんとにわからん」 じっと商品を眺める。 もうどうにでもなれだ。 同じ商品を二つ手に取り会計を終えた。
2022-09-09 19:33:3527 「はい、お悩み相談料」 中庭のベンチに座っていた和に袋からハムとレタスのオーソドックスなサンドイッチを渡す。 「これが筑紫のチョイスですか~」 「なんもわかんなかったからな。俺が食べたいのを二つ買ってきた」 とは言いつつも和の反応が気になるので、ベンチに座って様子をうかがう。
2022-09-09 19:33:4428 和はひとくち頬張り、味わって、一言。 「合格かな。七十五点くらい!」 「よかったよかった」 心の中でホッと胸を撫でおろす。 「ありがと、筑紫」 くしゃっと笑う和の顔を見たら、おごらされたのも「まあいいか」となるのはきっと美少女の特権なのだろうなと思いながらサンドイッチを口に運んだ。
2022-09-09 19:33:4929 少しだけ前。 「筑紫、何選んでくるかな」 少しワクワクする。しかし、 「ちょっと悪いことしたかな」 人混みの中に居たくなかったから早々に中庭に避難してきたのが少し罪悪感。 「はい、お悩み相談料」 背後からの声にハッと振り向く。 サンドイッチを差し出す筑紫の姿があった。
2022-09-09 19:33:5530 差し出されたサンドイッチ。 百点って言ってあげてもいいかなって思う。 「なんもわかんなかったからな、俺が食べたいのを二つ買ってきた」 それじゃあシェアできないじゃん! 心がムッと膨れる。 「合格でかな。七十五点くらい!」 マイナスの二十五点は乙女心のちょっとした、いじわる。
2022-09-09 19:34:3231 まあでも、私のわがままを聞いてくれた筑紫に対して、心から、 「ありがと、筑紫」 ニカっと笑ってみせた。 太陽が雲に隠れ、少し涼しく感じる昼休みの終わりを伝えるチャイムが鳴り響いた。
2022-09-09 19:35:33