
@nowhereao 二人がコートに包まれた腰を直している間にバスは進み出した。外気に触れないだけでこんなに暖かい。 #青の楽園
2021-03-07 00:44:16...

ぐう、と車体が軋む。細いY字路を曲がったのだ。乗客たちの体が風になびく草花のように左へ倒れる。誰かの頭が窓ガラスにぶつかる音が車内に響く。 #青の楽園 「いい街ですね。行きたいところだらけで目移りしますよ、滞在中にぜんぶ回れたらいいのに。貴女は行きたいところは?」
2021-03-07 00:49:20
@nowhereao 「あのレストラン、最近できたのかしら」 早速渋滞に巻き込まれたバスからよく見える古い建物の一階、小さな青いドアがある。そこそこ繁盛しているようだ。店のロゴ入りの旗、メニューの書かれた看板には、シックなタッチで掛かれた動物たちがチーズや人参を掲げている。 #青の楽園
2021-03-07 00:53:48
@nowhereao 印象的な黒のタクシーが店のすぐ近くで止まり、おろされた女性はレストランに吸い込まれていく。 「ほら、あれ。留学中には見たことないわ。やっぱり新しい店なんだ」 #青の楽園
2021-03-07 01:00:40
@nowhereao 「部屋着いたら予約入れときましょうか」 「一見さんお断りだったらどうするの?」 「そのときは素直に帰りましょうよ。私たちで何か作るってことで」 #青の楽園 バスは路地を更に分け入る。少しずつ、少しずつ喧騒から二人は離れてゆく。
2021-03-07 01:04:22...

中心部からわずかに北、集合住宅の立ち並ぶ路地でバスは減速し、やがて停止する。 #青の楽園 「さっきのレストランの名前覚えてます? 調べないとね」 「あなたの手料理よりおいしかったらわたし、滞在中部屋に戻らないかも」
2021-03-07 01:41:20
@nowhereao 「それは困ったな」 バスの真ん中付近から二人は吐き出される。指先の荒れた手のひらが出口へと延べられ、そこへ貝のように小さい爪の並ぶ手がひらり重なった。 #青の楽園 とん、とん、と二人の靴音が通りに響く。
2021-03-07 01:43:00
@nowhereao この付近は通行人もまばらだ。もう日暮れも近いためだろう、向かいのコンドミニアムの一室から髪を長く垂らした女性が身をのりだし、洗濯物を取り込んでいるのが見える。貴重な冬の晴れ間を逃さぬように気合いを入れたらしく、抱える服の量はかなりのものだ。 #青の楽園
2021-03-07 01:48:02
@nowhereao バスが二人を置き去りにして遠ざかってゆく。背の高いコンドミニアムに挟まれた路地はなお狭く、あまり日が入らない。あぶなっかしい運転で二人を追い越した自転車の男性が口ずさむ歌は、有名なロックスターのヒット曲である。 #青の楽園
2021-03-07 01:52:55
@nowhereao 「生、」 #青の楽園 寒い路地を唯一嬉々として難なくすり抜けていくのは冬の風のみだ。 「どうして来たの? わたしの里帰りなのに」
2021-03-07 01:57:09
@nowhereao 「同じですよ」 流暢な英語がいつのまにか母国語になっていても気にしないのだ。微量のほほえみをともなった返事が風とともに泳ぐ。 「夏の頃、貴女だって私の帰郷についてきてくれたでしょう。それと同じ」 #青の楽園
2021-03-07 01:59:48