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アエラ @rkrnm_turb

入浴を終えて離れへ戻る道すがら、鶴丸と行きあった。急いでいるようなので理由を聞けば、「集まって怖い話をするんだ」と言う。激震が走った。審神者誘われてないんですけど。そんな楽しい催しに主を招かないとは何たる事か。私が詰め寄って行くと、鶴丸は少し困った顔をした。「本当に怖い話なんだ」

2024-04-02 20:35:06
アエラ @rkrnm_turb

そんな風に言われたら益々興味が湧き上がる。渋る鶴丸を引き留め拝み倒し、最終手段の壁ドンを繰り出して何とか頷かせた。「わかったわかった、但しきみは参加する事を悟られてはいけない。きみが居たら皆遠慮して話さないからな」再び激震が走った。私が居たら出来ないほどの怖い話とはどんなものか?

2024-04-02 20:35:06
アエラ @rkrnm_turb

わくわくする私を鶴丸は屋根裏へと案内した。存在自体は知っているけれど入るのは初めてだ。引っ張り上げて貰い、私はまずその広々とした空間に驚いた。本丸全部に通じてるんじゃないだろうか。「まさか私の部屋には行けないよね?」「着替えの時間は遠慮してるぞ」「サイテー!」冗談を言いながら

2024-04-02 20:35:07
アエラ @rkrnm_turb

四つん這いで進んでいく。横は広いけど、高さは無いので仕方ない。「ここだ」ちょっと手足が辛くなってきた辺りで、先導してくれていた鶴丸が止まった。手招きされて板の隙間を覗き込めば、広間で円座を作っている男士達が目に入る。全員は見えないけれど初期刀の国広の姿もあった。あいつ。私に内緒で

2024-04-02 20:35:07
アエラ @rkrnm_turb

こんな面白い会合に参加していたのか。「じゃあ俺から行くか」薬研の声だ。薬研の怖い話って絶対怖いじゃん!興奮する私を「静かに」と苦笑いの鶴丸が窘めてくる。小さい穴を揃って覗き込んでいるから、囁くような声が耳に当たってこそばゆい。「あれは俺が顕現したばかりの頃の話なんだが」始まった!

2024-04-02 20:35:08
アエラ @rkrnm_turb

「大将が手をすっぱり切って部屋へやってきてな」どよめきに近い男士の声が上がった。……え?私の話?「どうしたのかと聞いたら、”厚紙で切った”と。ほら、丁度こんなやつだ」準備していたのか薬研は懐から一枚の白い紙を出した。本の栞くらいの厚さの紙だ。男士達のどよめき声が更に大きくなった。

2024-04-02 20:35:08
アエラ @rkrnm_turb

「嘘だろ」「あれで何が切れるってんだよ」非常に恐ろしいものを目にしているように、話し声は端々が震えている。「じゃあもし、ボクらの本体が間違って触れちゃったら……」ギャー!とたちまち数名の叫び声が上がった。いやギャーって。っていうか何これ。予想してたのと違う、どこが怖い話なんだろ。

2024-04-02 20:35:09
アエラ @rkrnm_turb

隣の鶴丸に声をかけ「薬研、最初から飛ばし過ぎだぜ……」駄目だこりゃ。震えてら。その後も怖い話は続き、出るわ出るわ『主がこんな事で怪我をしたエピソード』の数々。男士達の悲鳴に反して私は完全に白けていた。自分の失敗談を次々に暴露されて恥ずかしいのもあるけれど、単純に怖くないのだ。皆は

2024-04-02 20:35:09
アエラ @rkrnm_turb

違うらしいが。もう帰りたいけれど、案内役の鶴丸はかぶりつきで話に耳を傾けているので声を掛けづらい。「そんな怪我をしたのか」「痛かっただろう」とちょくちょく水を向けてくる鶴丸に適当な相槌を打ちながら、私は完全に脱力して寝そべっていた。「最後は俺か」一時間はそうしていただろうか。

2024-04-02 20:35:09
アエラ @rkrnm_turb

国広の声がしてちょっと顔を起こす。「あれは本丸が始まって一週間も経たない頃だ。殆どの奴等は知っていると思うが、修行に出る前の俺は……あの通りで、主を思いやる余裕は無かった。本丸の刀剣男士も少なく、なかなか全てに気を配れる状況ではなく」なんだかシリアスな雰囲気だ。国広は更に続けた。

2024-04-02 20:35:10
アエラ @rkrnm_turb

「体調不良を隠していた主は倒れ、三日三晩寝込んだ。ひどい熱だった」広間はしんと静まり返っている。「もう少し医者にかかるのが遅かったら、肺炎を起こしていたそうだ。あの三日間の事は今も夢に見る。初期刀のくせに何も気付けなかった自分をひたすら呪った」私は固唾を飲んで耳を傾けていた。

2024-04-02 20:35:10
アエラ @rkrnm_turb

確かに風邪を拗らせて寝込んだ事があったし、結構な騒ぎにもなった。だけどもう九年も前の話だ。それを国広がまだ、あんな風に苦しそうな顔で話すなんて。「心しておいてくれ。人間は簡単に死ぬ。俺達にとっては取るに足らない怪我や病で、いとも容易く」私は鶴丸の裾を引っ張って、こっそりと屋根裏を

2024-04-02 20:35:10
アエラ @rkrnm_turb

後にした。「楽しめたかい?」鶴丸の全部わかっているような眼差しに、うん、と頷く。「ギャグホラーかと思ったら切ない系ホラーだった」「なんだそりゃ」離れまで送ろうか、と鶴丸は私の手を取った。「長生きしないとなぁ。怪我ももっと気をつけよう」「そうしてくれると助かるな」縁側を歩いて行く。

2024-04-02 20:35:11
アエラ @rkrnm_turb

ふと私は気になって口を開いた。「それにしてもよく気付かれなかったよね。極短刀もいたのに」「ああ、それは勿論”種”がある」少し先を歩いていた鶴丸が振り返り、悪戯っぽい瞳を向けてきた。「あの屋根裏はきみの部屋にも続いている。見られたくないものは、もっと注意深くよく隠す事だ…例えば

2024-04-02 20:35:11
アエラ @rkrnm_turb

きみの、大事な名前なんかは」私は思わず足を止めた。「見た?」「さて」鶴丸は私の手を引いて再び歩き出す。「良い夜だ。もう少しふたりでいてもいいかい?」本丸は不思議なほど静かだ。誰もいないみたいに。「ちゃんと帰してくれる?」「応とも」私は溜息を吐いて、弾むような足取りの鶴丸を追った。

2024-04-02 20:35:12