#薄明文庫 以外の創作文章まとめ。
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ユーガタ @i_who

ーその家には幽霊が出る、という噂があった。 『家』と言ったが正確には家ではなく、その家の庭の、枯れた木の所に出るという話だった。 でもまあ、実際には見たことがないから本当に出るのか、何が居るのかは分からないし、知らない。 『あの家の枯れ木の所には幽霊が出る』

2018-12-07 18:51:50
ユーガタ @i_who

ただちょっと、周りの人間からそういう話を聞いただけだ。 そして何でまたそんな話になったか、と言うと、 「今から行くからでしょう?」 「……」 「おや、今度はだんまり? 随分大きな独り言だねぇ」 三月の頭だと言うのに、まだまだ寒い。吐く息の白さに行く前から辟易していた。

2018-12-07 18:52:30
ユーガタ @i_who

「……でもあそこの家、たくさん木が生えてるからなぁ。どれのことだか」 「幽霊が出る木なんて、そうそう無いだろうし、見たら分かるでしょうよ」 「大体、何でこんな面倒なことになったんだっけ……」 「アンタも運が無いよね。罰ゲームが一人肝試し、なんてさ。あ、証拠写真も忘れないようにねぇ」

2018-12-07 18:53:22
ユーガタ @i_who

サクサクと道に残った雪を踏みしめながら、幽霊の出る家へと向かう。 「着いた……ここだ」 「どれどれ……表の戸は開いてないみたいだけど、どうするの?」 「えっと、確か裏口が……」 件の家はそこそこ大きな日本家屋だった。板塀を辿って、裏口に回り込む。 「押し上げて……押す、とっ……」

2018-12-07 18:55:48
ユーガタ @i_who

事前に聞かされたやり方で、持ち上げながら押すと、木戸は軋んだ音を立てながら開いた。 辺りに誰もいないことを確認して、木戸の内側、家の敷地へと体を滑り込ませた。 「いーけないんだー言ってやろー言ってやろー」 「さっさと終わらせよう」 手袋をはめ直して、一本一本、木を見ながら庭を回る。

2018-12-07 18:56:45
ユーガタ @i_who

「寒い……」 「こたつとみかんが恋しいねぇ。そうそう。ストーブの灯油、無くなりかけだったよ」 「ああ。そろそろ灯油も買いに行かなきゃ……あとティッシュも」 「冬は外に出るのが億劫だよね。あ、ねえねえ。アレじゃない?」 ブツブツ言いながら歩いていると、視線の先に妙な木が生えていた。

2018-12-07 18:58:30
ユーガタ @i_who

そこには真冬だと言うのに、青々と葉が茂った木が一本生えていた。 「椿かな」 「椿じゃないよ、馬鹿だね。あんな細い枝で」 首をくくれる訳ないだろう。 ブラブラと揺れる裸足が見えた。 揺れる度に、格子模様の着物の裾がひらめいている。 ただし、顔だけは茂った葉の向こうに隠されて見えない。

2018-12-07 18:59:58
ユーガタ @i_who

「あ、血が……」 「嗚呼、くくってるんじゃなかったか。喰われてるんだね。嫌だねぇ、歳を取るって」 ぼんやり眺めていると、葉に隠れていて見えない首の上方から、だくだくと血が流れ出した。 白い雪が赤く染まってゆく。 「写真撮ったら、」 「お止しよ、呪われるよ。見たヤツ全員死んじゃうよ」

2018-12-07 19:01:33
ユーガタ @i_who

「……どうしよう」 「葉っぱの一枚でも持って帰れば?」 「どっちにしろ、近付かなきゃいけないか……」 「そうだねぇ。ああ、可哀想に」 「…………はぁ」 大きくため息を吐くと、すり足で木の近くへと寄って行く。 足先に削れた雪が積もる。 じん、と痺れるような冷たさが、足の指先を包み込む。

2018-12-07 19:02:51
ユーガタ @i_who

葉っぱは、ちょうどその喰われている身体の下に落ちていた。 そっちの方は見ないように、ギリギリの所で手を伸ばして、指先に葉が触れた。 雪と一緒に葉を引き寄せて、立ち上がろうとしたその時。 何を思ったのか、ふと、顔を上げてしまった。 ーしまった。 心臓の底に怖気が走り、一瞬息が止まる。

2018-12-07 19:04:24
ユーガタ @i_who

と。 「いやはや〜、ギリギリだったね。セーフセーフ。ああ、上を見たらダメだよ。本当に喰われるよ」 急に肩口が重くなったかと思うと、目の前が長い髪の毛に覆われ、視界が黒に染まった。 髪の合間から見え隠れしている、雪の白に目が眩む。 「ねえ、お前。コイツを喰おうとしただろう?」

2018-12-07 20:49:25
ユーガタ @i_who

……自分の両肩に乗っているのが、一体何なのか。 「ああ、駄目だよ。ダメダメ、そんな恨めしそうな顔したって、コレはあげないよ。コイツはねぇ、私のモノだから。私が死んで、怨んで祟って呪った家系の者だから。最期の最後に喰らってやるんだ。今から楽しみだなぁ。どんな味がするんだろうなぁ」

2018-12-07 20:50:28
ユーガタ @i_who

知っているけれど、見えているけれど、何も分からないフリをしているコレが何なのか。 「だからね、お前にはやらないよ。肉の一片たりとも渡さないよ。コレは私のモノだ。ねえ、分かった? 分かったのなら返事をおしよ。人を喰うんだから口はあるだろう? ねえねえねえ」

2018-12-07 20:51:01
ユーガタ @i_who

人の肩を踏み付け、流れる水のように喋り続けるコレが、見えてはいけないモノなのだ、と認識したのはいつの頃だっただろうか。 喋ってはいけない、返事をしてはいけない、と分かったその時から固く口を閉ざした。 すると我が家に取り憑いていると宣うこの化け物は、口を閉ざした自分に怒り狂った。

2018-12-07 20:55:34
ユーガタ @i_who

「返事をしたらすぐさま食べてやるのに。まあアイツの家の子だけど、コイツのことは気に入ってるからね。痛くないように食べてやるって言ってるのに。ちゃーんと見えて聞こえてる癖に、いつも独り言で誤魔化しちゃってさ。何て酷いヤツなんだろう」 化け物はわざとらしくため息を吐いた、ようだった。

2018-12-07 20:55:58
ユーガタ @i_who

『今度返事をしたその時こそ、骨すら残さず喰ってやる』 化け物はそう言った。 だから見えないし聞こえないフリをしている。 「ねえ、目を瞑っておくれよ。この聞き訳のない古木を喰らってやるからさ」 でもこう言う時には便利だ、と思ってしまう辺り、感覚が麻痺してしまっているのかもしれない。

2018-12-07 20:56:39
ユーガタ @i_who

大人しく目を閉じると、満足げなため息と、じゃくじゃくと何かを咀嚼する音が聞こえてきた。 耳を塞ぎたかったが、この体勢では無理だ。 「もーいーよー。ほら、目を開けても大丈夫だよ」 しばらくして再び目を開くと、そこには何もなかった。 そこにあった筈の枯れた古木は、綺麗に消え失せていた。

2018-12-07 20:58:39
ユーガタ @i_who

「目がチカチカする」 「ああ、雪の白って目に痛いよね」 「はぁ……今回も無理だったか」 「無理だよ諦めなよさあさあもういい加減返事を、」 「帰るか」 「ああもう! 今回も駄目なのかぁ。強情だね、本当に」 そう言って、首元にまとわりつく『見えていない体の』化け物は不満げに鼻を鳴らした。

2018-12-07 21:01:43
ユーガタ @i_who

両肩の重みを感じながら、庭から裏口、そして木戸を潜る。 敷地の外に出ると、雪が降り始めた。 「雪だ! 良いねぇ良いねぇ。綺麗だねえ!!」 「帰ろ」 「うんうん。あ、灯油とティッシュ、忘れずにね」 一体次はどこに行けば、この化け物が喰われてくれるのだろうか。 そればかり考えていた。 了

2018-12-07 21:02:26
ユーガタ @i_who

見えない筈の化物と呪われ道中。 pic.twitter.com/xB3dPLAae2

2023-05-04 23:09:28
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ユーガタ @i_who

缶の中に何か居る。 実家から持ってきた古い缶の中には、どうやら『何か』が居るようだった。 夜中の2時ちょうどになると、缶の中から「カツン、コツン」と言う変な音が聞こえて来る。 缶の中から、何かが缶をつついているような、そんな音だ。

2019-11-16 23:49:02
ユーガタ @i_who

缶自体は取り立てて変わった物でもない。 今では錆やら何やらで皆目見当もつかないが、恐らく元はお菓子か何かの缶だったのだろう、微かに擦れた和柄が残って見えている。 そして何故、そんな古びた缶を実家から持ってきたのか、全く覚えていないのが奇妙なところである。

2019-11-16 23:54:05
ユーガタ @i_who

ー缶を開けてみよう。 そう思い立ったのは、ある昼間のことだった。 どうして今まで開けなかったのか、そんなことを思いながら、缶を手に取る。 緊張気味に缶の蓋に手をかければ、錆び付いた鉄独特の耳障りな甲高い音が鳴った。

2019-11-17 00:01:08
ユーガタ @i_who

缶の中、には。 干からびた、女の小指が一本、入っていた。

2019-11-17 00:04:03
ユーガタ @i_who

「……記憶、ですか? ええ、ありますよ。あなたが私の首を絞めて、あの樹の下に埋めたこと、勿論覚えております。被せられた土がひやりと冷たくて、だと言うのに恐ろしく陽気な天気で。あなたは汗をかいていましたね。焦っていたのでしょう。一分、一秒たりとも生きた心地がしなかったのでしょう」

2023-04-28 23:39:52
ユーガタ @i_who

「あなたの生温い雫が、ほたと私の頬の上に落ちてきて。空は随分、青うございましたね。全て、覚えておりますとも。ええ、ええ」 「怖い顔。それで、どうなさいますか? 今世も? ええ、ええ。承知いたしました」 「それでは、またお逢いしましょうね」

2023-04-28 23:56:33
ユーガタ @i_who

【壱】 「君、知っているかい?」 「……何をだ」 書架整理の手を止め、隣の人物を見れば、ーもまた手を止め、手元の本に目を落としていた。 ーパラリ。 頁をめくる音が、いやに大きく聞こえた。 「『おとろし』の噂だ。ホラ、神田の。千段神社だ。どうもあすこの鳥居に出るらしい」

2020-05-01 17:22:34
ユーガタ @i_who

【弐】 訥々と。短く区切って淡々と。 コイツが話し始める時はいつもそうだった。 毎度のことながら特に此れと言って興味は無いのだが、作業の片手間に聞く与太話としては良かろう。 顎をしゃくって、先を促した。 「いつ」 「夜だそうだ。丑三つ時に見たと言う噂を聞いた」 「……誰から」

2020-05-01 17:23:21
ユーガタ @i_who

【参】 「怪談仲間だ。古書店街の爺が見たとか見ないとか。そんな話を聞いた」 (こう言った手合の話が好きな癖に、その淡々と語る癖はどうにかならないのか) と、心の中で呟く。 そんな調子で喋るから、コイツの話は怖くないのだ、全く。 「今夜、行ってみないか?」

2020-05-01 17:25:23
ユーガタ @i_who

【肆】 そんなことを考えながらも、いつものように一応頷いてみせると、我が意を得たりと言うように、ーはニンマリと笑った。 「決まりだな。では一時に千段神社の前で落ち合おう」 「出るのは丑三つ時じゃないのか?丑三つ時なら、二時だろう」 「せっかくだし、夜の千段神社を堪能したい」

2020-05-01 17:32:20
ユーガタ @i_who

【伍】 「堪能、ね。まあお前がそうしたいなら」 付き合ってやる。 そう言って隣を見れば、既にーは居なくなっていた。 「……はぁ」 仕方がないので一旦作業を切り上げ、店の外に出る。 暖簾を店の中に引き込むと、表の扉に鍵を掛けた。早めの店じまいだ。 「全く……手伝うんじゃなかったのか」

2020-05-01 17:38:55
ユーガタ @i_who

【陸】 ここには居ないーに文句を言いつつ、床の上に積み上げた象牙の塔の紐を緩める。 ―まあどっちにしろ、もう残り一山だ。 アイツが居なくても終わる。 (書架整理を済ませたら、ひと眠りしよう) そんなことを考えながら、目の前の棚に本を押しこんだ。

2020-05-01 18:35:15
ユーガタ @i_who

【㯃】 そうして、夜になった。 ーと約束をしている。千段神社に向かわなければ。 軽く身支度を整えてから外に出ると、墨を流したような空には、爪先のような月が光っていた。 星は無く、ただ静かだ。 ゆるりと流れてくる風がいやに生暖かく、何とはなしに嫌な夜になりそうな予感がした。

2020-05-02 01:52:26
ユーガタ @i_who

【捌】 「遅かったね」 千段神社の前……の、階段下までやって来ると、既にーが居た。 目が合うとひらりと手を振られる。 ーの白いシャツが、暗闇にぼんやりと光っていた。 「お前が早いんだ」 「そう?」 そう言いながら、ーは手元の懐中時計をパチンと閉じた。 「さて、行こうか」 「……ああ」

2020-05-02 16:35:49
ユーガタ @i_who

【玖】 一段一段、踏み外さないようにしっかり石段を踏み締める。 仄かな月明かりは足元を照らしては呉れない。 (……灯りでも持ってくれば良かった) しかし、今更後悔しても遅い。 ぼんやりとした輪郭を確かめるように、足先を彷徨わせる。 隣のーは酷く楽しげだった。 まあ、いつも通りなのだが。

2020-05-02 16:38:10
ユーガタ @i_who

【捨】 「さて、居るかな?」 「さぁ。どうだろうな」 「居ると良いな」 「……楽しそうだな」 いつものようにそう嘯く。 「うん、楽しい」 「…………」 「楽しくないかい?」 「……特には」 「相変わらず冷めてるね」 ーは少しつまらなそうに、唇を尖らせる。

2020-05-02 16:43:31
ユーガタ @i_who

【捨壱】 (……こう言う時だけ、と言うか。夜だけだな) ーが生き生きしているのは。 昼間は驚くほど静かで、表情も感情も抜け落ちたように喋る。 今はもう慣れたが、最初は本当に同一人物なのか疑ったものだ。 最近はきっと何かの生き物みたいに夜行性なのだろう。と、思っている。

2020-05-04 03:05:04
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まとめたひと
ユーガタ@留守 @i_who

シナリオお化けの冥探偵。 TRPGシナリオや文字を書く黄昏の手紙頭。 ATLUS狂信者でヒカセンで、卓外妄想で遊び薔薇を胸に抱くポガティブな本の虫もどき。 ▼FAは #ガタ絵 ▼i:のばらちゃん(@oh_no_bara) h:残響室(@_45978)様 ▼嗜好/近況/ご連絡/その他→リンク参照