よろしいこと/時系列順。2:くずれて

一葉　蕗（このアカウントはフィクションです） @hitoha_fuki

私の思いつきだけど、更に一段先の実験をやってみた。今までは私が具体的にほしいものを思い浮かべていたけれど、今はその思い浮かべる行程を飛ばすために色々と試している。

一葉　蕗（このアカウントはフィクションです） @hitoha_fuki

今のところは電気刺激を使った方法が見込みが高い。 案外雑に電極を挟むだけでもいいらしい。舌とこめかみを同時に刺激すると、三回に一回くらいは何も考えずともお菓子が出てくるようになった。

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どんな感じかというと後頭部を砂糖で殴られるような感じで説明しづらい。でもちょっと電流の量や位置を変えるだけで結果も変わるのが楽しくて、もう何時間もやってる。 Kさんには大丈夫かと心配された。でも小さい頃からやっていることが技術で代用できるようになるのは、すごく新鮮で面白い。

一葉　蕗（このアカウントはフィクションです） @hitoha_fuki

それより気になるのは、今でも私しか希望エンジンを使えないということだ。 ぶっちゃけ再現性重視の実験には飽きてきたし、そろそろ実験の方向性を広げても良いと思う。

一葉　蕗（このアカウントはフィクションです） @hitoha_fuki

電気刺激くらいならもちろん他の職員さんにもやってもらっているけれど結果は出ない。 私が希望エンジンを使う方法は確立してきたけれど、私以外に同じことができないんじゃ、最後は意味がなくなるんだから。

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人体実験の志願者を募った。 内容は単純。外科手術によって開頭し、電極による脳の刺激を行う。 まず大脳基底核に電極を挿入するが、効果ない場合は他の部位の刺激も行う。 電圧は1.0ボルトから5.0ボルトにかけて各3回、パルス幅は60μ秒、周波数は130hzとする。

一葉　蕗（このアカウントはフィクションです） @hitoha_fuki

電気刺激について考えてるけど、やっぱり外側から刺激するだけじゃ精度が足りない。 脳に直接電極を挿入して、各部位を細かく刺激していけば、あるいは私が希望エンジンを使っている時の脳の状態を再現できるかも……

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全員に拒否された。 どうして？　この程度の刺激で後遺症が残ることはまずないのに。 それは手術のためとはいえ丸坊主にするのは、私だったら嫌だけれど。 でも手術を受けるのは私じゃない。 私は何も辛くないのに、嫌がるような顔をするのは、それはおかしな演技だと思う。

一葉　蕗（このアカウントはフィクションです） @hitoha_fuki

Kさんは言った。 「蕗ちゃんはどうして人の気持ちがわからないの」と。 でもそれはおかしい。 私以外の人間に、気持ちなんていうものを仮定する意味がわからない。

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父は言った。 「そうじゃないんだ」と。あの人はいつも言葉が足りないから、何がそうじゃないかはわからない。

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だいたい設備なら、やれとばかりに揃ってるのに。 うちの手術室なら、開頭手術を一流病院並みの精度で行える。 それに手術の手順も暗記した。私一人でオペができるかどうかは別問題だけれど、それも無理ではないはず。

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でも同意無しでの手術は難しい。全身麻酔をかけて眠っている間に？　いや、麻酔をかける時に抵抗されたら困る。 仕方ない。脅しのためと割り切って警備室から拳銃を盗もう。 この国で銃は違法じゃなかったっけと不思議だったけれど、こういうときには役に立ちそう。

一葉　蕗（このアカウントはフィクションです） @hitoha_fuki

実験対象はランダムでいいや。名簿の五十音順、一番下の人から始めよう。 最悪の場合も考えてはおくけれど、十人までなら殺してもいい。 それで研究は遅くなりこそすれ、中核メンバーが死ななければ止まることはないから。 もちろん中核メンバーとは私のこと。

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失敗の可能性、失敗時のリスクを想定する。 きっとだいじょうぶだろう、という結論になった。

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ちょっと銃をつきつけられたり、あるいは脳を傷つけられても、たぶん笑って許してくれるだろう。 だって私、研究所に来てから、ずっと楽しかった。 私が楽しかったから、みんな私のことが好きだって、そう心から思える。

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やった。 ものすごく、予想外の結果になった。

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対象はUさん、ういかわさん。まあ、でも、今は誰でもない感じ。 医学用語はわからないから平易に書く。おなかが異様に膨らんで死んでいる、まるで風船を膨らませたみたいだ。

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これは……ヒトの大脳基底核を電極で刺激したら、腹部が破裂した、ということになるけど、いくらなんでもそれはおかしい。 電極での刺激はパーキンソン病の治療などでも使われているのに、そんな無茶なリスクがあるはずはない。

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「こうしたら」と「こうなった」の間の情報が、一例だけじゃぜんぜん足りない。 やっぱり、一人だけじゃ足りないんだ。 もっとやろう。

一葉　蕗（このアカウントはフィクションです） @hitoha_fuki

やった。

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ういかわさんじゃない方のUさん、あとSのイニシャルの人がひとり、Tのひとが三人。 全員死んだのは、そういうデータが取れたということで良いとする。 でもSさんのことだけど、実験中に暴れだすのはやめてほしかった。 麻酔をうつ時間が短すぎたらしい。もうみんなに隠れてやるのも、ずいぶん難しい。

一葉　蕗（このアカウントはフィクションです） @hitoha_fuki

わたしが希望エンジンを使っているときは、身体が何か変わったりなんて一度もなかった。 けどこの実験の対象は次々に身体を歪めて死んでいく、それがわからない。 あとそれよりも、もっとわからないことはある。 なんでみんな、この実験を妨害しようとするんだろう？

一葉　蕗（このアカウントはフィクションです） @hitoha_fuki

そもそも私がやったという証拠は残してないはずなのに。父のIDを借りているから、ログの上では手術は父がやったことになっているはずだ。 なのにどうして、みんな私が殺したことに気付いているんだろう。

一葉　蕗（このアカウントはフィクションです） @hitoha_fuki

Sさんは実験の最後、脳から電極を抜く直前に身体が起き上がってしまった。 実験が始まってから終わりまで、あのひとの身体にはなにひとつ変化がなかった。 いや、でも、これこそが貴重なデータなのかも。 今まで何も起きなかったのはSさんだけ、これに着目すべきっていうこと？

一葉　蕗（このアカウントはフィクションです） @hitoha_fuki

Sさんは最近ここに来た警備員で、確か希望エンジンの存在も知らないはずだ。 仮にUさんの身体が膨れたのが希望エンジンの「暴走」だとしても、Sさんにはその「暴走」すら起きなかった。 希望エンジンを知っているかどうか、つまり記憶の状態が希望エンジンの発現に関係する？

一葉　蕗（このアカウントはフィクションです） @hitoha_fuki

記憶と特定の脳波の状態の組み合わせが希望エンジンを作る？ そして脳波は電気刺激でも代用できるとするなら……いやそれじゃ私だけが希望エンジンを使えることを説明できない、実験が足りない！

一葉　蕗（このアカウントはフィクションです） @hitoha_fuki

もっとやらなきゃいけない。 だからSさんには、最後の痛そうな演技をやめてほしかった。

一葉　蕗（このアカウントはフィクションです） @hitoha_fuki

当たり前のことだけど。Sさんが死ぬ時も、私は何も痛くなかった。 やっぱり血はにおうな、くらいは思ったけど、それはわたしの血じゃないし。 だからあの人の麻酔が切れてから、ずいぶん暴れていたのも本物っぽさがまるでなかった。 どう考えても、それはほんとの痛みじゃない。