ムーンダスト、と燭へし。

めしこ @mogmog_meshiko

長かった五月連休によって鈍った身体に、久しぶりの連勤はさすがに堪えた。 それもこれも年を重ねてしまったことと、甘やかされた生活を送っているからだ。 溜まりに溜まった仕事を連日の残業でようやく片付けて、少し早く帰れたその日、俺の目に入ったのは家の最寄り駅にある花屋だった。 ↓

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今日はいつもより帰りが早かったから、開いていたのだろう。 やたらと同じ花が目につく。色鮮やかなポップには「母の日」の文字。 なるほど、と思った。 自分も小学生の時に、お年玉と小遣いを握りしめて、カーネーションを買ったような記憶がある。 もうそんなこと、随分とやっていないが。 ↓

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今日はせっかく早く上がれたのだから、さっさと帰らなくては、と花屋の前を通り過ぎようとして、それに目を奪われた。 足を止めてしまったら、もう駄目だった。 「ただいま」 「おかえり」 家に帰ると、光忠がソファで雑誌を読んでいた。 ↓

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控えめな音量でリビングを包む、バラエティ番組が流れるテレビの音。 あぁ家に帰って来たなと思った。 「おまえ、夕飯は？」 「まだ。長谷部くん今日は早いって言ってたから。一緒に食べようと思って」 「そっか。悪かったな、待たせて…これ、やる」 「なに…お花？わぁ、綺麗だね」 ↓

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結局、どうにも惜しくて買ってしまった。 花なんて買ったの、一体何年振りだろうか。 きっとこの男の気障が移ったに違いないと、頭の中で責任を転嫁する。 「カーネーション、かな？あぁ、母の日だもんね」 「そうみたいだな」 「こんな綺麗な色の、初めて見たよ。長谷部くんの目の色によく似てる」 ↓

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「そうか？…まぁいい、土産だ。おまえにやる」 「ありがとう。夕食の準備しておくから、先にお風呂入ってきなよ」 「わかった」 光忠は、母の日だから俺が花を買って来たと思っただろうか。 そんなわけあるか。誰がおまえを母親になどするか。 まぁ、それならそれでもいい。 ↓

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らしくもなく、花なんて買ってきたことを追及されても困る。 湯船に浸かって、思わず声が漏れそうになった。 それはあまりおっさんくさいので、寸でのところで止めた。 今週の俺はよく頑張った。冷蔵庫にビールを冷やしていたはずだから、風呂から上がったら光忠と乾杯しよう。 ↓

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そんなことを考えていたら、どたどたと騒がしい音と共に開けられた風呂場のドア。 薄く上がった湯気の向こうから、光忠が勢いよく顔を出す。 その手には、先ほどの紫色のカーネーションと光忠の携帯。 「はっ、長谷部くん…これっ、このカーネーションって…！？」 ↓

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恥ずかしそうと、嬉しそうと、泣きそうが混ざったような光忠の表情に、俺は思わず吹き出した。 「ほら、話は風呂出た後で聞くから。ドア閉めてくれないと洗えないだろ」 「だっ、だって」 「今日の夕飯、なに？」 「煮込みハンバーグ…」 「やった、俺あれ好きなんだよな」 ↓

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「僕も長谷部くんが好き…ねぇ、お風呂一緒に入っちゃ駄目？」 「定員オーバーだぞ」 「カップル割引で、そこをなんとか」 「ふっは、なんだそれ…早くしろ」 「…うん！」 一旦、遠ざかる足音を聞き届け、頭から豪快にお湯をかぶった。 頬の火照りはこれで誤魔化されてくれるだろうか。 ↓

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そりゃ気付いて欲しかったのだが、いざ気付かれると照れくさくて仕方ない。 いったいどんな顔をして光忠を迎えれば良いのか。 紫色のカーネーションは「ムーンダスト」と呼ばれるものだそうだ。 花言葉は「永遠の幸せ」。 花屋でそれが目に入った時、どうしようもなくこの花が愛しく感じられた。 ↓

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思えば、こうやって一緒に風呂に入って、夕食を共にするようになるまで、俺たちは難しいことばかりだった気がする。 喧嘩なんて数えられないほどした。その数だけ謝られたし、俺も謝った。 散々遠回りをして、それでも一緒になることが出来たんだから、きっと二人で一生幸せになれるはずだ。 ↓

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なんて、らしくもないことを考えてしまったんだ。 さっき風呂に入ったばかりだと言うのに、俺はもう、のぼせてしまいそうだった。さっさと、来い。早く風呂から出て、ハンバーグを食べながら乾杯をしよう。 （🐹…夏頃に書いたネタを…サルベージした…やつでした…）