
くつくつと楽しそうに喉を鳴らして彼は笑う。やはり彼は俺の知るハロルドなのだと、そう思わせるような笑みだった。
2020-11-25 23:01:02
「アンタ、名前は」 「……エドワード」 「エド、アンタの知るオレの話も聞かせてくれや」 「こちらは君の話をひと欠片も理解できていないが、構わないか?」 「飲み込んじまえばすべて同じさ。翌朝顔を出す」
2020-11-25 23:00:20
それは、俺の知っている彼にもある傷だ。生まれつきだと彼は笑っていたが……目の前の彼にとってはそうではないらしい 曰く、白とかげに心臓を奪われた痕なのだと、忌々しげに彼は舌打ちした 「残ってやがったかちくしょう。だが──どうやら心臓は戻っているらしい。つまりは、不老長寿も終わりだ」
2020-11-25 22:53:28
「そう、だがそこまでだ。これ以上の記憶はないし、ここも何処なんだかさっぱりさ。白とかげ野郎の差し金か? ……ああ」 何か思いついたようで、彼はベッド脇の灰皿に煙草を押しつけると自身がまとっている服に手をかけて、胸元を露わにする。 そこには思わず目を背けたくなるような、大きな傷
2020-11-25 22:49:09
「つまるところオレも一人の男だった。そんなこと、この人生において一度たりとてありはしないと思っていたが……本気で惚れちまった女にすべてを託されちゃあ……参っちまうね」 自嘲めいた笑みには寂しそうな色が滲んでいた、ように思えた 長々と語る彼の話はちっとも理解できないものであったが
2020-11-25 22:41:29
「“元の世界”へ戻ることも、心臓を奪われ覚者とやらをやめることもできない。ならばせいぜい好きに生きてやろうと思った。竜の理なんざ犬にでも食わせてやろうと。けど──」 ふ、と、それまで昂っていた感情が嘘のように静まっていって、取り出した煙草に火をつけると彼は何処でもない宙を見上げる
2020-11-25 22:35:50
「何が竜の覚者だ、不老長寿だ。要するに命を助けてやったのだから傀儡となれと脅してきやがったんだ。よりにもよってこのオレを!」 彼にはもはや俺の存在など眼中にないようで、わなわなと身体を震わせながら激しい怒りの言葉を吐き出していく
2020-11-25 22:06:48
「ああこれで死ぬのか。最良だったとは言えないかもしれないが、悪くない人生だった。力の入らない手で懐の銃を握って──終わらせるつもりだった。それを……ああちくしょう!こともあろうに、あの白とかげ野郎!」 静かにつらつらと言葉を並べていた彼は突然声を荒らげた
2020-11-25 21:59:25
「待て待て、朧げだが思い出してきたぞ。あれは……そう、もう何年前だかはわからんが──オレはあの雪の日に撃たれた。珍しく積もった日だったからよーく覚えてる。倒れ込んだ地面の震えるような冷たさも」 何の話をしているのかわからないが、語るような、ひとりごとのような彼の言葉に耳を傾ける
2020-11-25 21:55:11
「ヤクでもやってんのかい」 「それは捌くものであって、やるもんじゃない。君がそう言っていただろう」 その言葉に目を見張って……彼はやれやれとかぶりを振る。オレを知っていると言うのもあながち冗談じゃあないらしい。眉尻を下げて困ったように、何処か楽しそうに笑った
2020-11-25 20:48:16
君は誰なんだ。呟けば、おいおいと笑いながら彼はベッドへと腰掛けて肩をすくめた。 「オレを知っているんじゃないのかい」 「俺だって混乱しているんだ。君のような男を知っているが、それは君ではない。しかし君は彼なんだと、思う」 「どうやら大分頭がイカれちまってるようだねぇ」
2020-11-25 19:52:05
張り詰めていた空気は彼の溜め息と共にすっと消える 突きつけていたままだった銃を静かに下ろし軽くくるくると手の平の中で回転させると、それを胸元へとしまい込む 「ここはオレの家だ─と、言いたいところだが…どうもそうじゃないらしい。何にも見覚えがない」
2020-11-25 19:14:14
顔つきも、少しばかり違うだろうか。面影がある、という言い方もおかしいが、それでも知っている彼ではなかった 「オレはアンタを知らない」 それでも、その声だけはよく知ったもので 「俺は、君を知っている、きっと」 なんだそりゃ。確証のない言葉に、彼は呆れたように鼻を鳴らした
2020-11-25 19:08:52
ハロルド。 名前を呼べば暗がりの中で彼がぴくりと肩を揺らした。と、部屋が明るくなって…銃を突きつけたままの彼の姿が浮かんで、誰だ、と逸る頭が叫ぶ 尖っている筈の耳は丸みを帯びていて、背丈も、さして変わらない程 なによりも違っていたのは…こちらを見つめる表情
2020-11-25 19:04:04
先にハロルドが戻っている筈なのに、明かりがついていないことに違和感を抱きながら家へと入る リビングにも姿がないので寝室にいるのだろうとドアを開ければ、こめかみに冷たく、硬い感触 「誰だてめーは」 ぞっとする程恐ろしく冷えた、だけどよく知った声だった
2020-11-25 18:51:44