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 僕が幼馴染に縋るのをやめるまで。1

 六連恋斗は、幼馴染に愛されている。

「れーんくん……? 起きてよー」

 今日もまた、幼馴染の甘ったるい声で半覚醒する。
 朝。季節は春。
 今日から高校二年生の新生活が始まる。
 恋斗は毛布にくるまっていた。春の朝はまだまだ肌寒い。

「起きないんだったら、いたずら、しちゃうんだからね?」

 知ったこっちゃない。寝返りを打って無視する。
 毛布の中では、もぞもぞと何かが蠢いていた。
 恋斗ではない何者かが彼の身体に密着している。
 遮光カーテンはとうに全開で、朝焼けが瞼の表を焦がしていた。
 すかさず毛布で頭まですっぽりと覆う。
 重い瞼を擦って、ゆっくりと開けてみる。

 目と鼻の先に幼馴染の明坂なずながいた。制服姿で。
 グラスアイのようにくりくりした、大きな黒目が覗いている。
 ショートカットの茶髪からはふわっとシャンプーの匂いが
 いつも通りの、日常だった。ゆえに驚くわけもなく。

「おはよー、レンくん。あともう少しで――、キス、されちゃうところだったね」
「はっ、しないくせに。……おはよう」

 彼女は、蠱惑的な笑みを浮かべていた。
 なずなの言っていることを本気にしてはならない。
 彼女は恋斗があたふたする姿を見るのが何よりも好きだった。

「今、何時だよ。アラーム鳴ってないだろ?」
「六時半っ」
「……寝かせろ、せめて七時半まで」

 睡眠は生理的欲求だ。抑圧してはならない。眠い時は寝かせて欲しい。
 寝返りを打って、なずなに背を向ける。

「早寝早起きしなきゃだーめ」

 背中で指が突き立てられ、背筋に沿って滑っていく。

「あふ」
「……ふふ、気持ちいいんだ。やーらし」

 変な声を漏らしたら、耳元でなずなに笑われた。
 みるみるうちに顔が熱くなっていく。

「な、なにを――」
「――わたしのモニコを無視した日は、レン君絶対遅刻するよね?」

 本質を突いた冷たい声が鼓膜を震わす。ぐっ。その通りなので何も言い返せない。
 通っている都城高校まで、自転車で通える圏内なのに、恋斗は遅刻常習犯だった。

「さすがに新学年一日目にして、クラスで浮くのは嫌じゃない?」
「ごもっともです」
「なら今すぐに起きて……?」
「眠いものは眠い。あと三十分は寝かせてくれないか?」
「懲りないなあ!? 梃子でも動かないつもり?」

 生理的欲求と社会的欲求がせめぎ合った結果、妥協案で落ち着かせることにした。
 なずなが背中に不満げな唸りを投げつけてくるがちょっとだけ無視をしよう。

「ふーん」

 とうとうなずなは恋斗が起きないことを察したらしい。
 睡眠欲求は偉大だ。

「えいっ」

 ふと。
 ふにゅんと。
 背中のど真ん中で何か、柔らかいものが押し当てられる感触があった。
 身動きを取ろうとしたが、両腕は幼馴染ががっしりホールドされている。
 彼女の太腿が脇腹を跨ぐ。はだけたスカートから垣間見える薄い色素の肌が瑞々しい。
 びっくり……するわけもなかった。
 なずなと添い寝するなんて、幼少期からよくやっていたことだった。
 だから今更恥ずかしがる必要もない。
 日常に毒されているのかもしれないが、恋斗は気にも留めていなかった。

「学校、行かなくていいのかよ。遅刻するぞ?」
「三十分だけ、一緒に寝て、いい?」
「こっからは自己責任だっての。勝手にすればいいさ」
「あと、できれば背中向けないでほしいんだけど」
「注文の多い幼馴染だな」
「だってさ、向かい合って、ぎゅーってした方が……安心するから」

 なずなのご注文とあれば聞かないわけがなかった。
 だって、幼馴染だから。
 毛布の中の小宇宙で二人は身を寄せ合っている。恋斗と向き合ったなずなは、ふんふん、と鼻歌を口ずさみながら髪を彼の胸に擦りつけた。さながら、マーキングをする犬とか猫のように。恋斗はそんな幼馴染の背中に手を回して、ぎゅっと手元に引き寄せる。
 彼女の、清々しい匂いはほぼ唯一、恋斗を安心させる材料だった。

「ねえ、レンくん」
「……なに、なずな」
「わたし達、ずっと一緒だよね?」

 答えなんて、最初から決まっている。

「ああ、きっと、そうだろうな」

 なずなを引き寄せる腕の力がおもむろに強くなって、彼女に「ふふ、ちょっと痛いよ」とやんわり注意されてしまった。

 手放したくなかった。六連恋斗には、幼馴染を手放せない理由がいくつかあった。

「大好きだよ、レンくん」

 丸めた身体を密着させ、脚と脚を、腕と腕を絡めて、肌と肌を密にして。
 幼馴染の好意は一人部屋の静寂を埋めていく。

 結局、二人とも一学期初日から大遅刻してしまった。
 寝起きが悪くなかったので、別に構わないな――と、説教中の教師の手前で、恋斗は社会不適合な感想を脳裏に浮かべていた。

@0k0rait

幼馴染は『日常』だ。毛布に潜り込んでモニコしてくるし、添い寝だって別に恥ずかしくもなんともない。幼馴染のためだったら、俺はなんだってできる――そんな、二人のお話。『僕が幼馴染に縋るのをやめるまで。1』1-4 pic.twitter.com/qDtLb6feZO

2020-02-22 09:54:23
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@0k0rait

幼馴染は『日常』だ。毛布に潜り込んでモニコしてくるし、添い寝だって別に恥ずかしくもなんともない。幼馴染のためだったら、俺はなんだってできる――そんな、二人のお話。『僕が幼馴染に縋るのをやめるまで。1』5-7 pic.twitter.com/Y6I0UMRp9g

2020-02-22 09:54:25
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@0k0rait

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