人間のもつ文化財に何があるでしょうか。 かつて礼拝の対象として作られたミロのビーナスに均しく、1本の麦、1茎の稲は、その有用性ゆえに文化財といえるでしょう。 栽培植物は、われわれの祖先の手により何千年間もかかって改良発展されてきた汗の結晶であり、野生のものとまったく異なった存在です。
2023-06-11 02:32:46ミロのビーナスを再び作ることはできないし、稲や麦の品種も野生種から再び栽培種を作るのはむずかしいのです。 ヴュルム氷期が終わると、温帯では気候が温暖になり、およそ1万年前頃、メソポタミアでイネ科のオオムギやコムギなどの栽培が始まりました。 人々はこれらの植物の種実が栄養に富む
2023-06-11 02:39:09たべものであることを認知しており、長い間かかって都合のよい品種を見つけ、出穂期がそろい、脱粒のない品種を選んで栽培しました。 麦類の栽培は中近東からエジプト、地中海沿岸に広がり、文明は栄えました。 アフリカ原産の雑穀はインドに広がり、さらに中国に伝わって黄河流域でアワやキビなどの
2023-06-11 02:58:56栽培がはじまりました。 また、東南アジア原産のイネの栽培が揚子江の流域ではじまりました。 中南米のマヤ、アステカ文明もやはりイネ科植物のトウモロコシが支えました。 穀物と同時に野菜や果実の栽培も始まりました。 近東では農耕のはじまる少し前頃から動物の飼育がはじまりました。
2023-06-11 03:06:01ヴュルム氷期の後、近東の平地が柔らかい草でおおわれた時、おとなしい羊や山羊といった草食動物が多数出現しました。 かくて日常の食事に、肉が安定して供給されるようになり、それから2000年ほどして品種改良が進んだ家畜の搾乳がはじまりました。 動物の家畜化はその後、ブタ、ウマ、トナカイ、
2023-06-11 03:12:14ラクダなどで成功し、乳は主にウシから採るようになりました。 海岸や河川、湖沼のそばに住む人々の漁労は、舟と捕獲道具の進歩とともに大型化しました。 土地によって利用できる食材に差異があり、多様な食環境がありますが、基本的にはでんぷん性の主食に、鳥獣、魚介類の動物性食品と山野菜、
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