2022年2月16日
長崎県の旅行中に長崎市で見た橋梁の紹介。
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タケ @take_all_a

2022年1月の長崎旅行で見たアレコレシリーズの橋梁編その2。今回は長崎市内の橋梁を紹介する。まずは #女神大橋 (日本構造橋梁研究所、2005・H17)。 pic.twitter.com/PyQ8RAzqBB

2022-02-15 23:00:00
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女神大橋は長崎港の出入り口に架かる斜張橋だ。大型船が航行できるよう、海面から橋桁の下までの高さは65mを確保している。写真は南山手地区からの景観。 pic.twitter.com/YEARBvsvbi

2022-02-15 23:00:54
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女神大橋は有料道路ながら歩道が備わっていて、橋のたもとのパーキングエリアから歩いて渡れる。いつか行こうと思いつつなかなか機会がなかったが、今回は長崎市の郊外を移動する行程だったのでようやく立ち寄った。 pic.twitter.com/iptyecof9T

2022-02-15 23:02:09
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橋に繋がる高架の下。女神大橋という名称は橋の東側の古い地名による。 pic.twitter.com/RCF112907S

2022-02-15 23:04:02
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橋の上は冬は強風でめちゃくちゃ寒い! 行くときは防寒・防風を考慮した服装で。基本的な寸法は橋長880m、中央径間長480m、取付け高架橋を含めた長さ1289m。 pic.twitter.com/xbn896qqSE

2022-02-15 23:06:37
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女神大橋から見える長崎港の景観。 pic.twitter.com/XS5yBrTN6h

2022-02-15 23:07:20
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長崎市の橋梁編の続き。中央の黒い橋は出島表門橋(Ney & Partners Japan、2017・H29)、その向こうのトラス橋は出島橋(1910・M43)。右側が出島で、背景のビルは十八親和銀行本店 / 旧 十八銀行本店(日建設計、本館1969・S44、新別館1994・H6)。 pic.twitter.com/qHBhLuxesx

2022-02-16 22:21:32
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周知の通り、出島は江戸時代に海外窓口として築造された小さな島で、明治以降の開発によって当時の姿は失われた。長崎市は長い年月をかけて出島の復元事業を進めており、 #出島表門橋 はその事業の一部である。 pic.twitter.com/Fuv1AqCG4a

2022-02-16 22:23:37
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江戸時代に出島の連絡橋として架かっていた「出島橋」は、明治時代の中島川変流工事に伴い撤去された。そこで橋の復活を計画したものの、出島は国指定史跡なので本来は忠実な復元をしなければならないが、変流工事で川幅が広がったためにそれができない。 pic.twitter.com/db2qikQ9dr

2022-02-16 22:32:02
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よって、架橋にあたっては江戸時代の石橋の復元と誤解されないよう現代的なデザインが求められた。しかも、国指定史跡である出島の護岸に橋台は設置できない。これらの難しい条件をクリアした結果、出島表門橋のユニークなデザインが導かれた。 pic.twitter.com/SfCLfQxoQQ

2022-02-16 22:34:18
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出島表門橋は出島の対岸(写真手前)の構造物で全体を支えており、出島側に自重はかからない(歩行者の積載荷重はかかる)。斜張橋という方法もあるが、出島の景観を損なわないことを重視して片持ち構造が選択された。 pic.twitter.com/2JqA8TjTxI

2022-02-16 22:34:46
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参考記事:リクナビNEXTジャーナル >「2つの壁」を乗り越え、“出島”に再び橋を架けろ!――出島表門橋架橋プロジェクト・渡邉竜一氏たちの挑戦 next.rikunabi.com/journal/201702… pic.twitter.com/F8xjKKiBvy

2022-02-16 22:35:08
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出島表門橋のライトアップ。 pic.twitter.com/4yR32LRtrh

2022-02-16 22:35:56
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一方、いま出島に架かっている出島橋は明治期の建設で、現役の道路鉄橋(錬鉄製)としては日本で最も古い。部材はアメリカから輸入。注:車の通行を禁止して人道橋になった鉄橋なら、もっと古いものが現存する。 pic.twitter.com/s3UBNagMKX

2022-02-16 22:38:21
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この橋は、もともと長崎市内の別の場所に新川口橋の名称で1890・M23に架けられた後、1910・M43に出島橋として現位置に移設されて現在に至る。 pic.twitter.com/j7Z5oQKLNU

2022-02-16 22:39:02
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「出島」の名を冠する橋が多くて混乱しそうだが、こちらは江戸時代に架かっていた出島橋の模型である。出島に復元された建築物群は歴史資料館などに使われていて、その中に展示されている。 pic.twitter.com/X3BIqWMUPm

2022-02-16 22:46:35
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出島と対岸の双方から護岸が突き出し、その橋詰の間に石橋が架けられていた。 pic.twitter.com/b1SzwD0bWZ

2022-02-16 22:47:54
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旧出島橋模型のキャプション。1678・延宝6年に木橋から石橋に架け替わり、1885・M18の中島川変流工事で解体とのこと。 pic.twitter.com/BzYgScMmF4

2022-02-16 22:48:41
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同じく出島の展示物から、旧出島橋の親柱。穴が開いているのは灯籠に転用した痕跡である。 pic.twitter.com/YB9o6MySb0

2022-02-16 22:50:20
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旧出島橋親柱のキャプション。「工事中に発見」とあるが、いつ、何の工事なのかは書かれておらず、検索しても分からなかった。「長崎市に寄贈」という文面から民間工事と思われる。 pic.twitter.com/POoLPM6ruW

2022-02-16 22:51:46
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市内を流れる岩原川の河口付近に架かる岩原新橋。建築物が載っている。この橋は後日改めて触れたい。 pic.twitter.com/jibK3WRxhf

2022-02-16 22:56:25
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長崎本線 長与支線 浦上~西浦上にある北村橋梁。別件で近くを訪れた際に見つけた。Googleマップ goo.gl/maps/BtGdLcWsk… pic.twitter.com/sA8q1oXz1e

2022-02-16 22:58:14
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もともとは線路と河川の交差部で、後で鉄道橋の下に人道橋を通している。 pic.twitter.com/Cr5Blud3dS

2022-02-16 22:59:33
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反対側。線路・築堤に対して河川が斜めに交差。 pic.twitter.com/M5a93j3suY

2022-02-16 23:00:34
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ウィキペディア「長崎本線」のページの年表には「1897年(明治30年)7月22日 【開業】長与 - 長崎(現在の浦上)」と載っている。北村橋梁の位置はこの区間内。橋桁は後年の架け替えの可能性が高いが(銘板は未確認)、レンガ造橋台は開業当時のものだろう。 pic.twitter.com/JOkb6Hh6C6

2022-02-16 23:02:34
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まとめたひと
タケ @take_all_a

福岡県を中心に、建築・団地・土木・産業遺産などについて、ツイッターにつぶやいたことをまとめています。個人サイトの方は放置中。

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