稀代の天才作家・山田正紀さんが如何に恐るべき才能を発揮するか。私が垣間見たエピソードをお話します。
1
読魔のパパ @tokusen_papa

おまたせしました。本日発売『囮捜査官北見志穂』本日発売日です! 今回はシリーズ名、個別作のタイトル、共に大胆に一新しております。 再刊の度に題名が少しずつ変わるシリーズというのが、Twitterでも話題になっているようなので、改題をお願いした意図を書いておこうと思います。 twitter.com/Toku2_Tokumaku…

2021-12-08 17:11:54
トク魔くん @Toku2_Tokumakun

12/8発売! 著者の言葉をどこよりもはやくおしらせしちゃうよ! 【先行公開!】囮捜査官 北見志穂シリーズ(山田正紀)復刊4作+新作リブート 著者からの挨拶  #トクマの特選note.com/toku2_tokumaku…

2021-12-05 23:52:10
読魔のパパ @tokusen_papa

「超絶ミステリコレクション」については、今年の中盤辺りから、山田さんと何度も協議を重ねてきた企画です。中でもトクマノベルスオリジナルでスタートしながら、結局一度も徳間文庫で出せていなかったこのシリーズ(ともう一冊)はリストの最上段に据え、改題とシリーズ新作執筆のお願いをしました。

2021-12-08 17:26:52
読魔のパパ @tokusen_papa

そもそも「トクマの特選!」は単なる復刊文庫レーベルではありません。 カバー絵と装丁、解説、ネットでのアピールなどを駆使して、読まれ方を新提案し、旧作品をリフレッシュ。さらに続編執筆や作家読本、映像化などに歩を進める──文字通り「令和の本」として読んでいただく計画で立ち上げました。

2021-12-08 17:38:13
読魔のパパ @tokusen_papa

企画を立ち上げるにあたって、核になる作家として挙げたのが、笹沢左保さんと山田正紀さんと、そして樋口修吉さんでした。いずれも徳間と切っても切れない深い関係性があり、その歴史を踏まえた上で、「徳間の次の一手」を同時進行の劇場型で読者に示していく事が大事なのだと企画書には書いています。

2021-12-08 17:44:09
読魔のパパ @tokusen_papa

山田さんに「囮」のシリーズ名変更のお願い+5巻をボツにした上でのseason2の執筆を提案したのも、すべて、その青写真に沿った構想があったからです。

2021-12-08 17:46:16
読魔のパパ @tokusen_papa

そもそもの来歴から言いますと、「女囮捜査官」シリーズは、1996年2月トクマ・ノベルズへの書き下ろし作品としてリリースされています。

2021-12-08 17:49:53
読魔のパパ @tokusen_papa

新書といえばエロティックサスペンス、バイオレンス、アクション、伝奇──男性目線のポルノティックな作品が毎月山のように出版されていた時代です。 徳間もご多分に漏れずと言うか、むしろ先頭に立ってその手の作品を量産しています。

2021-12-08 17:50:14
読魔のパパ @tokusen_papa

そんな最中、その潮流に乗ったように<五感推理シリーズ>と銘打ってリリースされたわけです。 <触・視・聴・嗅・味>の五感にちなんだ事件が発生する趣向づくしのシリーズで、それぞれの“感”の文字を“姦”に置き換えた、エロ仕立てのタイトルが付けられています。

2021-12-08 17:51:47
読魔のパパ @tokusen_papa

それまで極上の知的エンターテイメントを連発していた山田さんが、突如ヴァイオレンスポルノ業界に参入した印象で当時かなり戸惑った記憶があります。 まさかと思う反面──「SF冬の時代」と言われた前後でもあり、売れ筋本の劣化コピー/コバンザメの悪弊に“転んだのかも”という疑念もありました。

2021-12-08 17:59:14
読魔のパパ @tokusen_papa

実際、こわごわ手にとった第一巻の表紙は、白いむき出しの臀部らしい人体の曲線を、撫でる──というより鷲掴みにしようとする黒い手が描かれたもの。ピンク色で大きく打ち出された「触姦」というタイトルと連動して、性的なニュアンス──いや、きわめて確信犯的に「ポルノ」を感じさせるものでした。

2021-12-08 18:00:34
読魔のパパ @tokusen_papa

こちらもさすがに社会人だったので、レジに持っていくのに外聞をはばかる──とまでは思いませんでしたが、なんか非常に嫌な気分になったのを覚えています。 「オレ達のマサキがなんでこんなものを!」的な怒りがあったのだと思います。

2021-12-08 18:01:10
読魔のパパ @tokusen_papa

しかし、そんな怒りは杞憂であったことがすぐに判明します。 主人公の北見志穂は「究極の被害者体質」を背負う、警視庁・科捜研のおとり捜査専門の新部署「特別被害者部」の捜査官──いかにもSF作家・山田正紀らしい凝りに凝った架空設定の元、登場します。

2021-12-08 21:28:02
読魔のパパ @tokusen_papa

今で言えば野木亜紀子さんの「MIU404」や「アンナチュラル」など、虚実皮膜の警察ドラマ的な冴えた背景です。 志穂が狩り出すのは、現代社会の歪みが産んだサイコキラー(これも当時の流行)──すなわち従来のヴァイオレンスアクションが肯定してきた“女性への加害”と対決する180度裏返しの構図です。

2021-12-08 21:34:47
読魔のパパ @tokusen_papa

『女囮捜査官』シリーズの一見エロ小説風の題名や表紙は、あえて安手の「ヴァイオレンスアクション」の記号を踏襲することで、そのポルノ性や歪んだ欲望を逆手に捻じりあげる仕組みだったわけです。

2021-12-08 21:39:10
読魔のパパ @tokusen_papa

凡百の作家では思いつかないような、虎穴に飛び込む「腹破り戦術」で山田さんが描こうとしたのは、当時の男性優位社会の住民が自覚していない、ジェンダーギャップの問題でした。 (これについては再刊のお願いをした席で、ご本人の口から伺ったことですので、公式見解として言っていいと思います。)

2021-12-08 21:45:21
読魔のパパ @tokusen_papa

TOKU2の「令和の読者に新刊として読んでもらう小説」という狙いと、囮捜査官シリーズはまさにベストマッチングだったわけです。 アフター#metooの今こそ、北見志穂は更に多くの読者──当時は表紙やタイトルのギミックで読むのを避けた女性読者にも受け入れられるヒロインになり得ると確信しました。

2021-12-08 21:52:27
読魔のパパ @tokusen_papa

発表当時、山田さんが繰り出した仕掛けの行き届いたトリック+連続どんでん返しがウケて、本格推理ファンにはあっという間に名作の評価が行き渡りました。 ただ、標的とした新書系のヴァイオレンスアクションのカウンター的作品という読みは、置き去りにされたままだったのではないかと思います。

2021-12-08 22:00:50
読魔のパパ @tokusen_papa

今回の復刊で「囮捜査官 北見志穂」をシリーズ名に据えたのは、“身勝手な犯罪”や“異性を見下す視線”に、彼女が示す怒りに注目していただければと思ってのことです。 「被害者体質」であるが故に被害者の痛みに共感でき、「男職場の厄介者扱い」される“みなし公務員”だからこそ感じる苦い不条理。

2021-12-08 22:14:31
読魔のパパ @tokusen_papa

エンタメ作品ではありますが、主人公・志穂の感覚にシンクロすることで、なぜこれらの事件が描かれたか──どういう葛藤に作家・山田正紀のアンテナが反応したかが伺えて、さらに作品の奥行きを深くしてくれるのではないかと思います。 またそんな深堀りに耐える作家が山田正紀なのです。

2021-12-08 22:19:25
読魔のパパ @tokusen_papa

今回は、より多くの読者に読んでいただけるよう色々趣向を凝らしたつもりですが、「深淵を覗く者」はなんとやら。シリーズ随所にショッキングな事件が描かれているのは事実です。作品の性質上致し方ないとはいえ、当代読者の興を削ぐ部分もあるかもしれません。ご寛恕くださいませ。

2021-12-08 22:34:17
読魔のパパ @tokusen_papa

さて、題名問題はここまでにして、復刊+season2にあたり、最大の関所であった「第5巻」をパスするに至った件について説明させていただきたいと思います。

2021-12-08 22:37:08
読魔のパパ @tokusen_papa

いきなりぶっちゃけますが、既刊の第5巻「味姦」は明らかに、そこまでの4冊と別物というか、密度も薄ければ、熱も感じない。明らかに質が落ちていると思いませんか?   これは、あくまで私見ですが──天才・山田正紀の、実に数少ない露骨な失敗作ではなかったか? とすら思います。

2021-12-08 22:45:37
読魔のパパ @tokusen_papa

この感想、勢いで書いて半日経って「密度が薄い」のかなとじーっと考えていました。 いや。トリック自体は小粒ながら面白いのです。 ただラスボス設定にあまりに説得力が無く、物語と謎の一体感に欠けていて、前4作にあった異常なまでの求心力、切迫感が生じていないのが不満だったのでした。

2021-12-09 08:40:46
読魔のパパ @tokusen_papa

第一巻発刊が1996年2月ということは先にも書きましたが、コンスタントに第四巻まで驚異の隔月ペースで刊行が続きます。 2月4月6月8月と順調に釣瓶撃ちされてきたシリーズが、第五巻で二月置きの11月に飛び石し、作品の中身も急にガクンとトーンダウンします。 この時、山田正紀に何が起きたか?

2021-12-08 22:51:10
読魔のパパ @tokusen_papa

その謎を解く鍵を握っている人物が、元徳間書店の編集者・芝田暁さん。 このシリーズの担当編集者です 彼の運転する車で現場取材を重ね、ときには山田さんのご自宅に泊まり込み──まるで高校部活の合宿のような密度の高いディスカッションを重ねた、ブレインであり仕掛け人でもあったといいます。

2021-12-08 23:00:33
読魔のパパ @tokusen_papa

芝田さんは梁石日、荒巻義雄、浅田次郎、花村萬月など90年代を代表する錚々たる作家陣の才能を見抜き、大看板に押し上げた名編集者。当時、映画『敦煌』の失敗で大負債を負った徳間を離れて、1996年11月、設立わずか四年目の新会社・幻冬舎に移籍します。

2021-12-09 02:29:31
読魔のパパ @tokusen_papa

長編5本を10ヶ月で書き上げるなど、緻密な論理の組み上げを要求される本格ミステリではまずありえない事です。一つネジが狂ったら弾け飛ぶようなギリギリの緊張感──しかし、その短期集中の熱気こそが、山田さんを追い込み、作品に魂を宿したと、芝田さんは後に著書『共犯者』で書いています。

2021-12-09 02:38:24
読魔のパパ @tokusen_papa

天才作家を更に極限のピークまで追い込んだ、芝田さんの策士ぶりは恐ろしいほどです。 しかし、芝田さんは同書で、このシリーズに、ガチで官能サスペンスファン取り込む為にポルノ的意匠を施したと書いており、その狙いがファンの反発を招いたと「懺悔」しています。

2021-12-09 02:44:46
読魔のパパ @tokusen_papa

エロ系作品のジェンダー意識の低さが嫌だったと語っている山田さんとは、若干認識が違ったのかもしれません。 そのズレは作品に対する愛着にも出たのか、結局、芝田さんはシリーズ最終作の完成を待たずに、徳間を去ります。

2021-12-09 02:52:14
読魔のパパ @tokusen_papa

一方、山田さんは「担当編集者が居ない」という非常事態にモチベーションを維持できなかったとのことで、実際作品は、テンションも下がり、シリーズ全体で仕掛けていたいくつかの伏線も回収できないまま終幕を迎えます。

2021-12-09 02:56:53
読魔のパパ @tokusen_papa

その後「女囮捜査官」は芝田さんの移籍した出版社で、二度の文庫化&改題を繰り返しますが、5巻の改修はナシ。芝田さんの中では「終わった仕事」だったのかもしれませんが、私としてはその二度のチャンスに山田さんとのコラボに決着をつけなかったのが、ずっと不思議でしたし、不満でもありました。

2021-12-09 03:03:30
読魔のパパ @tokusen_papa

山田さんのミステリ作品を一堂に集めるにあたっては「囮の5巻をあのままでは出したくないのです」と言おうと腹に決めていました。 しかし、作家が心血注いだ作にNGを出すにはとんでもない勇気が必要です。まして生涯の大半をその才に圧倒されてきた神の如き作家に、お前はガチでそれを言えるのか……。

2021-12-09 03:19:05
読魔のパパ @tokusen_papa

それまでも別件で何度かお会いしていましたし、結構打ち解けてお相手してもらってはいたのですが、今回は歴史的評価の定まったシリーズの一本をボツにしようという、とんでもない提案を腹に呑んでいます。山◯組のトップを襲撃しようというヒットマンでも、ここまで緊張すまいというほどテンパった状態

2021-12-09 03:23:02
読魔のパパ @tokusen_papa

俺はこのまま死ぬんじゃないかと思いながら、会議の席に向かいました。

2021-12-09 03:23:48
読魔のパパ @tokusen_papa

笑顔で迎えてくださった山田さんを前に、いつまでも浮ついた状態で居られません。 今書いておられる新作の話を伺い、その作品の今後の方向性について一通り意見交換したあと、新レーベルの狙いをプレゼン──具体的に収録したい作品リストを出します。もうこの段階で、脳は爆発寸前です。

2021-12-09 03:31:08
読魔のパパ @tokusen_papa

「ポップな表紙で若く新しい読者層を狙います」この段階で唯一の武器と言えるのは、KENTOOさんの既存作を表紙風に仕立てた『妖鳥』と『囮』の仮想表紙のみ。 一瞬、叱られるかもとドキドキしましたが「へええ、僕の作品こんなカワイイ絵で出したら、みんな驚きますねぇ」と柔らかく笑って下さり一安心

2021-12-09 03:37:07
読魔のパパ @tokusen_papa

ここでざっくり切り込んでしまえと、芝田さんの著書の話を切り口に、当時の忌憚のないところを色々伺いました。 加えて、アメリカのTVドラマやシリーズ物の映画では“リブート”という手法があることをお伝えし「もし今の日本で北見志穂が現役だったら、どうしてるでしょうね」とネタを振ってみたところ

2021-12-09 03:53:13
読魔のパパ @tokusen_papa

ここで山田正紀の天才が爆発します。

2021-12-09 03:53:48
読魔のパパ @tokusen_papa

「ああ、今だったら囮捜査も当時とは違って一部合法になって、かなり状況が違ってくるでしょうねえ……」 (しばし遠くを見るような目つきで沈黙) 「……えーと、最初のあの第一作は東京の品川を舞台にしてましたが、今だったら舞台はどこがいいと思いますか?」

2021-12-09 03:57:20
読魔のパパ @tokusen_papa

ここで神様の存在を信じない人間はバカでしょう。

2021-12-09 03:58:22
読魔のパパ @tokusen_papa

ゴンゴン胸の奥で銅鑼を打ち鳴らし始めた心臓を押さえつけ──何事もなかったように即答します。 「今見下ろしてる渋谷がいいですね。例年なら、もうちょっとするとハロウィンの日に、仮装した若者がこの街を埋め尽くします。10月の渋谷で起きる事件が読みたいです」

2021-12-09 04:02:08
読魔のパパ @tokusen_papa

そこからは一気呵成です。 嵐のように山田脳内コンピューターが唸りをあげて、次々とんでもないヴィジョンを次々吐き出し始め、もう止まらない…。 残念ながら(まだ)ここではその詳細をお話できませんが、超弩級の幻視者の脳内ではどんな化学反応が起きるのかを、目の当たりにしました。

2021-12-09 04:11:42
読魔のパパ @tokusen_papa

あれだけどう切り出そうかと悩みに悩んだ5巻不要論は、新作を書くための後付けのようにしれっとご提案して、あっさりクリア(リストでは既にオミットしてたんですがw)。 そして、その際のご返事がまた素晴らしかったので、最後に(?)お伝えしておきます。

2021-12-09 04:17:11
読魔のパパ @tokusen_papa

「平成って時代、僕は嫌いなんですよ。なんか中途半端で。だから、平成はナシで、昭和が直接令和につながった世界で、平成はすっ飛ばすことにしましょう」

2021-12-09 04:19:29
読魔のパパ @tokusen_papa

みなさん、これが山田正紀です。 正真正銘の夢を視る天才だと思います。 ぜひ『囮捜査官北見志穂』season2にご期待ください。

2021-12-09 04:21:32
1
まとめたひと
読魔のパパ @tokusen_papa

Bookish Goblin。 書籍編集・企画「Livewire Editorial」(@golivewirecom)井田英登/徳間文庫「トクマの特選!」プロデューサー。このアカウントではTOKUx2と関連書籍の情報発信をしていきます。(クライアント=徳間書店の発信ではありません。文責・著作権は井田個人に帰属します)