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ゆーや @yuuya_kdn

先ほどからずっと、駅の出口に佇んで雨のやまぬ空を透かし見している淡黄の髪の人は幾度も相傘を申し出られては笑顔で断っている。迎えでも待っているのかと思えば人待ち顔にも思えない。実際、迎えらしき傘も車もやっては来ない。ただ、すこしだけ困った顔で雨を見上げている。

2022-08-04 19:45:27
ゆーや @yuuya_kdn

相傘を断っているのは声をかけているのが女性ばかりだからだろうか。へたな期待を持たせてはと思っているのかもしれない。あるいはそれを恩に着せてのアプローチを避けたいのかもしれぬ。それほどの美貌だ。では。では、男であれば?己の傘の柄を強く握りしめた。

2022-08-04 19:50:36
ゆーや @yuuya_kdn

一歩足を踏み出そうとして、びくとまた足が止まる。長い髪の美女が声をかけている。だがその人はやはり笑みを浮かべてかぶりを振った。そしてまた軒の向こうを見上げる。「っ」背中になにかがぶつかった。半端に動いたせいで人の流れの邪魔になったのだろう。突き飛ばされたかっこうでたたらを踏んだ。

2022-08-04 19:56:04
ゆーや @yuuya_kdn

かろうじてその人の背に倒れ込むのはこらえたが、肘がその人の背にあたった。ん、と小さく首を傾げてその人が振り返る。間近で目が合った。「あ、あの」反射的にこぼれた声は喉につっかえて引き攣れた。「ご迷惑でなければ、傘に入ってゆかれぬか」なぜ膝丸は見知らぬ人にそんなことを言っているのか。

2022-08-04 20:02:58
ゆーや @yuuya_kdn

そも、この人が雨やみ待ちをしているらしい様子を膝丸はもう相当な時間、見つめている。とくに同性に惹かれる性質というわけではない。少なくともこれまでの生でそうした情動をおぼえたことはない。なのに、その人の後ろ姿を人垣の合間に見かけた瞬間、呼吸が止まった。その場から動けなくなった。

2022-08-04 20:09:20
ゆーや @yuuya_kdn

その人は琥珀を溶かしたような煌めく蜜色の瞳で膝丸を見つめている。女であればまだ下心とわかりやすいだろうに、膝丸のようなごつい男にこのような申し出をされては驚くだろう。声をかけてしまったあとで今さら心づく。「いや、困っておられるようだったので」慌ててかぶりを振って傘を差し出した。

2022-08-04 20:15:16
ゆーや @yuuya_kdn

「相傘などと、不審なことを言った。差し上げよう。使われるとよい」「…きみは?」じっと膝丸を見て、その人が口を開く。柔らかく甘やかな響きに眩暈がした。「お、俺は近くなので」目が泳ぐ。「走ってもさして濡れぬ」「じゃあ」「っ」するりとその人が膝丸の腕に己の腕を絡めて、膝丸は硬直した。

2022-08-04 20:20:06
ゆーや @yuuya_kdn

「ありがとう。入れてもらうよ」膝丸の間近へ顔を寄せて、その人はにっこりと笑った。「きみの家まで、ね。それから、きみのところで雨宿りをさせてもらえると嬉しいな」耳元で囁かれた言葉の意味が一瞬理解できなかった。だが反射的にこみ上げてきたのは歓喜。ぞくりと背が粟立った。

2022-08-04 20:25:21
ゆーや @yuuya_kdn

「こ、…こちらだ」半ば呆然としたまま、傘を広げて差し掛ける。うん、と頷いて、その人は膝丸の腕をとったまま膝丸について歩き出した。「あのね」また甘い声が耳元をくすぐった。「待っていたんだよ、おまえを」きしりと耳殻に小さな鋭い痛みが食い込み、膝丸は全身を駆け抜けた戦慄にあさく喘いだ。

2022-08-04 20:30:55