今まで行った史跡をささやかに選りすぐり。
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奈倉まゆみ@『月花累々』頒布中 @heikoES

①宇佐神宮(大分県) 八幡宮の総本社。 pic.twitter.com/xBRRGYda6Z

2019-01-23 01:47:00
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②磨崖仏 大分にはたくさんあるみたい。写真は宇佐神宮の東の国東半島のもの。自然と造形物の威圧がすごい。八幡信仰にまつわるものがたくさんあります。(写真はあまり撮れなかった) pic.twitter.com/f5jWJAtvvf

2019-01-23 01:57:11
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③薦神社(大分県) 宇佐神宮に薦を納めています。薦が採れる池は神聖なもの。八幡神が子供の姿で現れた時についた足跡が残ってます。 pic.twitter.com/BznlFIyLtu

2019-01-23 02:04:24
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耶馬溪や臼杵に行くとまたいろいろあるんだけど、キリがないので…

2019-01-23 02:10:05
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④大濠公園(福岡県) 古代は博多湾の入江だったそう。福岡城築造の際、埋め立てられ、池になったのだとか。隣は、その福岡城があった舞鶴公園。敷地内から、平安時代、海外交易や外交などに使われた鴻臚館の遺構が見つかっています。今では、近くが海だったとは思えない。 pic.twitter.com/PsvdVuQmE4

2019-01-23 16:34:50
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⑤梅壺侍従蘇生碑 太宰府天満宮参道近く。 天満宮の社人中務頼澄は京で梅壺という帝の女房と子をもうけます。数年後、梅壺は筑紫に帰った頼澄を訪ねますが、彼の妻は会わせず。悲嘆した梅壺は藍染川で投身。頼澄が天神に祈ったところ梅壺は生き返ったとか。 史跡ではない?でも、おもしろくないかな? pic.twitter.com/LwKAtg1qa1

2019-01-23 20:09:52
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こういうのって、元になる史実があると思うの。

2019-01-23 20:10:42
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⑥太宰府天満宮(福岡県) ご存知菅原道真公が祀られています。常に参拝者が多いので、上向きの写真ですみません。大宰府政庁跡は別の場所です。 pic.twitter.com/uyAMGs7eSJ

2019-01-23 20:19:57
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最近は現代アートとコラボしていて、より季節ごとに楽しめます。 ここが大宰府政庁だったと思ってる方、たまにいます。子供の頃の私とかね。

2019-01-23 20:21:55
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⑦鏡山神社⑧河内王陵(福岡県) 鏡山は神功皇后が新羅への出征の際に立ち寄り、勝利を祈ったとか。河内王陵は奈良時代大宰府の帥となった河内王の墓(諸説あり)近くにその妻手引女王の歌碑があります。太宰府から車で一時間もかかる土地を、なぜ河内王は魂の宮に選んだのか。 pic.twitter.com/qDzmSErMsG

2019-01-23 23:01:49
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歌碑には三首彫られていました。その一首。 大君(おほきみ)の和魂(にきたま)あへや豊国の鏡の山を宮と定むる(万葉集3-417)

2019-01-23 23:04:46
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⑨水鑑の井戸(山口県防府市) ⑩御影の井戸(山口県下関市) 博多の水鏡天満宮の写真もあればよかった。それぞれに、大宰府に向かう菅原道真公が姿を映したという伝承が残っています。 また、その土地の名士や住民と交流したとか。 小さな史跡ですが、多くの人々に敬愛されていたんだと教えられます。 pic.twitter.com/XHhxBdivX2

2019-01-24 22:15:25
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⑫防府天満宮 日本で最初に創建された天神様なのだとか。菅原道真が大宰府への道すがら、時の周防国国司である土師氏(道真と同族)を頼り、立ち寄った地でした。 pic.twitter.com/0tsjeGjB62

2019-01-24 22:29:11
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⑬周防国衙跡 豊前国衙跡と比べると広い。近くの国分寺も大きかったです。たくさんのしせつがあり、その中に鋳銭司もあったとか。 あの山を清原元輔やひょっとしたら、少女時代の清少納言も見ていたのかと思うと胸が熱くなります。 pic.twitter.com/I31k7ajf9f

2019-01-26 00:02:22
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⑭赤間神宮 ⑮平家塚 (山口県) 入水した安徳天皇と合戦で果てた平家の武将たちが祀られています。 pic.twitter.com/PEQajW00e8

2019-01-26 23:38:36
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⑮関門海峡 本州と九州との狭いところを潮が通るので、時間によって向きや速さが変わる。 檀ノ浦の合戦の舞台であり、現代に至るまで、常に交通や運輸、外交の要所。 pic.twitter.com/hQqpaRxZkj

2019-01-26 23:54:42
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⑯平家塚(二位の尼の墓)(福岡県) 出家した平重盛の遺児行実が檀ノ浦で入水した祖母時子をここに祀ったという。平家の墓は福岡にもいくつかあります。 pic.twitter.com/AhNKYtUiX2

2019-01-27 00:07:02
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⑰忌宮神社(山口県) 熊襲を扇動した新羅の塵輪に皇軍は苦戦しますが、最後は仲哀天皇自ら塵輪を討ち果たします。その塵輪の首が「鬼石」の下に埋まっているとか。神功皇后の植えた松や、武内宿禰の植えた銀杏もあります。 ちなみに、南北朝期、足利高氏もこの神社に立ち寄ったそうです。 pic.twitter.com/dzYsfQW0ji

2019-01-28 20:12:39
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⑱大己貴(おおなむち)神社(福岡県) 香椎に宮を定め、新羅征伐のために神功皇后は兵を集めますが、筑前の熊鷲は従いませんでした。そこで、皇后はその熊鷲を討ち、ここに社を建てて祈ったそうです。 pic.twitter.com/ufd8BXABD4

2019-01-28 20:35:49
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先にあげた鏡山も神功皇后の伝承のある場所ですね twitter.com/heikoES/status…

2019-01-28 20:36:34
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⑲女山神籠石と古墳(福岡県) 福岡県南部、山門(やまと)という地名に巨大な山城、女首長の伝説などから、江戸時代から魏志倭人伝のあの国だったのではと言われてきたそうです。訪問時は山門郡だったのですが、市町村合併で現在はみやま市に。 pic.twitter.com/GIO13Wo0LK

2019-01-29 22:40:56
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⑳蜘蛛塚(大塚)(⑲と同じ瀬高町) 一時期まで女王塚と呼ばれていたそうです。この一帯を治めていた田油津媛(たぶらつひめ)の墓。朝廷に歯向かうため、景行天皇によって征伐されたとか。 pic.twitter.com/qBl4gLqXmB

2019-01-29 22:48:26
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㉑権現塚古墳 ここも女王の墓だったのではないかとか、朝廷軍との戦で亡くなった兵の墓であるとか、説は様々あるものの被葬者は不明。 pic.twitter.com/wj1fPevh97

2019-01-29 22:59:11
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案内板に従い田油津媛を討ったのは景行天皇としましたが、日本書紀では神功皇后とされています。この女首長には夏羽という兄がおり、ヤマトという地名や謎の古墳に山城、・・・そう考えられるのもわからなくはないかも。

2019-01-29 23:07:48
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この辺り七支刀を持った武人の像(普段公開されていない)や他にもいろいろ史跡があるそうなのですが、当時車がなく、方向音痴の私は女山に辿り着くだけで精一杯で( ̄▽ ̄;) 改めて行くと、発見も多いだろうな。 twitter.com/heikoES/status…

2019-01-30 15:18:34
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㉒筥崎宮(福岡県) 石清水八幡宮、宇佐神宮とともに三大八幡宮とされる。神功皇后、応神天皇、玉依姫を祀る。楼門の「敵国降伏」は元寇に焼かれた社殿再興の際に納められた亀山上皇の宸筆を真似たものだとか。 現代でも必勝祈願のために多くのスポーツ選手がお参りに来ます。 pic.twitter.com/9tYdfTRTP0

2019-01-30 01:42:32
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㉓岩戸山古墳(福岡県) (以下諸説あり)新羅と通じ、加羅任邦への朝廷軍の侵攻を阻み、朝廷に歯向かった筑紫国造磐井の墓。前方後円墳に別区が設けられています。そこに並べてあった石人は裁判の様子表すとか。しかし、反乱の首謀者の墓にしては大きすぎないかな。 pic.twitter.com/tGn241GrOV

2019-02-01 01:48:06
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一方的に朝廷軍が攻めてきたなどなど、いろいろ説があって興味深いです。当時の九州の勢力図もわかるとか???

2019-02-01 01:57:44
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㉔島原城㉕島原城下武家屋敷(長崎県) 天守閣が独特の形で好きなお城です。島原天草の乱についての資料も多く展示されています。旧城下町である町の用水路には清水が流れ、とても綺麗です。一方、普賢岳は地肌を見せて荒々しい。 pic.twitter.com/DneA5n34QB

2019-02-01 02:15:33
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㉖松山城(愛媛県) ロープウェイがあるほど、天守閣まで登る道はなかなかに険しいのに、山頂の門に入ると、道がぐるぐる巡っていて、どこを歩いているかわからなくなります。私が敵の足軽だったら、すぐ閉じ込められて、撃たれますね。 pic.twitter.com/qPIKZL4dYJ

2019-02-01 18:52:18
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なぜか全体像を撮っていないけど、有名なお城だから大丈夫ですよね・・・。松山城の天守は、江戸時代以前から現存する12天守の一つです。 最初の城主は加藤嘉明、改易等で最終的に松平氏の城になります。(この経緯もなかなか複雑)

2019-02-01 19:04:02
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㉗萩城(指月城)㉘萩城城下町(山口県) 残っているのは城郭とお堀だけです。築城のために三角州を埋め立て、そばの山に見張りの矢倉を設けています。自然を利用して堀を設け、城や武士、庶民などの居住区が別れています。門は高杉晋作が生まれた場所のもの。 pic.twitter.com/1r6pbhE4Xl

2019-02-01 19:38:25
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㉘佐賀城(佐賀県) 平野に作られた城下町は、河川と堀がめぐらされ、長崎と本州への交通の要所でした。城は平城で、立地は町より低く、それをさらに樹木や塀で囲んでいるので、「沈み城」とも呼ばれています。いざという時は、水を引いて、敵の侵入を阻むこともできたとか。 pic.twitter.com/VHzhutjBiu

2019-02-02 02:36:15
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佐賀城下は下層の武士階級は商業に従事していたものもおり、武士の住まう地域と商人の生活する地域が混在するところがあるのが特徴とか。深めると、幕末の人材登用のこととつながって、おもしろそうなのですが、あまりよく勉強していません(^^; twitter.com/heikoES/status…

2019-02-02 08:42:03
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㉙熊本城(熊本県) 十年前の熊本城。室内の写真は多分、数寄屋丸の中ではないかと…。西南戦争の激戦を思わせる傷も残っています。一昨年にも訪れているのですが、本当に痛々しくて、早くまた勇壮な姿を見たいです。 pic.twitter.com/yiBbtgVovm

2019-02-02 02:50:26
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㉚菊池武光大刀洗の地(福岡県) 南北朝時代、南朝方であった菊池武光が筑後川の戦いののち汚れた太刀をここで洗ったという伝承が残っています。近くには、菊池武光像の立つ公園があります。 pic.twitter.com/vbnBDFj2Ad

2019-02-02 03:02:32
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中世がなかったので、載せてみました。そろそろしめくくりり。何か見たいのあるかな?

2019-02-02 03:09:00
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㉛九十九島(長崎県) 古事記にも出てくる神々の島、九十九島。真珠や牡蠣の養殖が盛んで、今ではすっかり観光地です。祖父の話では、軍艦に似た島は太平洋戦争中、米機に誤爆されていたそう。というのも、佐世保には海軍の鎮守府と造船所があったからです。→ pic.twitter.com/j2s2vHuH67

2019-02-14 19:29:33
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おそらく、この辺りも軍艦が航行したり、停泊していたりしていたのでしょう。明治時代、小さな村だった佐世保は、入り組んだ地形と、大陸に向かった立地が軍港に最適とされ、急速に発展しました。現在鎮守府跡とその周辺は米軍の管轄地になっています。

2019-02-14 19:29:34
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日露戦争あたりの歴史が好きな方は、海自佐世保史料館へ。現在の自衛隊までの歴史の展示施設なのですが、無料とは思えない充実ぶりで、一日過ごせます。お腹が空いたら、すぐ近くにいくつか有名な佐世保バーガーのお店がありますよ。

2019-02-14 19:43:33
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最後が遅くなってしまいましたが、以上です。おつきあいくださりありがとうございました。 私の故郷は近代の戦争にまつわる史跡はたくさんありますが、それ以前となると、かなり少ないです。今、古墳や城下町も巡るのが好きなのも、触れる機会が少なかったからかな。

2019-02-14 19:46:34
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まとめたひと
奈倉まゆみ@『月花累々』頒布中 @heikoES

趣味でイラストや漫画を描いてます。平安沼にハマっていますが、中国モノや特撮、コメディ、ゆるキャラなど幅広く好き。 詳しいプロフはこちら:twpf.jp/heikoES 歴創専用:@nakuramayumi_u ※ここに掲載しているイラストや画像、記事などを使用する際は必ず、ご一報ください。

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