光忠に振られたことがきっかけで、女装家として有名になる長谷部の話。

めしこ @mogmog_meshiko

高校時代、ださい眼鏡に重たい前髪、休み時間も教科書とノートを広げているような、絵に描いたようなガリ勉の長谷部くんが恋をしたのは、同じクラスの光忠くんだった。 それは卒業式の日、みんなが打ち上げに行くために空っぽになった教室。 そこに居たのは長谷部くんと、光忠くんの鞄だけ。 ↓

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光忠くんは、そこら中の女子からの告白を受けるために、なかなか切り上げることが出来なかったのだろう。 長谷部くんには、それが分かっていた。 だって光忠くんは、いつも沢山の女の子に囲まれていたから。 あぁ、そんな姿を見るのもこれが最後か、と思った。 ↓

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長谷部くんは、国内有数の国立大学への進学、光忠くんは学部と学科の数が多い、人気の高い大学への進学が決まっているから。 そう、今日で最後だから、長谷部くんはここで光忠くんを待っていたんだ。 どんな結果でも良いから、最後に自分の想いを伝えたかったから。 ↓

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それくらいなら…自分にだって、許されるんじゃないかと思って。 がらりと教室のドアが開く。 頭をがしがしと掻きながら、大きく溜息をついて入ってくる光忠くん。 それはいつもの彼らしくない、荒っぽい仕草だった。 教室に残っている人など、もういないと思ったのだろうか。 ↓

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長谷部くんの姿を見付けると、びくりと肩が上がった。 そこに浮かんだ表情はいつもの温和なものではなく、自身の不機嫌を隠そうともしない、そんな顔だった。 「…長谷部くん、まだ居たの？別れを惜しむような友達が、きみなんかにも居るの？」 「あ、いや…」 ↓

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「まぁ、どうでもいいけど。僕には関係ないし。きみとはもう二度と、会うこともないだろうしね」 「…あっ、あの…」 「なに、まだ何かあるの？僕もう打ち上げ行きたいんだけど」 鞄を手にした光忠くんが、鬱陶しそうに長谷部くんを見る。 それは今まで見たことのないくらい、冷たい表情だった。 ↓

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「俺っ、ずっと…好きだったんだ、お、長船くん…の、こと」 「…は？」 一瞬ぽかんとした後、吹き出すように笑う声。 それはいつも教室で聞いていた、あの優しい笑い声とは似ても似つかない。 心臓がひゅっと冷たくなるような、冷たい、冷たい笑い声だった。 ↓

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「なに、僕に優しくされたから勘違いしちゃったの？そうだよね、誰もきみのことなんて気にしてなんてくれないもんね。…僕だって周りの生徒と、教員からの評価のためじゃなければ、進んできみに声を掛けたりなんてしないよ」 長谷部くんは、何も言えなかった。 ↓

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確かに光忠くんは、教室でいつも一人でいる長谷部くんにも、話し掛けてくれていた。 そんな優しいところに、長谷部くんが惹かれたのは事実だった。 長谷部くんが何も言えないまま、光忠くんは続ける。 それは確実に人を傷付ける意志のある、言葉の選び方だった。 ↓

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「勘弁してよ、男から告白されるなんて気持ち悪くて仕方ない。…そうだな、女の子になってから出直してきなよ。じゃあね」 そう言い捨てて光忠くんは、長谷部くんに一切目も向けずに教室を出ていく。 教室に一人残されて、涙も出なかった。 それが長谷部くんの高校最後の思い出だった。 ↓

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▽ それから月日は過ぎて、あの卒業式からもうすぐ十年が経とうとしていた。 クラスのみんなで声を掛け合って集まった同窓会。 久しぶりに会う顔、そんな中で光忠くんは、相変わらず大勢の女の子に囲まれていた。もちろん男の子からも。 それは、まさにあの頃みたいな光景だった。 ↓

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「結構集まったね、みんなもう働いているのに」 「来れなかったやつは仕事？」 「あと新婚旅行中とか、出産前の子とか！」 「あぁ…俺らもそんな歳だよなぁ、もう」 あの頃ドリンクバーで盛り上がっていた自分たちが、今日は並々とお酒が注がれたジョッキやグラスをぶつけ合う。 ↓

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そんな久しぶりの集まりに花を咲かせていると、誰かが口を開いた。 「あ、でも一人だけ連絡が付かなかったんだよね」 「だれ？」 「長谷部くん」 女の子からの熱い視線と質問を、適当にあしらっていた光忠くんにも、それは聞こえた。 （長谷部くん、誰だったっけ。あぁ、あれか…卒業式の日に） ↓

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もうすっかりどうでも良い記憶だったので、ほとんど廃棄寸前になっていた記憶の引き出しから、それを引っ張り出す。 それでもやりとりをぼんやりと覚えている程度で、顔も声も曖昧にしか思い出せない。 「長谷部くんって言えばさ…」 「そうそう！」 話題に上がったと思えば、急に騒がしくなる。 ↓

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なんだろう…陰気だったクラスメイトの悪口大会でも始まるのかと思えば、どうやらそうではないらしい。 「いま、超有名だよね、あれ！」 「女装活動でしょ！？見た見た！」 あまりに衝撃的な単語が聞こえてきて、思わず開いた口が塞がらなくなる。 なに？女装活動？あの芋くさかったガリ勉くんが？ ↓

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しかもそれを、人に知られているなんて。 これはさぞ笑いの的になることだろうと思っていたのに。 「めちゃくちゃ可愛いよね～！」 「俺もそれ思った。すげー可愛いよな」 「すごい努力してるんだよね、いんすた見てる？」 「見てる見てる！美容関連の話すっごく参考になるよね。…っていうかさ」 ↓

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「うんうん」 「ぶっちゃけ、女装していない素の状態も、すっごいイケメンじゃない？」 「素のほうは今、舞台とかドラマとか出てるよね。今度、写真集出すんだって」 「格好良いよね…。本当にあの長谷部くん？って、いまだに思ってるもん」 「高校の時は、ぜんぜん話したことなかったからなー」 ↓

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話題は、今ここに居ない長谷部くんの話で持ちきりだった。 みんなの話を聞くと、どうやら彼は女装をして、その写真をＳＮＳに上げたり、動画に上げたりする活動をしていて、その可愛さに、テレビなどのメディアから結構取り上げられているとのこと。 それがいま話題になっているらしい。 ↓

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なんだそれ。 さっきまで自分にべったりだった女の子たちも、今は長谷部くんのいんすたの投稿を見ながら、あれこれと盛り上がっている。 それが光忠くんには、ちょっと気に入らなかった。 わらわらと寄ってくる子達には、確かに微塵も興味はないが、それをあんな地味だった子に持っていかれるとは。 ↓

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いつの間にかお開きになった同窓会。二次会に行くと言うクラスメイトに別れを告げて、家に帰った光忠くんは動画サイトを開く。 打ち込むのは彼の女装活動時の名前であるらしい『はせ。』 ずらりと並ぶ動画の数々。そこに映っているのは、どこからどう見ても可愛らしい女の子。 ↓

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少し明るめのセミロングの髪に、控えめなピンクのリップとチーク。 きつい化粧じゃないのに、ぱっちりとした瞳に、すらりと伸びた手足。 これがあの長谷部くん？そうだと言われても、にわかには信じ難い。 光忠くんの中にはそもそも「長谷部くん」の記憶がほとんど無いに等しかった。 ↓

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動画はメイクの行程を紹介したものや、イベントの宣伝のようなもの、色々とある中で、ひと際再生回数が多いものをタップする。 タイトルには『はせ。の女装のきっかけは！？高校時代の苦い思い出』とあった。 動画は対談形式になっていて、インタビュアーと長谷部くんが座って、質問に答えていく。 ↓

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「じゃあ次の質問！はせ。さんの女装のきっかけは何ですか？」 「あーこれ、言うと事務所に怒られちゃうんですけどね。…実は僕、高校生の時に好きな人がいたんです」 「えっと…それは」 「男の子です。それで、卒業式の日に告白したんです。そしたらまぁ当然フラれちゃって。 ↓

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その時にその人が言ったんです。『女の子になってから出直してきなよ』って」 「えぇ…切ない。じゃあ、それがきっかけで？」 「まぁ、最初は真似事みたいな、ひどいものでしたけどね。でも、好きな人に振り向いてもらうために、努力している女の子ってすごいな、っていうのはずっと思ってたので。 ↓

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…きっかけと言われると、それがきっかけですかね」 光忠くんは、動画の再生を思わず止めた。決して目が合うはずのない動画の長谷部くんを、穴が開きそうなほど見つめる。 「これ…僕のことじゃん」 自分の中に、自分でもよく分からない感情が湧きあがって来る。 ↓

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動画のコメント欄には 「さすがに、これは作り話かな？」 「振った人、今の『はせ。』のこと知ってるのかな！？」 「はせ。可愛い～！俺だったらフラないのに！」 と、好き勝手に書き込まれている。 僕だけが知っている。 動画の中の彼が、嘘なんて一つも言ってはいないことを。 ↓

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僕にフラれて、僕に言われたことがきっかけで女装を始めた？ 光忠くんは、どろどろとした高揚感に似た気持ちを感じていた。 一言で言えば、気分が良かった。 再び、動画の再生ボタンに指を滑らす。 「その方とはそれ以来、会ったりとかは…」 「してないですよ！絶対に会えないでしょ～」 ↓

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動画の再生が終わると光忠くんは、同窓会の幹事をしてくれていた同級生に連絡を取った。 『ねぇ、長谷部くんの連絡先を教えてくれないかな？』 ▽ 【以下、ざっくり】 そのあと、同級生から聞いた長谷部くんの連絡先にメッセージを送るも、すべて無視される光忠くん。 ↓

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『はせ。』として登壇するイベントの、絶対に彼の視界に入るであろう場所に立っていても無視。 握手会に行って「長谷部くん」って話しかけても完全無視。 ちなみに女装の時は『はせ。』、素の状態で活動する時は『長谷部国重』 だから『はせ。』が『長谷部くん』であることは、みんな知っている。 ↓

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そして、発売された『はせ。』の写真集の複数冊購入特典、三分間のおしゃべりタイムの時に、ようやく光忠くんと話をしてくれる長谷部くん。 「…長船、おまえは何がしたいんだ？俺を笑いたければ、笑えばいい。俺は別に、自分が今やりたいと思っていることをしているだけだ」 ↓

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この三分間は、少ないスタッフしか見ていないからか、その瞬間だけは『はせ。』の顔ではなかった。 でもそれは、光忠くんが知っている微かな記憶の「長谷部くん」とも違った。 自身になんの劣等も感じていない、堂々と胸を張って生きている男だった。 ↓

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それからも、光忠くんがどれだけ挑発しようとも、からかおうとも、無視されるだけ。かわされるだけ。 ある日、まるであの卒業式の時のように、鬱陶しそうな顔で長谷部くんは光忠くんに言う。 「とうとう女に飽きて、今度は女装している男にでも手を出そうっていうのか？迷惑だ、放っておいてくれ」 ↓

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そこで光忠くんはハッするんだ。 自分は何がしたくて、こんなに長谷部くんのことを追い掛けているんだろう。 からかうため？馬鹿にするため？ 一人の人間の生き方を、ここまで変えてしまったことに、よく分からない、濁った優越感のようなものを確かに感じていた。 ↓

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でも当の本人は、そのことに何の負い目も、劣等も感じていない。 むしろ清々しいほどに、その姿は堂々している。 あれ？あれ？って思いながら、自分でも知らないうちに、どんどん長谷部くんに惹かれている光忠くんが、過去のことがあるから全く信用されてないし、 ↓

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なんなら光忠くんのこと、めちゃくちゃ嫌っている長谷部くんのことを、らしくもなく格好悪く必死になりながら、どうにか振り向かせて、無事に燭へしになる…そんな話が読みたいなって。 わたしは、そんな話がしたかったんだ！(突然の終わり)