抜粋。ある程度概観を掴みたい
0
阿房門 王仁太郎(アボカド ワニタロウ) @R0noFIFdiKiJjA4

「経済生活も、人間の生活の、重要な部分である以上、そこにも人間の善意は、過不足なく表現されねばならぬ、というのが孔子の考えである。」(p.171)

2021-04-28 21:02:31
阿房門 王仁太郎(アボカド ワニタロウ) @R0noFIFdiKiJjA4

孔子は『論語』でマナーに対する理想は述べたけどマナー自身を自分の都合の良い様に用いる事、即ち自分をマナーの上に置く事は無かったし、オンラインサロンの開祖と言われても彼自身弟子の独立を願い、君子たるもの自立した生活を営むべしと思っていたからそれも違うと思う

2021-04-28 14:34:56
阿房門 王仁太郎(アボカド ワニタロウ) @R0noFIFdiKiJjA4

いや孔子は著述家では無かったからそれは幾ら何でも一面的な観点か…まあ、空虚なマナーを都合よく使う事は無かったと思うよ

2021-04-28 14:39:19
阿房門 王仁太郎(アボカド ワニタロウ) @R0noFIFdiKiJjA4

「二つの不道徳のうち、わたしがことに重要と思うのが、「怨みを匿して其の人を友とする」ことであって、いやな人物だと思いながら、やむなくつきあうということが、われわれの場合にも多いが、それは恥ずべき不道徳なのである。」(p.160)

2021-04-28 21:12:26
阿房門 王仁太郎(アボカド ワニタロウ) @R0noFIFdiKiJjA4

「其の鬼に非ずして之れを祭るは、諂い也。義を見て為さざるは勇無き也。(中略)二者は、こころの弱い人におこりがちな現象であるから、あい関連した事がらとして、説かれていると、仁斎はいう。」(p.74)

2021-04-28 21:25:44
阿房門 王仁太郎(アボカド ワニタロウ) @R0noFIFdiKiJjA4

「朱子の注には、程子を引いていう、顔回は、箪瓢陋巷を楽しんでいるのではない。そうした中にいながら、おのずから其の楽しみが有るのである。其のの字を玩味せよ、と。」(p.179)

2021-04-28 21:39:25
阿房門 王仁太郎(アボカド ワニタロウ) @R0noFIFdiKiJjA4

「食わず嫌いは、懶惰と同意義であることを、この条は痛烈に指摘する。」(180)

2021-04-28 21:44:17
阿房門 王仁太郎(アボカド ワニタロウ) @R0noFIFdiKiJjA4

「子曰く、質、文に勝てば則ち野。文、質に勝てば則ち史。文質彬彬として、然る後に君子。(注:質は素朴さ、文は文明、野は田舎、史は恐らく官僚主義)」(188)

2021-04-28 22:03:22
阿房門 王仁太郎(アボカド ワニタロウ) @R0noFIFdiKiJjA4

「「楽しむ」とは、対象が自己と一体となり、自己と完全に融合することである。」(190)

2021-04-28 22:06:20
阿房門 王仁太郎(アボカド ワニタロウ) @R0noFIFdiKiJjA4

「孔子は勇敢に、文化の存する所を、上位においたと、たたえている。」(194)

2021-04-28 22:15:28
阿房門 王仁太郎(アボカド ワニタロウ) @R0noFIFdiKiJjA4

「つねに善意によって動こうとするけれども、思慮分別を失った過度の行為はしない。」(197)

2021-04-28 22:21:28
阿房門 王仁太郎(アボカド ワニタロウ) @R0noFIFdiKiJjA4

「子曰わく、君子は博く文に学びて、之れを約するに礼を以てす。亦以て畔かざる可し。」(197)

2021-04-28 22:25:06
阿房門 王仁太郎(アボカド ワニタロウ) @R0noFIFdiKiJjA4

「かく理想に生きる前提としては、ひろい知識、ひろい教養が、必要であるとするのが、孔子の学問論を一貫する態度であり、まえの為政篇の、「学んで思わざれば則ち罔し、思うて学ばざれば則ち殆し」などと(六三項)、あわせて読まれるべき条である。」(198)

2021-04-28 22:31:40
阿房門 王仁太郎(アボカド ワニタロウ) @R0noFIFdiKiJjA4

「(前略)最上の道理は、つねにものの中央にある、と考えられるところから、中と呼ばれるのであり(中略)要するに中庸とは、もっともすぐれた常識、を意味するというのが、わたしの感じである。」(200-201)

2021-04-28 22:44:27
阿房門 王仁太郎(アボカド ワニタロウ) @R0noFIFdiKiJjA4

「すべて自己でないものはないと考えるのが、仁であり、(中略)それとともに人間への愛は、広漠な、したがって空漠な、人類愛、というかたちから出発するよりも、そうした理想を持ちながらも、実践は近くからはじめねばならぬ、という儒家の考え方をも、この条はしてしているであろう。」(203)

2021-04-28 23:01:00
阿房門 王仁太郎(アボカド ワニタロウ) @R0noFIFdiKiJjA4

「子、喪ある者の側にて食すれば、未だ嘗つて飽かざる也。子、是の日に於いて哭すれば、則ち歌わず。 (中略)少なくとも私にとっては、「論語」のうち、最も貴重な章の一つである。(中略)前者は他人との間に、調和を保とうという心情であり、後者は、自ずからの感情に不調和をつくるまいという (続)

2021-04-29 07:24:51
阿房門 王仁太郎(アボカド ワニタロウ) @R0noFIFdiKiJjA4

「聖人は吾れ得て之れを見ず。君子者を見るを得ば、斯れ可なり。」(239)

2021-04-29 10:31:49
阿房門 王仁太郎(アボカド ワニタロウ) @R0noFIFdiKiJjA4

「子曰く、丘の禱ること久し。 (中略)孔子は、神の存在を、意識しないではなかった。しかし、神は孔子にとり、それにむかって援助を求めるべき性質のものではなく、人間が自主性をもって、正しい行動をするならば、神は自然に人間を助ける、と考えていたように見える。」(250)

2021-04-29 10:57:20
阿房門 王仁太郎(アボカド ワニタロウ) @R0noFIFdiKiJjA4

「子曰く、関雎は、楽しみて淫せず、哀しみて傷らず。」(96)

2021-04-29 11:04:41
阿房門 王仁太郎(アボカド ワニタロウ) @R0noFIFdiKiJjA4

「無法則(注:無礼)な丁寧さは、骨折り損になるだけである。また無法則な慎重さはいじけるだけであり、無法則な勇気は無秩序を生み、無法則な正直さは人を絞めあげる。」(256)

2021-04-29 13:56:41
阿房門 王仁太郎(アボカド ワニタロウ) @R0noFIFdiKiJjA4

「曾子曰、士不可以不弘毅、任重而道遠、仁以為己任、不亦重乎、死而後已、不亦遠乎、」(264)

2021-04-29 20:52:57
阿房門 王仁太郎(アボカド ワニタロウ) @R0noFIFdiKiJjA4

「(前略)邦に道有るに、貧しくして且つ賎しきは、恥じ也。邦に道無きに、富み且つ貴きは、恥じ也。 (中略)日本人が軽率に考える儒学の思想は、どんな時代でも、貧乏こそ第一の道徳であると、いうのであろうか。」(270-271)

2021-04-29 21:05:13
阿房門 王仁太郎(アボカド ワニタロウ) @R0noFIFdiKiJjA4

「孔子は、人間の文化は、永遠であり、不滅であり、したがってたとい一時的に文化が暴力におびやかされることはあっても、文化はついに暴力に勝つことを、確信していた。また、しかく永遠の文化の、その時代における担い手は、ほかならぬ自分であることを信じていた。」(290)

2021-04-29 21:47:18
阿房門 王仁太郎(アボカド ワニタロウ) @R0noFIFdiKiJjA4

「子、川の上に在りて曰く、逝く者は斯くの如き夫、昼夜を舎てず。 (中略)のちに二つの説となって分裂したごとき思想、あるいは思想というよりも感情が、元来の孔子の言葉には、円満に含蓄されているのではないかと、考える。」(309)

2021-04-30 02:42:20
阿房門 王仁太郎(アボカド ワニタロウ) @R0noFIFdiKiJjA4

「子曰く、三軍も帥を奪う可き也。匹夫も志を奪う可からざる也。」(315)

2021-04-30 02:55:54
阿房門 王仁太郎(アボカド ワニタロウ) @R0noFIFdiKiJjA4

「「権」とは、儒家の哲学における相当重要な概念であって、「経」すなわち常道、それには反するが、常道に反すればこそ、よい効果を得る場合の、非常の処置をいう。」(319)

2021-04-30 03:02:58
阿房門 王仁太郎(アボカド ワニタロウ) @R0noFIFdiKiJjA4

郷党篇読む。孔子の実践的な礼に則った生活の様子が書かれる。これは決められたマナーから彼個人の思いやり、衛生への配慮まで幅広く彼の意識が行き渡っていた事、それを実践していた事が窺える。蓋し礼とは社会への正しい参画に限らず己の為の配慮でもあったし、自己の健全と社会の健全は不可分だった

2021-04-30 04:18:53
阿房門 王仁太郎(アボカド ワニタロウ) @R0noFIFdiKiJjA4

孔子が無分別として、暴慢と共に卑屈を忌み嫌っていた事とその理由が良くわかる。

2021-04-30 04:21:51