戦後最初期の1948・昭和23年度に建設された魚の町団地(長崎市)について。その2。
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タケ @take_all_a

魚の町団地(長崎市)の見学レポートの続き、住戸編。まず48型の平面詳細図を載せておく。『公営アパートの設計について 標準設計の背景と展開』(建設省住宅局住宅建設課)から引用。48型は1948年1月に戦災復興院から組織改編された建設院(同年7月に建設省と改称)の住宅局が設計した。 pic.twitter.com/T3ax8qd9L2

2019-11-06 23:14:27
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タケ @take_all_a

平面(間取り)はおおむね47型と同じ。8畳 + 6畳 + 台所 + 便所の 2K で、洗面は玄関兼廊下の片隅に設置、浴室は無し。写真は8畳間から6畳間を見たところ。 pic.twitter.com/bol5rgGN5l

2019-11-06 23:16:57
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8畳間の押し入れとは反対側の壁。この壁は鉄筋コンクリート造の耐力壁だ。その表面に付け柱と織部床(おりべどこ、写真右上の幕板)を設けている点が実に興味深い。織部床とは床の間の形式のひとつ。 pic.twitter.com/kc2qYQqtQG

2019-11-06 23:20:58
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47型の8畳間には床の間があったが収納スペースを増やすため48型では廃止され、2間分の押し入れになった。織部床はその代用だろう。長押は初期の公団住宅にも標準で付いていたので珍しくないが、付け柱や織部床は見覚えがないなあ。 pic.twitter.com/BkehIVvUBZ

2019-11-06 23:29:05
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6畳間。前述の8畳間も同様だが、窓枠の上辺と長押が揃っていない。伝統的なデザインを継承した一方で、こういうところはあまり拘っていないようだ。なお、角部屋なので側面にも窓がある(左)。 pic.twitter.com/F6IgkmfFf8

2019-11-06 23:33:03
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そして右の壁に穿たれた小窓は何かというと… pic.twitter.com/8MexNXXY8e

2019-11-06 23:34:56
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台所とつながるハッチだ。ここを通じて配膳する仕掛け。つまり、6畳間は食事室に使うと想定した設計であり、後年に確立する食寝分離プランの萌芽がうかがえる。流しの横にダストシュートの投入口。台所作業の効率化への意識が高い。 pic.twitter.com/TqERbxE98K

2019-11-06 23:37:58
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台所の食器棚がとてもよく出来ている。初期の公団住宅の棚より上等では? 塗装はオリジナルではない。なお、ハッチも48型における改良点。 pic.twitter.com/HZBFyPDvuI

2019-11-06 23:40:48
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こちらが塗装されていないオリジナル状態の食器棚。流し・コンロ台は更新されたもの。 pic.twitter.com/egnoyyNjZE

2019-11-06 23:42:31
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玄関まわり。便器や洗面は更新済み。当初は和式(いわゆる汽車便)だった。 pic.twitter.com/LLbChGjovH

2019-11-06 23:45:34
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平面詳細図によると造り付けの下足箱があったが、狭い玄関の邪魔になるからか撤去されていた。 pic.twitter.com/P67KC7RuSP

2019-11-06 23:47:30
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福岡県を中心に、建築・団地・土木・産業遺産などについて、ツイッターにつぶやいたことをまとめています。個人サイトの方は放置中。