有害魔獣退治譚です。
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楠羽毛 @kusunoki_umou

有害魔獣退治譚「ブルガナン物語 ジル・ア・ロー島の退魔師たち」。毎週火曜日夜8時にツイートを追加します。 ツイートまとめ(mint) min.togetter.com/oN0GBUS ↓下記ではすでに完結済 小説家になろう ncode.syosetu.com/n9511eg/ bookwalker bookwalker.jp/de977539b4-21d… #小説 #週間連続ツイート小説 pic.twitter.com/GtykihkMSU

2021-02-09 20:00:23
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楠羽毛 @kusunoki_umou

第一章 葬列  髪の長い女が、葬列の先頭にいる。  巫女だ。  袖は小さくまとまって、脇とうなじの下が、大きく露出した巫女衣装である。頭には、花かんむり。手首や腿、随所に、紐でくくったはなやかな生花がついている。まつりのときに使う、祭事用の衣装と同じだ。  ただ、布の色だけが、黒い

2021-02-09 20:00:25
楠羽毛 @kusunoki_umou

。  喪の色だ。  先頭の迎え巫女だけでなく、両脇で花びらを散らす役目の巫女も、魔除けの踊り手も、棺桶を運ぶ僧も、そのまわりを囲む死者の知己たちも、みな黒い服を着ている。  棺桶の中から、腐臭がする。  つんと、まち針で鼻の奥をさすような痛みをまとった匂いだ。  さすがに、僧と巫女は

2021-02-16 20:00:00
楠羽毛 @kusunoki_umou

顔色をかえることはないが、参列者のうちには、風向きがかわるたびに鼻をつまんでいるものもいる。  さて──、  先頭をゆくのは、まだ若い迎え巫女である。  女にしては、ずいぶんと背が高い。しかし、顔立ちと体つきからすると、まだ18にもなってはおるまい。  花冠をかぶった頭のまわりには、

2021-02-23 20:00:01
楠羽毛 @kusunoki_umou

白い光球が4つ、浮いている。  ふわり、  と、脇を固める年かさの巫女たちが、花びらをまく。  しん、  と、迎え巫女が、片足を大きく前に出し、地面にうちつける。手は、ぶらりと下げたまま。  鬼歩という作法である。  その動きにあわせて、手足に飾りをつけた踊り手の巫女たちが、くるり

2021-03-02 20:00:01
楠羽毛 @kusunoki_umou

と舞う。  舞いながら、ゆるやかな節をつけて、送り歌を。  ──くろいおににはやるまいぞ、    わがともがらはやるまいぞ。    くろいところに、    くらいところに、    しずかにねむる、ともがらを。   運び手の僧と、花を撒く巫女は、ふつうの歩みかたに見えるが、足音はほとん

2021-03-09 20:00:02
楠羽毛 @kusunoki_umou

どたてない。  歌のあいまに、参列者たちのかすかにたてる衣擦れの音や、ため息が大きく響くほどだ。  本日の参列者は4人だけ。ずいぶん少ない。  みな、どこか怒りのこもった真剣なおもざしをしている。  さて、  大通りを進む葬列のゆく先に、ふたりの男がむかいあって立っている。  大工仕

2021-03-16 20:00:01
楠羽毛 @kusunoki_umou

事の職人が着るような巻衣を、素肌のうえに着崩した、ざんばら髪の若い男と、短めのチュニックに、高価そうな薄布の上着をはおり、剣士らしく細紐を額に結んだ年かさの男である。  二人とも、帯剣している。若い男は、鞘にかざりのついた細剣。年かさの男は、いささか刃の太い、両刃の長剣を。  つん

2021-03-23 20:00:00
楠羽毛 @kusunoki_umou

と、酒の匂いがする。どちらも、酔っているようだ。 「どけよ。」と、巻衣の男が言った。だいぶ苛立っている。 「ふざけるな。お前が、わしの財布を盗んだのだろうが」  年かさの男も、声を荒げている。 「誰が盗むか」 「なんだと。しらばっくれるのか。」 「しらばっくれてなんか、いねえ」 「いい

2021-03-30 20:00:02
楠羽毛 @kusunoki_umou

減にしろ」  だんだん、声のトーンが高くなっていく。  まわりに人が集まりはじめた。 「盗人が」  少し、おさえたような声で、年かさの男がいった。  腰の剣に手をかける。 「ぬすっと、だと」  若い男も、おびえた様子はない。こちらも、腰帯に剣をさしている。 「お前が盗っ人じゃねえか、因縁

2021-04-06 20:00:00
楠羽毛 @kusunoki_umou

つけやがって。あべこべに俺の財布をとろうってんだろう」 「誰が、そんな……」  年かさの男の顔が、かあっと赤くなる。 「もう勘弁ならんぞ」  勢いのままに、剣を抜いた。  遠目に見てもわかるくらい、震えている。 「おい、」  若い男が、すこし青ざめて後ずさる。  びゅっ、  刃が風を切

2021-04-13 20:00:01
楠羽毛 @kusunoki_umou

る音がした。  血が地面に落ちる。  若い男の脇腹が、赤く染まった。 「てめえ、」  さきほどよりもっと青ざめて、若い男も剣に手をかけた。左手で傷をかばいながら、右手ですっと細剣を鞘からぬきはなつ。  足はおぼつかなかったが、きっさきは震えていなかった。  迎え歌が遠くから聞こえて来

2021-04-20 20:00:00
楠羽毛 @kusunoki_umou

る。  野次馬たちが、一段と大きくざわめき始めた。  ひゅっ、と若い男が、直ぐに構えた剣を突き出す。  年かさの男が、剣の腹ではじいて受けようとする。  若い男が、ぐっ、と右手に力をこめて、剣をひねる。受けようとした剣から、うまく力を逃がすようにして、きっさきが腹に吸い込まれていく

2021-04-27 20:00:00
楠羽毛 @kusunoki_umou

。  ぐ、と獣のようなうめき声。  灰色のチュニックが、じんわりと赤黒く染まってきた。  野次馬の女が悲鳴をあげた。  と、──  二人をかこんでいた人垣が、大きく割れた。  ふわり、と紅い花びらが舞う。  しん、  と、しずかな強い力をこめて、迎え巫女が地面を踏んだ。 『夢見の巫女

2021-05-11 20:00:00
楠羽毛 @kusunoki_umou

』だ、とだれかがつぶやいた。 「お願い申し上げます」  ろうろうと歌うように、巫女は呼びかけた。  二人の男の方をまっすぐ向いていたが、目はどこか遠くを見ているようだった。 「葬列です。道をお譲り下さい」  ひゅぅ、  きっさきが、巫女の前髪をかすめた。  細剣についていた血糊が、飛

2021-05-18 20:00:02
楠羽毛 @kusunoki_umou

び散って右目に入る。  巫女は、じっと目を見開いたまま、身じろぎもしない。 「あんた、」  若い男が、荒い息をおさえながらつぶやいた。 「このようすが見えねえのか」  剣はゆだんなく構えたまま。  チュニックの男も、同じく、 「巫女。しばらく待ち給え」  長剣をもうひとりの男にむけて、

2021-05-25 20:00:02
楠羽毛 @kusunoki_umou

「わけはどうあれ、こうして血を流したからには、やめるわけにはいかん」  ぽたり、ぽたりと、腹から流れた血が膝から地面に落ちている。  二人とも、酔いはとうにさめたようであった。  巫女の眼から、涙にまじった血が、つうと落ちた。 「諸々事情はございましょうが、いずれ生者のあいだのこと」

2021-06-01 20:00:01
楠羽毛 @kusunoki_umou

頬のあいだをつたって、唇へと入る。 「死者にはかかわりがありませぬ。どうか、道をお開け下さい」  巫女は身じろぎもしない。  二人の男が、また、剣を重ねようとした、  その刹那、  巫女の額のまわりに浮いていた、白い光球が、ふたつ、ふっと飛んだ。  ひゅうと、風に乗るように弧をえが

2021-06-08 20:00:00
楠羽毛 @kusunoki_umou

いて滑り、男たちのうなじのあたりで消える。  光がぼんやりと浮かんで、吸い込まれる。二人の胴の傷口に、強い熱が生まれて、きえる。  男たちは、とつぜん力を失ってくずおれた。 「血は、もう流れておりませぬ」  淡々と、冷たくすら聞こえる声で、巫女はいった。 「道をお開け下さい。葬列が通

2021-06-15 20:00:00
楠羽毛 @kusunoki_umou

ります」  しばらく間があって、男たちは座りこんだままぼんやりと巫女の顔を見あげた。  無言のまま、たがいに道の反対側へ、剣を杖のようにして離れてゆく。  腐臭が、ぷうんとあたりに流れた。  何事もなかったかのように、迎え巫女はまた足を踏み出した。  鬼歩のリズムにあわせて、踊り手

2021-06-22 20:00:02
楠羽毛 @kusunoki_umou

があわててステップをふむ。  花びらが舞う。  送り歌が、またはじまる。  集まっていた人々が、あわてて道をあけ、葬列に敬意を示す礼をする。 (ああ……あれが『夢見の巫女』か)  誰ともなく、人々のつぶやく声がきこえる。 (なんだか人間離れしたようで……いっそ恐ろしい) (まったく……

2021-06-29 20:00:02
楠羽毛 @kusunoki_umou

聞いたかね、そういえば、こたびの葬儀は特別だと) (何が特別なんだね) (それが……ただの噂だが、)  人ごみの中。  年のころは巫女と同じくらい、地味な麻のズボンに薄綿の入った上着をきて、長剣をさした銀髪の少年が、足を止めていた。少年は、この雑踏にあってちょっと目立つくらい、線の細

2021-07-06 20:00:00
楠羽毛 @kusunoki_umou

い整った顔だちをしている。 (なんと……。鬼に喰われたのだとさ) (鬼に、だと) (それも……)  なんとなく、話の内容が気にかかり、聞き耳をたてる。 (夢見の巫女が、屍体を鬼に喰わせたのだと)  聞いたとたん、ぞわり、といやな感じがした。巫女の顔が脳裏にちらつく。  そんなことが、

2021-07-13 20:00:03
楠羽毛 @kusunoki_umou

あるものだろうか。  そう、考えながら、通りすぎようとする葬列に目をやった瞬間。  一瞬だけ、夢見の巫女がふりむき……こちらを、じっと見ていたような気がした。  秋のはじめの、いささか肌寒い昼下がりのことであった。 第二章 魔獣狩り    強弓から放たれた矢が、鋭い音をたててエルの

2021-07-20 20:00:01
楠羽毛 @kusunoki_umou

頭上をかけぬけていく。  ぎりぎりのところで、雪ねずみには届いていない。  エルは、地面に伏せたまま、構えていた小弓をさげた。ここからでは射っても無駄のようだ。  エルは、アルセア・シティーをねじろにする退魔師のひとり。十八歳だが、小柄で童顔なせいで、もっと若くみえる。アルセア人ら

2021-07-27 22:53:46
楠羽毛 @kusunoki_umou

しい黒髪と黒い目。槍の名手カルナー=メンサ麾下の戦士である。  きょうの装備は、革の部分鎧をかさねた布鎧。頭には革兜。手首までのばした袖と手袋で腕を保護しているが、重要部位以外の布はきわめて軽く、動きやすい。背には弓、腰には矢筒と、短めの剣。  偵察と援護。それが、彼女の仕事だ。

2021-08-03 20:00:02
楠羽毛 @kusunoki_umou

「登るぞ、エル」  先輩筋にあたる退魔師のネリドに促され、立ち上がる。ネリドは体格に恵まれた二十代の男だ。エルの弓の三倍はある大きな強弓を背に負っている。そのかわり、簡易な布鎧を着ているだけで、革の部分鎧はおろか兜もつけていない。  さて、雪ねずみを狩るには、高所を占めるのが重要で

2021-08-10 20:00:00
楠羽毛 @kusunoki_umou

ある。  エルは、ネリドのあとに続いて、がけに手をかける。それほど高い斜面ではないが、急いで登らねばならない。  雪ねずみは、西側を大きく迂回して登ってきている。このがけを登れば、先回りできる。 「上には?」 「フォスターと、たぶんジャスが」 「カルナーは?」 「あっちで雪ねずみを追っ

2021-08-17 20:00:01
楠羽毛 @kusunoki_umou

てた。上にはまだ来てないと思う」  登りながら、短く会話する。  狩りに参加しているのは9人。うち、強弓をもった射撃手が、ネリドをいれて3人。槍をもった戦士が、カルナーとフォスター。荷運びの見習いが2人で、あとは魔法使いのジャス。エルは、そのどれでもない。小弓と剣をもち、状況によっ

2021-08-24 20:00:01
楠羽毛 @kusunoki_umou

て射撃手と戦士のどちらも務める。  崖上に出てすぐ、エルはあたりを見回した。一足遅れて上がってきたネリドに、状況を報告する。 「雪ねずみは登って来てる。ジャスが狙ってるみたい。フォスターの姿は見えない」 「そうか」  ネリドは小さくこたえて、背中にしょっていた強弓をはずした。  雪ね

2021-08-31 20:00:00
楠羽毛 @kusunoki_umou

ずみは、人間の倍ほどの背丈がある、強大な魔獣である。  重さは、成人男性のおよそ十倍、力もそれ相応。だから、まともには戦えない。  離れたところから、弓で狙う。  相手より高所をとりたがる習性を利用し、斜面を登るところを撃つのである。  その時、射撃手は、雪ねずみと同じ高さで横から狙

2021-09-07 20:00:00
楠羽毛 @kusunoki_umou

うのが望ましい。斜面の下と上から、戦士が囮となって注意をひき、射撃手の安全を確保する。  今は、下からカルナーが追い、上ではフォスターが注意をひいている筈であった。  ネリドは強弓をかまえた。  エルは、かれの視線をふさがぬよう注意しながら、剣に手をかけて周囲を警戒した。今のところ

2021-09-14 20:00:02
楠羽毛 @kusunoki_umou

、雪ねずみはこちらに向かってきていないが、もし来ればネリドを守らねばならない。来なければ、弓に持ち替えてネリドの援護だ。 「……ジャスがあそこに、」  なるべく声をおさえながら、ネリドの注意をうながす。わかっている、というふうに頷く。  雪ねずみとかれらのちょうど中間あたりに、ジャ

2021-09-21 20:00:00
楠羽毛 @kusunoki_umou

ス。新入りの魔法使いだ。  ネリドと同じような布鎧に身を包んでいるが、微妙にサイズがあっていないように見える。たしか、エルよりも年下。背が高いので、そうは見えないが。  たしか、かれの周りには、茶色の魔法の種──魔法球が浮いていたはずだ。が、見えるところにはない。たぶん、前方につき

2021-09-28 20:00:01
楠羽毛 @kusunoki_umou

だした手のなかにあるのだろう。本来、魔法球を操るのに手を動かす必要はないが、狙いをつけるためか、こういう身振りをする魔法使いは多い。  緊張しているようだ。遠目でも震えているのがわかる。雪ねずみを狙っているようだが、位置どりが悪い。雪ねずみに近すぎる。  しかも、斜面を登ってくる魔

2021-10-05 20:00:01
楠羽毛 @kusunoki_umou

獣の横ではなく、前方に近い場所にいる。これでは、雪ねずみの注意をひいてしまう。それは、撃ちつくせば無防備になる魔法使いの役目ではない。  新入りをフォローするはずのフォスターの姿は、ここからは見えない。囮役として動くうちにはぐれたか、ジャスが先走ったかだ。  ネリドが舌打ちした。位

2021-10-12 20:00:00
楠羽毛 @kusunoki_umou

置が悪い。別の意味でも。 「射線に入るなッ!」  するどく叫ぶ。  ぎりぎり聞こえるくらいの声に抑えていたが、おそらく雪ねずみの耳にも入っただろう。  魔法使いは、すぐに反応した。  胸の前にかざした手のうちに包んでいた、茶色の光球が、瞬時に大人の頭ほどの大きさの岩となり、かちかちに

2021-10-19 20:00:00
楠羽毛 @kusunoki_umou

張った強弓で撃ち出した矢のように、するどい音をたてて宙を走ってゆく。  岩石弾の魔法である。命中すれば、雪ねずみといえど無傷ではすまない。  ぎぃんと、大きな音をたてて、とねりこの太い枝が幹から抜け落ちる。  枝の根本に岩石弾が触れて、軌道がかわったのだ。  雪ねずみの耳元をかすめて

2021-10-26 20:00:02
楠羽毛 @kusunoki_umou

、轟音とともに地面に刺さる。  魔獣がこちらをむいた。  ジャスはあわてた様子で、こちらへ向かって走ってきた。 「ばか!」  しんそこ慌てた声で、ネリドがさけぶ。  エルは剣をぬきはなち、雪ねずみに向かって走り出そうとした。  とん、と右肩に軽い衝撃を感じた。  ジャスがぶつかってきた

2021-11-02 20:00:00
楠羽毛 @kusunoki_umou

のだ。  バランスを崩しかけて、あわててもちなおす。反射的に後方に目をやる。  ネリドが、崖から落ちかけていた。  考える間もなく、体が動いていた。  崖際へと体を投げ出し、手首をつかんだところで、二人分の体重を支えられないことに気づく。足がすべり、空中に浮いてから、とどまるべきだっ

2021-11-09 20:00:02
楠羽毛 @kusunoki_umou

たと後悔した。  ジャスは、ネリドとぶつかった後、一人で逃げたらしい。  エルはなんとか大きく転がって受け身をとり、崖下の地面に足をつけた。弓はあるが、剣は落としたようだ。 「ネリド!」  思わず悲鳴をあげる。  ネリドは、五歩ほど離れたところで木にぶつかって倒れていた。顔色がおかし

2021-11-16 20:00:01
楠羽毛 @kusunoki_umou

い。右腕と、左足が、おかしな角度に曲がっているように見える。  駆け寄る途中で、ふと嫌な予感がして、崖の上に目をやる。  雪ねずみが、大きな赤い目でこちらを見下ろしてきていた。  ぞくり、と身が震えた。  雪ねずみが高所へ向かうのは、その体重を利用して低いところにいる獲物を叩き潰す

2021-11-23 20:00:00
楠羽毛 @kusunoki_umou

ためだ。  そして今、崖の下で弱っている人間を、雪ねずみは、はっきりと見た。  手元に剣はない。仮にあったとしても、牛よりも重い雪ねずみの突撃に、一人で対処できるとは思えない。  ネリドが何かうめいた。  ひざまづいて、耳を近づける。  荒い吐息にまじって、こう聞こえた。 「……はや

2021-11-30 20:00:02
楠羽毛 @kusunoki_umou

く、逃げろ。エル」  それを聞いた瞬間、何かがはじけた。  ネリドの強弓を奪い取る。 「よせ、」  なにか言っているようだったが、 「女の力で引けるものか。」  無視する。  ぴたりと、雪ねずみの眉間にむけて、矢をつがえる。  雪ねずみが体を丸めた。  鞠のように丸くなって転がり、おしつ

2021-12-07 20:00:01
楠羽毛 @kusunoki_umou

ぶす。それが、雪ねずみの攻撃方法だ。  だから、急がないといけない。  きりり、と指が悲鳴をあげる。  革手袋に弦がくいこむ。  肩の筋肉が限界を訴えてくる。  奥歯を噛みしめる。    雪ねずみが地面を蹴った。  弦が半ばほどまで動いた。  きしきしと、いやな音が聞こえる。弓ではなく、

2021-12-14 20:00:00
楠羽毛 @kusunoki_umou

腕と指からだ。  汗が目に入る。  まだ一呼吸ほどの時間も経っていないはずだが、息苦しくて頭が痛い。  崖の半ばほどを転がる雪ねずみが見える。やけに、ゆっくりと。  だれかの悲鳴のような声が聞こえた。自分の声だったかもしれない。  肘のあたりの強烈な痛みで、我に返った。  弓は、か

2021-12-21 20:00:00
楠羽毛 @kusunoki_umou

たく引き絞られていた。  腕の感覚はないが、支障はない。  全身で狙いをつける。  はなつ。  どん、と大きな音がした。  矢が、雪ねずみの背に突き刺さる音であった。  血がしぶく。  だが、転がり始めた勢いは止まらなかった。  ぱきん、と矢が折れた。雪ねずみの背に突き刺さったまま、地

2021-12-28 20:00:02
楠羽毛 @kusunoki_umou

面との間に挟まれたのだ。  血まみれになったまま、魔獣の巨体が向かってくる。  次の矢。  あわてて、構えようと意識を向けるが、体は動かない。  押しつぶされる──  目を閉じてはいなかったはずだ。  だが、そうとしか思えなかった。  気がつくと、雪ねずみの突進は止まっていた。  えん

2022-01-04 20:00:01
楠羽毛 @kusunoki_umou

じ色のマントをまとった壮年の男が、両手で構えた素槍で、魔獣の喉を刺し貫いていた。  男の頭のまわりには、白い魔法球が2つ、浮いている。  カルナー=メンサ。もと僧兵で、今はこの退魔師団の隊長をつとめる戦士である。 「……遅れて、すまぬ」  低い声で、カルナーはそういった。落ち着いた、

2022-01-11 20:00:01
楠羽毛 @kusunoki_umou

するどい目を走らせながら。  鉄の柄をささえる太い腕は、ぴくりとも動かぬ。  身丈は人間の倍ほどもある雪ねずみの重みを、それだけで支えているのだ。  と、見えた刹那、  雪ねずみの手、いや右前足が、動いた。  槍でさしつらぬかれた喉もとから、かるがると、カルナーの左頬に張り手をする

2022-01-25 20:00:01