空想民話怪談集「宿直の夜」。毎週木曜日夜8時にツイートを追加します。 ツイートまとめ(mint) min.togetter.com/qM7ya8a ↓下記ではすでに完結済 小説家になろう ncode.syosetu.com/n6524fv/ #小説 #週間連続ツイート小説 pic.twitter.com/o5EwN4rrce
2021-02-25 20:00:06公館の夜── 昼間の慌ただしさとはうってかわって、夜は宿直がいるだけだ。 宿直といっても、二度ばかり見回りをすればよく、あとは暇にしている。酒はご法度だが、食い物を持ち込んで、宴会まがいで夜を過ごす者もいる。 今日も、そうだ。 都から、同僚が帰ってきたのをしおに、四人で座
2021-02-25 20:00:08を囲んでいる。宿直室の板の間にあぐらをかいて、それぞれの前には、水のはいった杯と菓子。白糖ひねりとかいう、都みやげの白い小さな干菓子である。なにしろ、この田舎では甘味はめったに手に入らない。とはいえ、 「やあ、誰か肉でも持ってこぬか。こんなもので腹が膨れるものかよ」 モーリスが、
2021-03-04 20:00:01ちゃかすように手をたたく。本来、きょうの宿直は、かれと、同輩のノリンの二人である。 「厨房から、何かくすねてきましょうか」 いちばん年下のナナドが、立ち上がりかける。 「よいよい。座っておれ」 菓子を持ち込んだ張本人のダールが、上機嫌に手をかざす。 「せっかく、つらい、さみしい留
2021-03-11 20:00:00学生活を終えて故郷に帰ってきたというのによ。友達がいのないやつよ」 「なにが、さみしい留学生活だ。どうせ毎日女と遊んでおったのだろうが、よ」 ノリンが、低い声で茶々を入れる。 「なーに。都の女が、ガットビルスの茄子男など相手にするもんか。」 モーリスがいうと、ダールはおどけて首を
2021-03-18 20:00:02くめた。 「はは、おっしゃるとおりよ。おれは、色気より食い気じゃ。……さァ、喰うてみよ。なけなしの銭をはたいて買うてきたみやげじゃ」 「どれ、それでは……」 モーリスが、腰をかがめて菓子に手をのばそうとする。 そのとき……、 月光にあてられて、ふわりと宿直部屋の入り口の張り布が
2021-03-25 20:00:02たわんだ。 「じゃまくさいな。風が通らぬ。布など、とってしまえ」 モーリスが、眉をしかめて立ち上がる。ダールは、ちょっとあわてたように、 「ばか。こんな日に、素通しでいられるものか」 「なに、構うまい。あかりも灯しておらぬのに、虫が入るでもあるまい」 「ちがう。こんな、月の満ちた夜
2021-04-01 20:00:01は……」 ダールが言いかけるうちに、モーリスはさっと布をはがして、丸めてしまう。 「……この世のものでないものが、来るというであろうが。」 言い終わる前に、月光がぞろりと差し込んで、かれらの顔を照らしていた。 「そんなことを言っていたら、見回りにも出られまい。それに、あんなもので
2021-04-08 20:00:00月光をさえぎっていたら、暗くてかなわんわ」 「お前が、暑いとゆうて灯りを消したのだろうが、よ」 ノリンがつぶやいて、菓子をひとつ、口に放り込む。 「まあ、ぐだぐだ言うても仕方あるまい。菓子をもろうて、みやげ話でも聞くとしようや。夜は長いぞ」 と── 言い終わったころ、月光にふと
2021-04-15 20:00:00影がさした。 人影、である。 「……みやげ話なら、おれも混ぜとくれや」 ダールがびくりと震える。ノリンは眉をあげる。 モーリスだけが、平気な顔をして、 「なんだ、ガナンではないか」 「ガナン殿!」 ナナドが大声をあげた。 「なんだ、そんなに騒ぐこともあるまい」 長身の、旅姿の男
2021-04-22 20:00:01が、苦笑して首をふる。 「無事だったのですか。いつ、南方から帰られた」 「つい、さっきよ。派遣章だけ置きにきたのだが、宿直がお前らとは丁度よい。酒も、肉もある。一杯やろう」 そう言って、にいっと笑った。 「酒など……、」 ダールが首を振っていうのにかぶせるように、モーリスがさけぶ
2021-04-29 20:00:01。 「肉、肉じゃと!」 「ああ。何てことはない豚の干し肉だが、つまみにはよかろうが。酒に合う」 「いや、さすがに酒はな……。やめておこう」 他のものの視線を気にしてか、モーリスも首をふる。 「そうか。……あいかわらず、お前らは硬いのう」 いいながら、紙に包んだ干し肉を車座の中心に放
2021-05-06 20:00:01り、ノリンのとなりに座る。 「……いくさは、どうだった」 ノリンが、ぼそりと訊く。ガナンは気楽そうに、 「なに、平和なもんよ。いくさというても、命のとりあいは一度もない。見回りと、装具の管理が日課じゃ。一年は長かったよ」 「そうか」 「それでも、みやげ話は色々とある。人から聞いたり
2021-05-13 20:00:01、ちょいと変なものを見た りな。聞きたいか」 「おう、聞かせてくれ」モーリスが身をのりだす。 「ちょうど、こういう夜にぴったりの話がいくつかある。……ダールも、都から帰ったところだろう。色々と聞いてきた話もあるのではないか」 「月夜にふさわしい話か。まあ、ないではない」 まんざらで
2021-05-20 20:00:01もなさそうに、ダールがうなずく。 「まあ、まずは言い出しっぺの俺からとゆこう」 ガナンは干し肉を少しかじり、にいっと笑った。 「……妖精、というものを知っているか。南方で、同じ部隊にいた男から聞いた話だが──」 長い夜は、まだはじまったばかりである。
2021-05-26 20:00:01*第一話 妖精を見た話* 南方の最前線近くは、まだまだ未開拓でな。ちょうど、ゲリマの森のような、黒くて夜の深い森が、ずうーっと広がっているようなところだ。 そこに、妖精が出ると云う。 嘘ではない。いや、見たわけではないぞ。おれが着任したばかりのころ、先任の男から聞いた話だ。
2021-06-03 20:00:02その男が、まだ南方に来たばかりの時の話だという。 来たばかりのころは、まだ道もわからぬ。いや、森の中は道などない場所が多く、わずかな地形の違いや、木に刻んだ目印をたよりに見回りをせねばならぬのだが、新米にはそんなこともできぬ。とにかく、先任についてまわって、覚えるしかない。
2021-06-10 20:00:01そんな中、絶対にこの先にゆくな、と言われた場所があった。 鬼どもの領域に近いのか、と訊くと、そうではないという。 熊か、猪でも出るのか、と訊くと、それも違う。 崖とか、沢に近いような場所でもない。ただ、木々が茂るばかり。 妖精が出るのだという。 むろん、男は信じなかっ
2021-06-17 20:00:01た。魔物や猛獣ならともかく、妖精が出たからというて何だというのか。 そうして、何事もなくしばらく勤めて、少しは森の中を自由に歩けるようになった頃。 一緒に見回りをしていた同期のものが、何か物音が聞こえると云う。 ちょうど、人の声のような。 男には、なにも聞こえぬ。 気のせい
2021-06-24 20:00:01ではないか、と云うても、あいては納得せぬ。どうしても、声の主をたしかめると云う。 まて、この先は── そういって止めるまもなく、ずんずん進んでゆく。 妖精はともかく、鬼がいたらどうする。男は気が気でない。しかし、放っておくわけにもいかず、一緒にゆくしかなかった。 同期のもの
2021-07-01 20:00:00はやけに足が早く、なかなか追いつけない。だんだん、遠くなっていく。木々や草にまぎれて、よく見えぬ。 いや。 よく見えないのは、そればかりではない。 同期の男のからだに、何か小さなものがびっしりとまとわりついているのだ。 虫か。 いつのまにか、同期の男は足をとめていた。男はよ
2021-07-08 20:00:01うやく追いついて、見ると、かれの全身を包むように、奇妙なものがくっついている。 それは、蜻蛉の羽が生えた、裸の人のような姿をしていた。 髪はぼうぼうで、全身砂にまみれて。大きさは、人差し指ほど。 背といわず、顔といわず…… ──ゆかねば。 同期は、うわごとのようにそう言っ
2021-07-15 20:00:00ていた。男はぞっとして、一度つかんだ手を放した。気がつくと、その手にも、二匹の妖精がついていた。 するどい痛みが走った。 手から血が。妖精の、口から二本の牙がのぞいた。目があった。 男は、大声をあげて逃げ出した。 部隊へもどって報告すると、『やつは二度目だから、助からぬ』と
2021-07-22 20:00:00いわれた。 男も、妖精に噛まれたので、次に出逢えば死ぬと。 そんな話だ。本当かうそかは、知らぬ。 第ニ話 鬼が人になり、人が鬼になる話 鬼の話? そうさな、こんなのはどうだ。 南方の黒い森の向こうに、鬼族の国があるのは、お前らも知っていよう。 では、西方はどうか。 西の
2021-07-29 20:00:01果てでは、人と鬼のあいだの距離は、ここよりずっと近いという。 こんな話がある。 西の果てに、メイファブーという小さな村がある。けわしい山の上にあり、麓との交流はほとんどないそうだ。その村の人間は、生まれつき、誰でも額に小さな角があるという。 なんでも、遠い昔に鬼がこの地に住
2021-08-05 20:00:00みつき、長い時間を経て人となったものが、この村のはじまりだそうだ。 さて、ある時、この村にひとりの男がやって来た。 男は商人であったが、この村の女と恋に落ち、故郷に連れ帰った。二人は夫婦となり、一緒に暮らした。女は髪で結い上げて角を隠した。 やがて、女は街の生活に慣れ、遊び歩
2021-08-12 20:00:02くようになった。男はかせぎは多かったが、仕事に忙しく、家にいない時間が長かった。 ある日、男が帰ると、女が浮気をしていた。 間男とともに布団に入っている女をみるや、男の身体は動かなくなった。 声をあげようにも、舌がうごかぬ。 手も、足も。 女と、間男は、おびえてこちらを見
2021-08-19 20:00:00ている。 顔の皮と、肉が、ひきつるような感触がした。 額から、ぼたぼたと血が落ちる音が。 女が、おびえた目で何かいうのが聞こえた。 角が、と。 男の額に、二本の、黒い大きな角が生えていた。 顔つきも、目も、肉の量も、何もかもすっかり変わっていた。 男は、鬼になったのだ。
2021-08-26 20:00:01おおきく声をあげて、鬼は、哭いた。 哭くよりほかに、どうすることもできなかった。 それは、もはや、この世のものならぬ叫び声であった。 そして、男は、町から消えた。 角のある女と間男は、やがて結婚し、多くの子供をもうけたという。 おれが聞いたのは、そんな話だ。あとは、知ら
2021-09-02 20:00:01ぬ。 第三話 鬼の絵についての話 おれが都で聞いた話にも、似たようなのがある。 鬼の話だ。 といっても、本当の鬼の話ではない。絵にかいた鬼の話よ。 ある男が、都の大通りを歩いていた。 男はよいとこの生まれで、生活に困ることはなかったが、良縁にはめぐまれず、いい年になっても
2021-09-09 20:00:02独身のまま、毎日ぶらぶらしていた。 そんなとき、市場で絵をみつけたのさ。 美人画だった。 ただし、頭に角がはえた、娘の絵だ。 すっとした立ち姿、体つきも、どこか普通の人間とは違うように見える。 鬼の絵であった。 男は、その絵を買って帰った。 そうして、家の壁にかざって
2021-09-16 20:00:01、眺めて夜を過ごした。 絵の中の鬼娘とさしむかいで飲み、たわむれに話しかけたりもした。 独り身の寂しさもあってか、毎夜そうして、絵と話しながら酒を飲むうち、だんだん、男は本気になっていった。 さて、男は絵を学びはじめた。 師匠をさがし、道具を買い込み、部屋にこもって毎日筆を
2021-09-23 20:00:00走らせた。 高い絵具を湯水のように使うので、財産は減っていった。しかし、男は意にも介さなかった。習作を何枚も描いたが、すべて自画像だった。 男は絵の仲間と酒を飲みながら、言ったそうだ。 『なんで絵を始めたのかって? そりゃ、惚れた女を口説くためさ!』 軽い男と呆れられたが、男の
2021-09-30 20:00:01そりゃ、惚れた女を口説くためさ!』 軽い男と呆れられたが、男の真意は別にあったようだ。 さて、男の描いた自画像が、絵の師匠にはじめて褒められた日。 男は、着物を新調し、酒を買って、家に帰った。 それから、何があったかは誰も知らぬ。 ただ、数日して、男の行方が知れぬことを
2021-10-07 20:00:02心配した仲間たちが家にふみこむと、そこには、古い紙に新しい絵具で描かれた男の自画像があった。 絵のなかの男は、一張羅をきて悲しそうにうつむいており、その頬には腫れたような跡が書きこんであったという。 鬼娘の絵は、どこにも見当たらなかった。 第四話 竜を狩りに山へゆく話 さて
2021-10-14 20:00:01、じゃあおれも少し喋ろうか。 子供のころ、ばあさまから聞いた話じゃ。 竜、というものを聞いたことがあろう。おそろしく鋭い牙をもち、炎を吐くという、あれだ。 むかし、竜を探すことに、とりつかれた若者がおったという。 わけは、知らぬ。 竜の骨は高値で売れるとか、すみかには宝物が
2021-10-21 20:00:00あるという話もあるが、あるいは、それがめあてであったかも知れぬ。 ともかく、若者は、竜を探して各地を歩いた。 竜を見たものがあるときけばそこへ、竜の鱗が落ちたときけばそちらへ。 けれども、竜にはなかなか会えなかった。 さて、長いあいだかかって、あちこちで竜のうわさを集めるうち
2021-10-28 20:00:00、竜がいるらしき場所がだんだんわかって来た。 西のはて、ダイバラン山地とよばれるところから竜はやって来るらしい。 けわしい山である。近隣の住民も、山にはけして近寄らぬとかで、道もなく、案内人も見つからない。それでも、若者はためらわなかった。 ふもとで十分な準備をして入ったもの
2021-11-04 20:00:01の、知らぬ土地のこと。森ぶかい山の奥へゆくにつれ、だんだん道がわからなくなっていった。 ともかくも、頂上と思われるほうへ、少しずつ進むだけである。 「竜やあい、竜やあい」 ときおり、若者はそう叫んだ。 すると、それにこたえるように、 ごろごろごろ、ぐるぐるぐる、 と、奇妙な
2021-11-11 20:00:00音が聞こえてくる。 山鳴りの一種のようでもあり、なにか動物の唸り声のようでもあった。 あたりをさがしても、何もない。 ともかく、その音に誘われるように、若者は、奥へ奥へと入っていった。 さて、山に入って、七日。 ゆけどもゆけども竜には会えぬ。 頂上を目指していたはずが、登
2021-11-18 20:00:01っているのか、降りているのかもわからない。 若者はとうとう動けなくなって、岩肌に座りこんでしまった。 その、直後。 ごろごろごろごろろ、ぐわーん! いっとう大きな山鳴りがして、地面が大きく揺れた。 あっ、と思う間もない。 若者が座っていた岩はぼろりと土からはずれて転がり、
2021-11-25 20:00:02どこかへ消えてしまった。とっさに、地面に手をつこうとしたが、そこには、ぽっかりとした虚空があるばかりだ。 気がつくと、手にも、足にも、尻の下にも、支えてくれる地面はどこにもなくなっていた。 若者は、突然生まれた巨大な地割れのなかに、なすすべもなく落ちていった。 さて、その日の
2021-12-02 20:00:02晩、山のてっぺんから、火と灰と岩が降った。 近くのものは、また竜が人を食った、と噂したという。 え? 若者は戻らなかったのに、なぜ最後のようすがわかるのか、って。 知らんさ。あるいは、嘘かもしれぬ。けれども、おれの母方のばあさんの弟が、若いころに、たしかにダイバランの者に聞い
2021-12-09 20:00:00たそうだ。 その山は、今でも竜の山とよばれ、ときどき火を吹くそうな。 第五話 魔剣にとりつかれた話 では、おれがもうひとつ、都できいた話をしよう。 魔剣、というのがある。おれは見たことはないが、奇妙ないわれのある剣や、人をまどわす剣のことを、そう呼ぶそうだ。 都からはるか離
2021-12-16 20:00:02れたある町に、魔剣づくりの名人がいた。 その職人が作った剣は、よく人の肉を切り、みずから血を求めたという。 さて、あるとき一人の剣士が、職人に金を払って剣を求めた。 剣士は職人の評判を聞いていたので、大金を払い、そのかわりに、これまでで最高の剣を作るようにいった。 職人はこ
2021-12-23 20:00:01れを引き受け、秘術をつくして、黒く輝く剣をつくった。 その秘術が何であったかは伝わっていないが、職人は娘とともに、夜を徹して作業をしたという。 剣士は剣を受け取り、褒め称えたが、やがて一つの疑念が胸に持ち上がった。 この魔剣と同じものを、職人はまた作るのではないか。 そうする
2021-12-30 20:00:02と、自分が持っている剣が、最高の剣ではなくなってしまう。 この、黒い輝きは、自分だけのものにせねばならぬ。 剣士は、一太刀のもとに職人を斬り殺し、逃げた。 さて、数年が過ぎた。 剣士は、あちこちで武芸者と戦い、そのたびに剣に血を吸わせた。適当な相手が見つからぬときは、街のご
2022-01-06 20:00:00ろつきや、時には女子供を手にかけることもあった。 生活はすさんでゆき、剣の手入れもろくにせぬようになったが、魔剣は刃こぼれひとつなく、血の汚れもすぐに消えて、黒く輝き続けたそうだ。 さて、剣士は旅の途中、酒場に入った。 人の少ない時間だったが、酒場はからっぽというわけではなか
2022-01-13 20:00:01った。女のひとり客、数人の男。しかし、男を見咎めるものはなかった。故郷から遠く離れたこの地では、男の所業を知るものもいない筈だった。 さて、店主が酒をつぐと、男はそのやり方が気にくわず、文句をつけた。 腰に剣をさした、見るからにいかつい男が相手だ。普通なら、店主が謝って終わると
2022-01-20 20:00:00ころだ。しかし、このときは違った。 店の隅にいた男たちが、割って入ったのである。 男たちは武装していた。どうやら、用心棒らしかった。 剣士は、よろこんで魔剣を抜いた。あっという間にひとりを斬り殺し、残りを追いつめた。逃げようとした者は背後から刺した。 そして、最後のひとりが、
2022-01-27 20:00:02