恐らく知らない先輩と、『ナニカ』に気付いている僕の話。
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「足の数が一人分多い時はね、顔を上げない方が良いよ」 「はぁ……」 現在、サークルの部室には僕と先輩だけで、二人して一つしかない長机に向かい合わせに座っている。

2023-06-25 10:49:42
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「……あ、気付いた時の話ね。気付いてないなら大丈夫」 「何の補足ですか……」 先輩はパイプ椅子に背中を預け、ぐにゃぐにゃな座り方をして、長い黒髪が滝のように垂れている。 手元ではルービックキューブらしき物を弄り回しており、一切こちらは見ていない。

2023-06-25 10:54:42
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そもそも、この先輩と二人きりなのは初めてかもしれない。 ハッとするような美人だけど傍若無人で、悪い噂の絶えない人……と言われているのは知っている。僕自身は話したことが無いので、『とんでもなく気分屋な人』なのかな、とは思っていたけれど。 (それにしたって、脈絡が無さすぎでは?)

2023-06-25 11:00:22
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何と答えたものかと悩んだけど、取り敢えず聞くことにした。 「……あの」 「ちょっと待って……あーこっちじゃないか。じゃー戻してー……あ、何?」 「何で急にそんな話を?」 「え? あー……うーん……」 カチャカチャ。 先輩の手の中で、ルービックキューブがくるくる回っている。

2023-06-25 11:02:18
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「まー……何と、なく?」 「はぁ……」 何ともそぞろな返事が返ってきた。 僕も何とも言えない顔になって、椅子に座り直す。 ーギィ。 やけに軋む椅子に少し不安になって、ふと目を落とした、ら。足があった。 僕の靴と、だらりと椅子に伸びた先輩の靴先。 それれから裸足の、汚れた右足と左足。

2023-06-25 21:54:25
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「……」 思わず息を飲んで押し黙る。 長机の向いから伸びているのが先輩の足で、こちら側から伸びているのが僕の足。 じゃあこの、横から伸びた足は?

2023-06-25 21:57:23
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絶対に二人しか居ない筈の部室で、裸足の足が、ある。 だって明らかにおかしい。 爪は割れていて血が滲んでいる。皮膚も青紫に変色しているし、ボロボロだ。 (絶対に人間じゃない……) ぶわっと毛穴が開いたような感覚。 冷や汗が滲み、その汗が背中を伝って、腰へと滑り落ちていく嫌な感触。

2023-06-25 22:00:57
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一体、何が居るのか。 恐ろしくなって、反射的に顔を上げそうになった……その時。 ―顔を上げない方が良いよ。 ふと、何故だか先輩の言葉を思い出した。 そうだ。足が一人分多い時は顔を上げない方が、見ない方が良い。

2023-06-25 22:10:08
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僕は慎重に、裸足の足は見ないように視線を逸らした。 何故か床に散らばったまま放置されているサークル案内のチラシを見て、ゆっくりと呼吸を整える。 (早く消えろ、とにかく早く消えろ……) 心の中でブツブツと唱えてじっとしているとジリ、とその足が動いた。 こちらに半歩、足が近付く。

2023-06-26 20:15:38
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「っ……!」 ひゅっと息が詰まる。 机と言う物体を無視して、足が。 床を擦るように、ズリ、ズリと、迫ってくる。 もう、目の前にいる。足の主が、僕を真上から見下ろして、耳に呼吸の音が、 「ねぇ」 ビクリと身体が跳ねた。 それと同時、目の前の足先が消える。

2023-06-30 18:27:36
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「あのさ、今日の日替わりって何だっけ?」 もう一度、声がする。先輩の声だ。 恐る恐る顔を上げれば、いつの間にかルービックキューブは完成していて、頬杖をついた先輩がこちらを眺めていた。 「……え」 「今日の日替わり。憶えてないんだよね」 「あ、ああ。えーと……」

2023-06-30 18:31:40
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未だ混乱した頭は、思うように回ってくれない。 「あー……」 「知らない? そっか。んじゃー、行く?」 「え……ど、どこに?」 「食堂。お腹空いたし」 伸びをした先輩が立ち上がって、ちらりと僕を見た。 「別に、一緒じゃ無くても良いけど」 「行きます」 「早」 食い気味の返事に先輩が笑う。

2023-06-30 18:34:01
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僕はようやくホッとして、パイプ椅子に置いたリュックを掴んだ。 「多分ミックス定食だと思う。予想、何だと思う?」 「えーと……蕎麦とか?」 「渋。大学の学食なんだから、日替わりには採用されないでしょ」 「そうですかね……」 しかし、どうしても先ほどのことが気になる。頭から離れない。

2023-06-30 18:37:18
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(やっぱり夢か何か……) 部室からの出際、何とはなしに振り返ろうとした。 「行くぞー」 「わ!?」 振り返ろうとした瞬間、先輩に腕を取られ、部室から強制的に出される。 室内を見る前にピシャっと扉が閉まって、先輩が鍵をかけてしまった。 (……ん? 鍵……?)

2023-06-30 18:40:00
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「あれ、先輩って部長じゃないような……」 「合鍵」 「合鍵!? 良いんですか、そんなことして」 「良いの。じゃー行くぞ。予想が外れてたら奢ってね」 「え。そこは先輩が奢ってくれるんじゃ……」 「キミの予想が当たってたらね。ボクの予想が当たってたら奢って~」 「は、はあ……」

2023-06-30 18:42:28
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先輩に押し切られるように、部室を後にする。 一体アレは何だったのか。 今の所、知る術は無いし、確かめようとも思わない。 僕はこの一件以降、一人で部室に居ることを避けるようになった。それだけの話だ。 ……今の所は。

2023-06-30 18:44:25
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「すっ……すみませ、ちょっ……すみませーん! のっ、乗ります!!」 大学での最終授業が終わり、質問をして……かなりギリギリの時間になってしまった。 必然、大学から数100m先のバス停にはあまり人が居らず、慌てて最終バスの尻尾を追い、何とか乗り込むことが出来た。 「はー……」

2023-06-30 20:54:40
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座席はガラガラ。 乗車出来た安堵感で、イスに座り込むと同時にホッと目を閉じた。 汗ばんだ首元を、Tシャツの腕で拭う。 (良かっ……) 「よ」 不意に隣から声がかけられる。 見れば、 「先輩……」 先輩が居た。 首からはイヤホンを垂らして、喋る為にか黒マスクを下げている。

2023-06-30 21:03:59
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バス内の白っぽい照明のせいで、先輩の色彩が薄れて見えた。 「走った?」 「あ、ああ。はい。最終バスですよね、コレ。間に合わないかと思って」 「ふうん。大変だね」 先輩はそんな事を言いながら、何故か横に座ってくる。驚いて先輩を見ると、怪訝な表情が返ってきた。いやいや。 「何?」

2023-06-30 21:06:57
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「他の席も空いてるような」 「ダメなの?」 「いやダメじゃないですけど」 良いのだろうか。いや本当に良いのだろうか。何となく、隣の体温にソワソワしてしまう。 (……だって先輩、女の子だし) もし万が一、肩とかが当たったりしたらセクハラになるのだろうか……分からないから気を付けないと。

2023-07-01 02:30:44
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顔の持って行き場に困って窓の外を見る。 暗い街並みに、等間隔の街頭。 駅から少し離れているせいか、歓楽街のような雰囲気は無く、そこそこ静かだ。 そして、窓ガラスには明るい車内が反射している。 (……あれ?) 間違い探しのような違和感に、僕は首を捻った。 何かおかしい、気がする。

2023-07-01 03:22:58
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車内を見渡す。老婆、サラリーマン、高校生、先輩、僕。五人。 窓ガラスを見る。老婆、サラリーマン、高校生、先輩、僕。 ー先輩と僕の座っている席の、通路を挟んだ隣の座席。 赤いワンピースの誰か、居る。 気付いた瞬間、ギクリと肩が跳ねた。

2023-07-01 03:23:23
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その『誰か』は窓ガラスにだけ映っている。 ……間違いなく現実には居ない。 赤いワンピースの俯いた顔には長い黒髪がかかっており、表情は窺えない。 思わず震えた肩が隣の先輩にぶつかる。 「あ、ご、ごめんなさいっ!」 「ん。ふあぁ……いいよ。別に」

2023-07-09 00:25:40
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先輩は特に気にした様子も無く、呑気に大欠伸をしている。 (……先輩は、アレに気付いていないんだろうか) 僕はもう一度だけすみません、と頭を下げ、そうっと窓に目を向けた。 「っ!?」 ―立っている。 通路に立って、先輩を見下ろしている。 心臓がバクバクと嫌な音を立て、米神を汗が伝う。

2023-07-09 00:38:06
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バスは運行していて、車内は揺れていると言うのに、髪の毛やワンピースの裾に至る全てが静止している。 先ほどより近付いたせいで、病的なほど白い肌や、薄く開いた唇が見えた。 目を逸らしたいのに、逸らせない。 ……でも、逸らせないからこそ気付いた。

2023-07-09 00:45:51
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ひび割れた唇は僅かに動いていて、何かを呟いている。 眼球の動きだけで、ソレの言葉を追う。 (……ひ? じゃない、し……? く、る、い……ん……え……) 「……あのさ」 そんな先輩の声に、ぐいっと意識が引き戻された。 途端、窓から目が逸れて呼吸が戻って来る。 「は、あ……っ」

2023-07-09 00:56:16
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どうやら無意識に息を止めていたみたいで、急激に入り込んできた酸素が苦しい。 「ねぇ、すき?」 「……ハァ!?」 唐突な問いにぎょっとして先輩の方を見た。 見れば、先輩はポッキーの箱を差し出していた。 「ポッキー。好き?」 「あ……ポッキーね……は、はは……」 「うん」

2023-07-09 01:02:38
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一気に力が抜けて、乾いた笑いが漏れる。 「ああ、ええと……はい。好きですよ」 くれるんですか?と尋ねると、先輩は無言でポッキーの箱を突き出してくる。 何なら僕を睨みつけている。何故。どこが怒りポイントだったんだ。 (いや、睨みつけてる訳じゃないのかもしれないけど……まあ良いか)

2023-07-09 01:20:59
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理由を尋ねるほどの体力も残っていないので、一本取って力無く笑う。 「……ありがとう、ございます」 「……うん」 そう言って、先輩はそっぽを向こうとしたが……何故かこちらに向き直る。 「な、んですか?」 「……お腹、空いてない?」 怒涛の質問タイムに戸惑いを隠せない。

2023-07-09 01:26:05
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多分、顔にも出てると思う。 「ああ、まあ。はい」 「どっち?」 どちらかと言うと、精神的疲労が大きいので……。 「いや、あんまり……ですね。空いてないです」 何かを食べるより、今は早く休みたい。家の布団で寝たい。朝までぐっすりと。 「……そう。分かった」

2023-07-09 01:33:53
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先輩は……僕はファッションに疎いので、何と言うのか分からないけれど、大きな襟に顔を半分埋めてしまう。 (不機嫌? いや、不機嫌と言うか、) 「……あの、拗ねてます?」 「すねてない」 いや、拗ねてる口調だ。どう考えても拗ねている。どうして……。

2023-07-09 01:36:12
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何とも言えない空気になって、僕も黙り込んだ。 「……」 「……」 『次は~美然路~美然路に止まります。お降りのお客様は~……』 いつの間にか、僕の降りる予定のバス停だった。 「あ、先輩。良いですか?」 「何」 やっぱり声がむすっとしている。 「僕、次で降りるので」

2023-07-09 01:45:45
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先輩は通路側に座っているので、ちょっと退いて貰わないといけない。 「……分かった」 拗ねたかと思ったら、今度は何だか寂しそうな目になった。な、何故! 勘違いしちゃうでしょ!! ダメだよそんな顔したら! しかし先輩を叱るほど距離が近い訳じゃない。

2023-07-09 01:49:42
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仮に近かったとしても、僕が勝手にそう思っただけだから何も言えないし言わないだろう。 ……何だか別の意味で心臓がバクバクしだしてしまった。 そうこうしている内にバスが止まり、先輩に別れを告げ、バスから降車する。 「……あれ?」 明るいバスの中。 降りたのは僕だけで、バスの中には……。

2023-07-09 01:51:42
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「……他の人は?」 車内には先輩だけで、他の乗客が居なくなっていた。 あっけに取られている内にバスは発車し、バス停には僕だけが取り残された。 「……さっきの内に、降りちゃったのかな」 バスは去った。確かめる術も無い。 僕は釈然としない思いを抱きながらも、足早に帰宅した。

2023-07-09 01:54:56
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まとめたひと
ユーガタ@留守 @i_who

シナリオお化けの冥探偵。 TRPGシナリオや文字を書く黄昏の手紙頭。 ATLUS狂信者でヒカセンで、卓外妄想で遊び薔薇を胸に抱くポガティブな本の虫もどき。 ▼FAは #ガタ絵 ▼i:のばらちゃん(@oh_no_bara) h:残響室(@_45978)様 ▼嗜好/近況/ご連絡/その他→リンク参照