太平洋戦争中に建造された被曳航式コンクリート油槽船のうち、1隻は広島県呉市の坪井漁港の防波堤として現存し、もう1隻は山口県下松市の笠戸島で残骸を晒している。行方が分かっているもう1隻は、山口県周南市の粭島(すくもじま)漁港で、その姿が確認できた。 pic.twitter.com/917TUMLW8F
2020-05-28 20:28:46国土地理院の地図・空中写真閲覧サービスより、1962/05/19(昭37)撮影のMGC625-C8-3。船首は東向きらしい。現地では「潜水艦の機械類を取り外したもの」として、『潜水艦桟橋』と呼んでいたようだ。 pic.twitter.com/01E7vL7DdW
2020-05-28 20:32:351970/10/02(昭45)撮影のMCG706X-C7-5ではすでに撤去されているらしく、現存しない。 pic.twitter.com/XXwEzF7Wp6
2020-05-28 20:39:421943(昭和18)年7月28日、グロスター岬沖でB-25の反跳爆撃を受ける有明。 fold3.com/image/46947186 pic.twitter.com/SrAvNNPRc0
2020-07-19 13:16:46同じく、グロスター岬沖でB-25の爆撃を受ける三日月。 fold3.com/image/46947178 pic.twitter.com/m2cSGT0Dd8
2020-07-19 13:42:34同じく三日月。先の写真より少し前の撮影らしい。 fold3.com/image/46947179 fold3.com/image/46947181 fold3.com/image/46947182 fold3.com/image/46947185 pic.twitter.com/MkyCr3ZA5S
2020-07-19 13:45:01おそらく先の4枚の写真と同時期の撮影。座礁した三日月はいい目標だったらしく、何枚も写真が残っている。 fold3.com/image/46947188 pic.twitter.com/yzI4rs8R8Q
2020-07-19 13:58:07こちらは第二煙突に貫通痕があるので、少し後の撮影だろう。 fold3.com/image/46947180 pic.twitter.com/Jbf6wh4RGt
2020-07-19 13:59:48もう一枚追加。キャプションにはB-25の75mm砲で射撃した(矢印)、とある。 fold3.com/image/46947208 pic.twitter.com/sXes8ZMFwv
2020-07-26 16:23:37さらにもう一枚あったので備忘録として追加 fold3.com/image/47643494 pic.twitter.com/QuizqxA8bO
2020-10-08 12:51:49そういえば有明沈没の日ですね fold3.com/image/46947183 pic.twitter.com/j6Tn6hYYYs
2021-07-28 22:33:10爆弾倉を開いてどこかを爆撃中のB-25。キャプションには"Koyagi Shima"とあるが、長崎の香焼島にこのような地形は見当たらない。 fold3.com/image/29019261 pic.twitter.com/nozTNovE5v
2020-07-28 21:46:36国土地理院の地図・空中写真閲覧サービスより、1947/03/26(昭22)撮影のUSA-M185-38の一部を拡大したもの。先の写真中央の石油タンクらしきものが中央付近にある。左上に写っていた特徴的な岬もどうやらこれらしい。 pic.twitter.com/qq91JQftv2
2020-07-28 21:50:23場所は長崎半島の沖合に浮かぶ高島で、香焼島の南西6kmほどに位置している。さらに南西にもう少し進むと、端島こと軍艦島に至る。高島にはかつて高島炭鉱が存在し、戦時中も石炭の生産を行っていた。 goo.gl/maps/qBufZt5UV…
2020-07-28 21:53:08先の写真の3基の煙突と、稜線からわずかに顔を覗かせるタンクが一致するので同じ場所。水柱付近の護岸の地形は、高島の航空写真と同じ形状に見える。とすれば、水柱の向こうには桟橋があった筈。 fold3.com/image/29019273 pic.twitter.com/pR2p6Vc8QP
2020-07-28 21:58:39国土地理院の地図・空中写真閲覧サービスより、1947/05/01(昭22)撮影のUSA-M312-2-145の一部を拡大したもの。呉の警固屋沖に係留中のコンクリート船第一武智丸。終戦の少し前から機関故障でこの位置にいたらしい。ハッチは解放されたままで、船倉には雨水が溜まり放題だろう。 pic.twitter.com/vH5wEPjezt
2020-09-16 23:15:28主機のディーゼルは三井造船833MTF-60、1基1軸750馬力。本機の生産実績は、1944(昭和19)年生産の第一~三武智丸の3隻分3基の他に、43年に2基の計5基のようだ。この2基は戦時標準船に搭載されたらしい。
2020-09-16 23:24:201944(昭和19)年11月10日、第四次多号作戦においてオルモック湾でB-25の爆撃を受ける第十一号海防艦。 fold3.com/image/314291811 pic.twitter.com/AkdMT5QTvm
2020-10-08 21:08:13どうやら、このあたりのネガのサイズは少なくともこれくらいあるらしい。 twitter.com/Tensyofleet/st…
2020-10-08 21:09:48引き続き、第四次多号作戦でB-25の爆撃を受ける海防艦。11号か13号のいずれかなのは間違いないけれども、この写真を11号とするものがほとんどなのはどういう根拠なんだろう。 fold3.com/image/46946740 pic.twitter.com/85v0H1M0Uy
2017-11-13 23:21:21同じく、爆弾の直撃を受けた第十一号海防艦。 fold3.com/image/314291815 pic.twitter.com/NXtGhPPZql
2020-10-08 21:14:32海岸近くで擱座した貨物船。場所は"Vanapope"となっているが、ニューブリテン島ラバウルから南西に20km、ココポのあたりらしい。撮影日は1944(昭和19)年3月より前のようだが、この集積された物資はどちら側のだろう。。。 fold3.com/image/46947359 pic.twitter.com/5xMVxDigN1
2020-10-10 12:08:17位置的に該当しそうなのは慶福丸(5,833総トン,大光商船)で、川崎造船所のいわゆる大福丸型ストックボートの1隻。1943年1月5日に空襲で沈没している。
2020-10-10 12:10:35fold3.comより、撮影日は1943(昭和18)年9月23日、撮影場所はニューギニアのビクトリア湾とのことで、ウェワク沖合のカイリル島西部の湾だろう。。。が、これはウェワクで沈んだ長門丸(5,900総トン,日本郵船)のような気がする。 fold3.com/image/47651434 pic.twitter.com/wNdI5tOznq
2020-10-11 14:02:33およそ1ヶ月前の9月1日に爆撃を受ける長門丸の姿。 twitter.com/Tensyofleet/st…
2020-10-11 14:03:25第7次ウエワク輸送船団は1943(昭和18)年9月1日深夜にウェワク着、翌2日未明より揚陸を開始していたが、0800に空襲警報が発令、飛来したコンソリデーテッドと味方機の空中戦が展開される一方、船団への攻撃が開始された。写真は長門丸(5,900総トン,日本郵船)。 fold3.com/image/47648520 pic.twitter.com/DkhPlo1288
2020-04-25 20:05:31根拠と言ってさほどある訳ではないけれども、船型は大福丸型に見受けられるし、機関室左舷付近に垂れ下がった網状のもの(人員移乗用?)もそれらしい。 pic.twitter.com/rRj7SBcQA1
2020-10-11 14:32:48なお、Pacific WrecksではOsaka Shoen K. K.のTaisei Maruとしているが、付近で沈没した大盛丸は平時D型(1,957総トン,大昌汽船→大洋興業)で船型も異なり、沈没も9月27日ウェワクである。会社は戦標1Dの大誠丸(だいせいまる,大阪商船)とでも間違えたかな。 pacificwrecks.com/ships/maru/tai… pic.twitter.com/CA3LITbQLA
2020-10-11 14:33:12