我妻先輩、実は高校三年生時の記憶がそんなに鮮明でない あの受験生特有のピリピリした空気に負けて吐き気を抑えるだけで精いっぱいで。そういう時によく保健室を利用していた
2022-02-13 11:58:43こいつは俺を一番にはしないのだろう。善逸は考える。 それでもいい。それでいい。 俺がこいつを一番にするから、それでいいのだと思っている。
2022-02-14 14:21:07なんであいつにそんな世話してやんだって聞かれて 「なぁんでだろうなあ…憧れ、もあるんだろうけど」 今はちょっと濁ってるけど、こいつほんとにいい音でさ。俺は、そうやって誰かを当たり前に大事にすることがほんとに、ほんとに下手だから。
2022-02-15 02:24:36竈門たんじろうという少年は、善逸が学舎を共にした二年間に限っても有名だった。人のために動くことを厭わない。お日様が辺りをぺかーっと照らし出すような、陽の気質のその言動。兄で弟で、大人で子供で、とっても頑固で、たまに共感能力をすっ飛ばす。
2022-04-10 16:08:38でもそのすべてに、好かれるに足る愛嬌があった。強引で真っ正直すぎるきらいはあるが、そこには底抜けの正義感および善意がある。そう、見聞きするだけでよくわかる。 大人たちからすれば、もう少し違う見方があったのだろう。共感覚じみた人柄の音を感じ取る善逸の耳から来る人物評価からしても、
2022-04-10 16:08:39周りもなあ、あまり頼ってくれるなと勝手に心配になってしまう危うさがあった。それでも、その少年がそれでいいと、思ってしまっているようだったので。何もできない、そもそも何もわからない善逸は接点もないことだしと関わらなかった。
2022-04-10 16:08:39だから善逸は、竈門たんじろうという少年のことを人柄と声と背中しか知らない。折れてくれるなと、そっと願うことしかできない、それでよかったのだろうと思う。
2022-04-10 16:08:40空虚の匂いを、それが寂しさだと知らずに纏っているような人だと思った。長い長い、冬の雪山の中に佇んでいる忘れ去られた地蔵のように。 薄っぺらい手ぬぐいをかぶせてやっただけで、過剰なほどの礼を尽くしてくれるような危うさを持った人だと思った。
2022-04-10 16:08:40盛夏になっても凍えるような冬の寒さを感じながら、それでも人の柔らかな幸いを尊(たっと)んでまっすぐ折れずに立ち尽くしているような、誰かを助け、守り抜きたいという意志を持った、優しくて強い、そんな匂いに。
2022-04-10 16:08:41――ああ、ああ、たんじろうは、とても安心して、まどろむように救われていたのだった。 竈門たんじろうは、学校というものが好きだった。
2022-04-10 16:08:41たまに冨岡が竹刀を担いで申し訳程度に追いかけていくが、善逸を促し走らせない時点でポーズであることは明らかだ。風紀担当の体育教師は、というかキメツ学園の教師陣は、その肉体も頑健で運動能力もべらぼうに高くはあるが、純粋な速さで言うなら、善逸に勝てる者はこの学校には存在しない。
2022-04-10 16:15:32まああの表情筋が摩滅しているイケメンに無表情でぐんぐん追い詰められるだけでもダースベイダー的恐怖があるので、ようやるな、とは思う。
2022-04-10 16:15:32「竈門君名義の銀行口座を一つ作ってください」 そしてその通帳を俺にください。 若干顔を青ざめさせた竈門夫妻に訳が分からんという顔をされたが、それが善逸がない頭を捻って導き出したスタイルだった。多分、これが最良だ。
2022-04-10 16:15:33「竈門君、多分靴のサイズあってませんよ」 制服のワイシャツなどはわかりやすいから、適宜周りが声かけして買いなおしていたのだろう。 だが、足のサイズは自己申告がないと見落とされやすい。よくわかる。要求を言葉で表すことの苦手な幼い子供でもあることだ。
2022-04-10 16:15:34でもな、どこぞの猪もそうだったけど、足に無頓着な野郎が多すぎると思うのよ。当人の履き心地が如実にQOLに直結するアイテムだから本人が正気付くまではでかめのサンダルかクロックスで間に合わせればイイだろうし、上履きは学校に戻る時に改めてサイズを測って買いなおせばいいとは思うが。
2022-04-10 16:15:34歪に指先が変形して立てなくなっても知らんからな。 そう内心憤慨していると、うなだれた父親が、とりあえずは、と二枚の万札を剥き身で申し訳ないが、と財布から差し出してきたので遠慮なく頂いた。歯ブラシなどの日用品に体に合った肌触りのいい数枚の部屋着、
2022-04-10 16:15:35思いつく限りでも、文化的に生きるには金がかかる。 「――息子を、よろしくお願いします」 苦渋という言葉がぴったりに深く頭を下げる男に、善逸は嫌味すれすれのラインで苦笑いする。いい父親じゃないか、長男。 ――ああ、やっぱり世の中は、生きるにはちょっと世知辛い。
2022-04-10 16:15:35「……はあ?」 善逸は、振り返らないままで憤ろしく言った。 「……勘違いしてる奴らが、多いけど。公認心理師や臨床心理士……いわゆるところの心理カウンセラーってのは、専門の大学院出て、場合によっては一年以上の実務をこなして、やっと国家試験なり民間試験なりの受験資格が得られるんだ。
2022-04-10 20:54:28それでいて、実際に勤務すれば、ちゃんとしたクリニックですら非常勤扱い。給料だって高くない。待遇は決して良くはない。かいがくが医者になって、立派に爺ちゃんの誇りになるかんね。俺はそんな、割を食うような職業はごめんだ」
2022-04-10 20:54:28人目や法を逸した非道な妄想、闇や慾とも対峙する。人は弱い。裏切りなんてしょっちゅうだ。時には臨死よりもひどい苦しみも見る。七転八倒しても逃れられない、首を絞められるような汚泥の苦だ。血を流しながらも足を引きずり歩まなければならないものの苦しみだ。
2022-04-10 20:54:29一生を満たされることのないものがそれでも世界に生きるための怯懦だ。そんな奴らに諦めるなひざを折るなと、隣に立って目をそらさずに、己が震えながらでも言わなきゃならん苦しみだ。信じる、というのはただそれだけで罪業となる。 「よっぽどの信念と切り替えのうまさがないと、向き合えん職だよ」
2022-04-10 20:54:29長台詞を一息で垂れ流したせいか、善逸は少しいがらっぽくかふ、と空咳を数回重ねた。 吐き捨てるようなその物言いに、たんじろうは僅かにも瞠目するしかなかった。
2022-04-10 20:54:30たんじろうの家庭事情を言葉少なながらも僅かに知った善逸は、だからこそ結局は冨岡の身贔屓に付き合った。 死を覚悟した父から、家長となる覚悟いかなる時も家族を守る覚悟を持って渡されたピアスだ。外せるわけがないだろう。わかっている。 桑島の生業を継ぐための気力もなかった善逸にだって、
2022-04-10 21:56:06いや継げなかった善逸だからこそ、その気持ちとその覚悟の重みはいたく、いたく、わかる気がした。 ――いや、でも。たったそれだけのことだったけれど。 大事なことだなあすごいなあとは、淡いあこがれのように思っていたのだ。 遠ざかり昇降口に駆けこんでいく背中をずっと、背面越しに眺めていた。
2022-04-10 21:56:06あがつまくんは本気で追いかけようとなると縦横無尽にパルクール的に追ってくるから逃げられる生徒がいない(パルクール仕込みというより脚力でそれを可能にしている)。 でも実際やったらそれこそ我妻君の方が冨岡先生に規制されるからやられないだけ。 意識ない状態だったらそっちで追ってくるかも。
2022-04-15 16:50:23というか一回ほんとにブチ切れてやってトミセンとさねみんにどちゃくそに怒られた。理不尽を感じるなどした。 「今の風紀はどんなもんです?」 「……朝は、宇随が入っている」 「お、俺である必要性が元から無かった……」 あの美術教師えぐいくらい早いじゃん?
2022-04-15 16:50:24俺の前の代は麗しの甘露寺さんが助っ人入ったことあるらしいけど、どちらかというとあの人は身のこなしが早いという意味らしく、伊黒先生のガチ切れの訴えもあり早々に降ろされたとか、何とか――まああの人の制服の着こなし写真で見たことあるけど、(主に前田さんのせいで)眼福過ぎたからな……。
2022-04-15 16:50:24ガン見して立ち止まる思春期の生徒が多かったらしく、男子生徒の風紀的には良くなかった。俺も甘露寺さんと同期になりた――いやしのぶさんにぶち殺されるわ。すいません不純でした!
2022-04-15 16:50:25カナヲちゃんにセクハラ仕掛けた男子生徒を粛清して風紀に引っ張られたという一年時の苦い過去(パルクール+キックガン振り99)。全体的には褒められて終わった。
2022-04-15 16:50:25善逸の家屋には、意外と言われそうだが物が少ない。 買い物の快楽は好きな方だ。通販でも現実味がないままにホイホイ計画性もなく残高を溶かして小遣いの範囲で買いあさる方だ。 ただ、それ相応に、ある程度物を捨てる。
2022-04-15 17:05:02一つを買えば一つは、などという潔癖な頻度ではないものの、清廉な桑島の家に躾を受けて育ったせいか。消え物の贅沢好みはともかくとして、部屋がうるさくなるのが苦手だった。 人生歴を作るのが嫌いなのかもしれない、と思う。ため込んだ『物』は、持ち主の人格と歴史をつまびらかにする。
2022-04-15 17:05:02そういえば、善逸はショートケーキのてっぺんに飾られた苺を特別ありがたがったことがない。 幼いころは、それはないのが当たり前だった。少し成長してからは、奪われるのが当たり前となった。それに、怒ったこともない。厄介だなあとは思っていたが。
2022-04-19 04:56:59今善逸を変わらず家族として遇してくれる家の人間は、ご飯は皆で食べるのがおいしい、という感覚を当然のようにちゃんと持ち合わせていて――知らなかったわけではないけど、それ以前に囲んだ食卓が悪かったとかそういうわけではないけれど――
2022-04-19 04:56:59どんなにそりが合わずとも足も手も出る派手な喧嘩を交わした後でも、食卓だけは変わらず囲んでもらったことは、ありがたいことだと今更思う。 善逸の家族は缶詰系が好きなのか、桃缶の中身やメロンソーダに沈むサクランボなんかは何となく、狙われてんな、と思わなくもないけれど
2022-04-19 04:56:59(そして善逸もそれはならんと守るけれど)、苺は義兄の好物の範囲外らしい。またそうでなくとも、己の領分以上を奪おうとすると容赦なく師の竹刀が出るので、本当に奪い奪われたこともなかった。
2022-04-19 04:57:00善逸は別に甘味に優劣をつけたいわけではないので、ショートケーキの苺は簡潔にフォークが当たった時に美味いなあと食べ進めるだけで済む。 あってもなくても、ケーキが美味いのには変わりない。それを許されたのこそがありがたい。
2022-04-19 04:57:00そして、自分だけの贅沢をできるようになったことにケチをつけない家族であったのも、またありがたいことだと思う。今でもたまに実家の方面に――嘘だ、不審者待ったなしなので食べ物に向かって拝んでしまう。
2022-04-19 04:57:01なんか手伝いたいと思って洗濯物畳もうとしたら秒で撃沈した(眠気)長男と、「俺一人で洗濯物畳むときよく拒絶反応起こして泣きながら畳むわ」って笑いつつ、だからお願い親分一緒にやってって言いながら暇そうな伊之助に洗濯物畳みを仕込むあがつまと
2022-04-23 13:32:06当然だ。会社にとってはたったいっときの混乱だ。そのために大々的に新たに人を募って、教育を施すような時間的猶予も人件費もない。もともと、令和の年号を戴く現代日本では醜聞に近い話でもある。
2022-05-21 09:21:25結局、研修の一環で店の回し方も多少は心得ている正社員が駆り出されることになる。裏方でも? ――裏方、だからこそ。 盆かな?(亡者がいっぱいそこらに打ち上げられてうろつくことになったの意)
2022-05-21 09:21:25「んで、俺が帰ってくるまで何して待ってたんですか」 「俺様は寝てた」 「宇随のスマホであべまとあまぷらを見てたな!」 「コンセント貰った」 「滅べ……!」
2022-05-21 20:22:03ぜんいつくんが身体的な虐待だとするならかいがくくんは心理的な、人格を言葉で否定されるタイプの虐待といったところで、かいがくくんの口が今でも悪いのはそのせいもある。爺ちゃんはちゃんと気づいて躾けなおしたけんども、外面がよく内弁慶なのは親譲りなところがある。
2022-05-27 14:37:51それは「愛されたい」ではない。 「愛したい」という芯から心底からの叫びだ。 もしかしたらそれは、「信頼したい、されたい」という、あさましいほどの欲望ですらあったかもしれない。 彼は、必要とされたかったのかもしれない。それは人間というものがそこに立って生きる目的、
2022-09-17 15:43:24魂持つる意味でもあるから。 ……そしてきっと、それを誰よりも諦め信じず覚悟していた。 ただ一つ、己の抱える正義それだけを寄る辺に道徳を信じ依って立つ。 我妻善逸の持つやさしさとは、そういうものだ。
2022-09-17 15:43:24