
いのちのたび博物館(福岡県北九州市)で見た企画展「三池港と洞海湾」第1会場の話の続き。ここからは三池港がある大牟田市に関する展示物を上げていく。
2021-02-05 22:41:09
三池港は三池炭鉱の石炭積み出し港だ。三池炭鉱は世界遺産「明治日本の産業革命遺産」の構成資産で、その内容は宮原坑(写真)や万田坑のような直接的な採掘施設だけでなく、専用鉄道(写真右は廃線跡)や港湾といった輸送関係も含まれる。 pic.twitter.com/qE4l3NOIdz
2021-02-05 22:44:11

完成当時の三池港閘門の古写真。三池港は干満の差が大きい有明海に面するため、大型船は水深が浅くて寄港できなかった。そこで、船渠の水位を維持するための閘門が設置された。当時の閘門が今も使われている。 pic.twitter.com/bKUyuNrQ0W
2021-02-05 22:48:51


見学用の展望所から見た三池港の船渠と閘門。撮影 2018・H30年。手前の空き地は、三池炭鉱専用鉄道で各坑口から集められた石炭の貯炭場だった。 pic.twitter.com/Q9vpYWUvvO
2021-02-05 22:53:12

三池港の閘門が閉じた状態を未だに見たことがないんだよね(開閉時刻は公表されている)。真ん中に架かっているのは引き込み式の可動橋。これはこれで非常に珍しい橋梁だ。 pic.twitter.com/H3KaUdTVVW
2021-02-05 22:56:57

『The Mechanical Handling & Storing of Material』(1926・S1、大牟田市石炭産業科学館蔵)。世界の港湾管理について著された本の、三池港のページ。左下は、岸壁から貯炭場の断面図。ダンクロローダーと鉄道高架橋が描かれている。 pic.twitter.com/vcpLTNrI4q
2021-02-05 23:05:53

三井鉱山が1914・T3に作成した三池炭鉱と三池港の地図(大牟田市石炭産業科学館蔵)。表紙のイラストは万田坑かな。 pic.twitter.com/G8jany4hv9
2021-02-05 23:19:29


三井鉱山・三井物産・三井銀行=三井御三家の事業所、支店の一覧。現在は斜陽化した三井鉱山に代わり三井不動産が御三家に入っている。 pic.twitter.com/J0Em0GC34b
2021-02-05 23:24:49

地図全体。三池炭鉱専用鉄道は単に「運炭鉄道」と記されている。現在の鹿児島本線の表記は「九鉄線」。九州鉄道は1907・M40に国有化されたが、まだ旧社名が根強く使われていたようだ。 pic.twitter.com/WIGzyJoY9e
2021-02-05 23:39:23

大浦坑と七浦坑の間はエンドレス線があったのか。そして「三池監獄」が堂々と載っているのが興味深い。つまり囚人使役の事実を隠していないのよ。三井鉱山の社員が顧客に「ウチは囚人を使っているので人件費が安いのです」とか説明していたのだろうか。 pic.twitter.com/9Szg3B8Jyn
2021-02-05 23:46:26

企画展「三池港と洞海湾」第1会場の話の続き。「大牟田市鳥瞰図」(吉田初三郎、1935・S10、大牟田市蔵)。 pic.twitter.com/FFaEp7IrLh
2021-02-06 21:30:02

大牟田市の中心部。市庁舎や工場群がこのスケールで微細に描かれていることに感心する。 pic.twitter.com/HDaIJORzmu
2021-02-06 21:30:36

三池港から四山坑にかけて。四山坑の竪坑櫓やホッパーの描写がけっこう正確。三池炭鉱専用鉄道が築堤によって他の路線や道路と立体交差していた様子もよく分かる。 pic.twitter.com/J8RTutfFWJ
2021-02-06 21:31:52



鳥瞰図に添付されていた大牟田市の地図。1935・S10当時の市域はこんなに狭かったのね。鹿児島本線や専用鉄道だけでなく路面電車(戦後に廃止)の軌道も描かれている。また、地図・鳥瞰図とも遊郭が載っているのがこの時代らしい(大牟田川河口、大牟田港の近く)。 pic.twitter.com/9YiJqWNCIq
2021-02-06 21:37:40

大日本職業別明細之内「大牟田市」(東京交通社、1941・S16、大牟田市石炭産業科学館蔵)。 pic.twitter.com/6ZZr4Y6ha8
2021-02-06 21:45:12
