プロローグ

北の地にある大きな街、壱ノ笠。 そこは、人間も住んでいれば、人間ではない者達、更には、特殊な能力を有する者など……当たり前のように日々を過ごしている街だ。 そんな街では、とある薬が出回っている。 #かどわかしの商売人
2023-01-01 20:11:43
なんでも、その薬を服用すると「一時的に能力を有する者になる代物」だという。 特殊な能力を有さない者からすれば、夢のような薬ではあるが、その薬を飲み続けなければいけない上に、その薬に適応しない者が服用すると、本来の姿を失うと言った危険性も生じてしまう物なのだとか…。
2023-01-01 20:11:43
時代によって様々な呼ばれ方をしているものの、一般的には「かどわかしの夢」と言う風に呼ばれている薬である。 無論、その薬は一般的には流通しておらず、壱ノ笠という場所で限定的に。 それも、専門の商売人「かどわかしの商売人」と呼ばれる者達が、様々なルートを用いて販売しているとの事だ。
2023-01-01 20:11:441.ニイナの日々――。

#かどわかしの商売人 ニイナの日々――。 朝、寝ぼけ眼を右手でこすった後、青色系統の長い髪を掻きながら起き上がったニイナは、仕方ないとでも言うようにベットを出る。 ――朝が来たか…。 そう思いながら窓から入る日差しを見つつ、寝間着から何時もの私服に着替え、自室を後にした。
2023-01-02 20:06:35
壁のフックにかけているエプロンを着ていると「ニイナお嬢様、おはようございます」と、声をかけてくる者が目の前に立っていた。 「あぁ、おはようさん。ブラウニー」 見た目は犬だが、一般的に想像する犬の姿ではなく、人間のように二つ足で立ち歩く者である。
2023-01-02 20:06:35
「朝食の用意は、出来ていますよ」 「何時もすまないな」 「いえいえ、これくらい朝飯前ですから」 得意げに言うブラウニーの姿を見たニイナは「ありがとうな」と礼を言い、朝食を食べ始めるのだった。
2023-01-02 20:06:36
ニイナが朝食を食べ終えた頃を見計らったかのように呼び鈴が鳴るや、ブラウニーが玄関まで向かい「どちら様でしょうか?」と、扉の向こう側に居るであろう者に聞いた。 「おはよう、僕だよ」 「シトラギス様ですね、いま開けます」 #かどわかしの商売人
2023-01-03 21:01:49
ブラウニーが扉を開けると、そこに居たのは黒と桃色のツートンヘアーの少年だった。 「おはよう、ブラウニーさん」 「本日のご用件は一体、何でしょうか?」 「ニイナさんにね、ちょっとご挨拶をと思ってさ。奥に居るんでしょう」
2023-01-03 21:01:50
そう言いながら家の中まで入ると、丁度、洗面所から出て来たニイナはシトラギスを見るや渋い感情を浮かべつつも「お前か、こんな朝っぱらから私の家にやって来たのは」と言い放つ。 「もー、ニイナさん。怖いよー、もっと笑顔で居なくちゃさぁ。他の商売人にも嫌われちゃうよー?」
2023-01-03 21:01:51
「お前に言われなくとも、解っている」 「それはどうかなー」 人を小馬鹿にするような口ぶりに、思わずカチンとくるニイナだが、彼が何の用でココに来たのかを解っていたかのように、箪笥の引き出しから小袋を取り出した。 「これをくれてやるから、さっさと私の前から去ってくれ」
2023-01-03 21:01:51
「キツイこと言いながらさ、僕の用件が解ってる辺り、流石は街を救った魔女の一人なだけ、あるよね~」 魔女という言葉に反応し、更にシトラギスを鋭く睨むニイナだが、直ぐに何時もの表情に戻すも、声は更に低くなったままで言った。 「代金はキッチリ頂くぞ、蜘蛛小僧」 「解ってるよ、ニイナさん」
2023-01-03 21:01:52
シトラギスが帰った後、ニイナの機嫌はすこぶる悪いへ偏りかけていたのもあってか、新たな商売人採用書類に目を通すものの、納得できるような人物に巡り会えなかったようだ。 #かどわかしの商売人
2023-01-04 20:22:10
「ニイナお嬢様、少し、休憩なさってはいかがですか?」 そう言いながら、テーブルの上にコーヒーの入ったマグカップを置くブラウニーを見たニイナは「そうだな…」と言いつつ、礼を述べた後にコーヒーを一口飲むが、直ぐに溜息をついてしまう。
2023-01-04 20:22:10
「しかしまぁ、年齢も職歴も問わんとは言っているが……。どうも、最近送られてくる書類を見ても、パッとしない者ばかりだと、内容も入ってこないものだな」 「確かに、この職は一見すると容易く見られがちな所はありますが…、実際問題、容易ではありませんからね」 「本当、そう思うよ」
2023-01-04 20:22:11
壁に掛かっている時計の鐘が鳴ると、ニイナは腕を伸ばしながらも「何時もの時間か、早いな」と独り言を呟きつつ、椅子から立ち上がった。 「ブラウニー、もし誰かが来ても、客間に待たせておけよ」 そう言って、仕事部屋を出る姿を見つつ、ブラウニーはニイナに向かって頭を下げる。 「承知しました」
2023-01-04 20:22:12
ニイナが自室に入って数時間経った頃、呼び鈴が鳴り響く音を聞いたブラウニーは、昼食を用意する手を止め、玄関先に向かった。 「どちら様でしょうか?」 「神田です」 「神田様ですね、いま開けますね」 #かどわかしの商売人
2023-01-05 21:54:36
扉を開けると、カンカン帽を被り、小さいサングラスをかけた男性が立っていた。 「神田様、ごきげんよう」 「どうも。…やぁ、ちょっと、商品が切れそうになったから、補充を頼みに来たんだ」 「そうでしたか、しかし、ニイナお嬢様の用件が終わり次第になりますが…。如何なさいますか?」
2023-01-05 21:54:37
「もしかして、何時ものをしてる最中だった?」 「えぇ、そうなりますね」 カンカン帽を脱ぎ、片手で深緑色の髪をくしゃくしゃと掻き、困ったような声を出す神田だが「いや、大丈夫だよ。それ、そこまで長くないでしょ?」と返す。
2023-01-05 21:54:37
「えぇ、もうそろそろ終わる頃合いかと思いまして、昼食の用意はしております。そうだ、神田様。昼食はお済ですか?」 「いや、まだだけど…」 「よろしければ、ご一緒にどうですか?」 「いいんです?」 「勿論ですとも」 「それじゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」
2023-01-05 21:54:38
「何時ものこと」を終え、自室から出て来たニイナは、ソファに座る神田を見ながらに声をかける。 「どうした、神田。何か用か?」 「やぁ、ニーナさん。お疲れ様」 ニイナの事を「ニーナ」と呼ぶのは、古くからの付き合いがある者位なもので、神田もその内の一人だ。 #かどわかしの商売人
2023-01-06 19:45:59
「そろそろ、商品が切れそうになって来たから、追加の注文を頼みに来たんだ」 「成程……、神田、この仕事にも慣れて来たか?」 「まだ、慣れない所はあるけど、俺なりに少しずつ出来るようにはなってるかな~とは思ってるよ」 「成程、まぁ、神田のペースで慣れればいいさ」
2023-01-06 19:45:59
二人の会話が終わったのを見計らったかのように、台所に居たブラウニーは声をかける。 「ニイナお嬢様、神田様、昼食のご用意が出来ましたよ」
2023-01-06 19:46:00
何気ない会話を挟みつつも、昼食を終えたニイナと神田は、室内の地下へ続く階段へ向かっていた。 電気が通っているとはいえ、足元は薄暗いのもあり、互いにライトを片手に持っている。 「行くか」 「う、うん…」 #かどわかしの商売人
2023-01-07 21:16:40
――暗い所が苦手なのは、今も変わらず、か…。 「安心しろ、カイブツなんて出て来はしないさ」 「いや、そういう訳じゃないんですが…。っていうよりも、ニーナさん。いま、俺の事めっちゃ子供扱いしたでしょ?」 「バレたか」 「もう…」
2023-01-07 21:16:40
クスリと笑いつつも、ニイナは神田の目を見ながらに言う。 「そんだけの元気があれば、怖いものも寄り付かないから安心しろ、神田」 「まぁ、ニーナさんがそういうなら…」
2023-01-07 21:17:50
少々、不貞腐れたような口ぶりをする神田を見つつも、ニイナは薄暗闇へ足を踏み入れ、階段の先をライトを照らしながらに言った。 「ほれ、行くぞ」
2023-01-07 21:17:50
地下室へ入り、電気をつけると、そこには沢山の棚がある。 ニイナは迷う事もなく、目的の棚へ向かってゆくのを見つつ、神田はその後を追った。 「一・二・三・四・五……」 #かどわかしの商売人
2023-01-08 20:40:59
エプロンのポケットからメモ用紙を取り出してから、棚の引き出しを開けたニイナは、声に出して数えつつ、必要な分だけの「商品」を取り出した。 「これで大丈夫か?」 「うん、ありがとう。助かったよ、ニーナさん」 手に持っていた鞄に「商品」を入れる神田を見つつ、ニイナは言った。
2023-01-08 20:40:59
ニイナと神田が地下から上がって来るのを見計らったかのように、扉の前に待っていたブラウニーは、二人の姿を見るや「おかえりなさいませ、ニイナお嬢様、神田様」と頭を下げながらに言った。 「コーヒーとクッキーをご用意しておりますが、如何なさいますか?」 #かどわかしの商売人
2023-01-09 21:04:43
「そうだな…、私は頂くが、神田はどうする?」 「ブラウニーさんのご厚意はすっごい嬉しいんだけど…、次の用事があるからなぁ…」 「もし、よろしければ、お持ち帰りするように出来ますが…如何なさいますか?」 少しだけ考えた神田だったが、彼自身、無下に断る性分ではない。
2023-01-09 21:04:44
「お願い、出来ますかね?」 「承知いたしました、直ぐに出来ますので、数分程、お時間頂けたら有難いです」 「それくらいだったら、めっちゃ大丈夫ですよ。ブラウニーさん」
2023-01-09 21:04:45
「神田様、ありがとうございます」 ブラウニーは駆け足で台所へ向かい、引き出しから保温ジャーと仕分け袋を取り出した。 用意していたコーヒーをジャーに淹れた後、焼き立てのクッキーを小袋に詰め、ランチバックの中に入れ、二人の元へ向かう。
2023-01-09 21:04:45
「お待たせしました、神田様。コチラになります」 「ありがとう、ブラウニーさん」 嬉しそうな表情を浮かべながら礼を言った後「それじゃあ、ニーナさん、ブラウニーさん。また来るからね」と言い、神田はニイナ邸を後にした。
2023-01-09 21:04:46
神田を見送った後、仕事机が置かれているリビングに向かったニイナは、午前中に見ていた商売人採用書類の入っているファイルを取り出した。 ――先程は、アイツが来てコチラの気が狂ったせいで、書類をろくに目を通していなかったからな…。 #かどわかしの商売人
2023-01-10 21:03:19
椅子に座り、書類に目を通し始める姿を見たブラウニーは、そっと、サイドテーブルにコーヒーとクッキーを置く。 その様子を横目で見たニイナは、書類を机に置くや、コーヒーの入っているマグカップを手に取り「何時もすまないな、ブラウニー」と言った。 「いえいえ、これも私の仕事ですから」
2023-01-10 21:03:20
「それにしても、アイツがあんな風に私の仕事をするようになるとは…、考えもつかなかったな」 「確かに、ニイナお嬢様の仰る通りですね」 ニイナは思い出す、表裏事件終結後、崩壊から再建する壱ノ笠の中で出会った、神田平藏という一人の少年と出会った時の事を――。
2023-01-10 21:03:20
表裏事件――それは、壱ノ笠(いちのかさ)と壱ノ笠(イチノカサ)という、同じ街の違う価値観を持った者達の大きな争い事だった。 双方が争う中で、中立の立場として争いを止める為に呼ばれたのが、ニイナを含む自然派の能力者で結成された者達だ。 #かどわかしの商売人
2023-01-11 20:54:34
――あの時は、何時も以上……いいや。例え、誰かに限界だと言われても、休めばどうにかなると自分に言い聞かせて、自身の能力を使ったものだ…。 その争い中で、ニイナは能力を増長させるモノとして「かどわかしの夢」を服用し、新たな能力を得て、争いを止めたのである。
2023-01-11 20:54:34
表面上の争いが終わってもなお、内面上の争いに関しては今でも尾を引いて所はあるのは解っているが、ニイナ自身は「それ以上の干渉はせぬ」と言い捨て、中立の立場を去って行った。 #かどわかしの商売人
2023-01-12 21:20:54
――こんな争い事に関わるのは、二度と御免だね。 そう思いながら暮らし始めようとし、崩壊から再建し始める街の暗闇で、水色の瞳の少年に出会った。 ――浮浪児…? 体育座りで顔をろくに上げずにいたが、ニイナの視線に気づいたのか、少年は顔を上げてみる。
2023-01-12 21:20:57
あの出来事自体、双方の壱ノ笠に多大なる被害をもたらしたという話や、生き残っている者も多くはないという話など、様々な話を聞いていたニイナだったが、頭の中で浮かんでいた疑問を投げかけていた。 「お前、どうやって生き残った?」
2023-01-12 21:20:58
わからない、とでも言うように頭を左右に振る。 「何か、能力を使ったとかは?」 再び、頭を左右に振った。 少年との意思疎通は出来るとはいえ、言葉を発さないとなれば、どうしたものかと悩むニイナだったが「お前、名前は?」と、薄い希望にかけて聞いてみる。
2023-01-12 21:21:02
口を動かしているものの、肝心の声が聞き取りにくく、ニイナは少年に近づき、ようやく、その名前を聞き取った。 「…かんだ、へいぞう」
2023-01-12 21:21:03
「そうか…」 放っておく、という選択肢もあったが、少年の目を見たニイナとしては「放っておくわけにはいかないだろう」という気持ちが勝っていたし、夜の暗闇に乗じて【カゲ】達が現れ始めようとする気配を感じ取った。 #かどわかしの商売人
2023-01-13 21:01:53
無意識に、少年の手をとっていたニイナは「ココから離れるぞ、少年」と言った。 「…どうして?」 「どうしても何も…、お前、【カゲ】に喰われたいのか?」 「かげ…?」 心の中で癇癪的な言葉を発しつつも「兎も角、ココから一旦、離れるぞ!」と言いながら、少年を引き連れ、その場を離れた。
2023-01-13 21:01:54
【カゲ】が自分達を追ってくる気配を感じとると、ニイナは小さな声で何かの言葉を発した途端、二人の足はみるうちに軽く、一時的に疲れ知らずとなってゆく。 「着いてこれるか、少年!」 驚きながらも、少年はニイナの問いに対し、頭を頷かせた。 #かどわかしの商売人
2023-01-14 20:08:43
それを聞いたニイナは、改めて少年の手を強く握るや、こちらに引き寄せながら抱き上げるのと同時に、足をバネのように後ろに引き離し「ならば、一気に離すぞ!」と言い、勢い良く跳躍したのだった。
2023-01-14 20:08:43