2021年10月18日
『荘園 墾田永年私財法から応仁の乱まで』(伊藤俊一、中公新書2662)を読んだ感想やメモなどのまとめです。
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銅大 @bakagane

伊藤俊一さんの『荘園』をパラパラと見ていて、禅僧代官(p224~)のところで、ややっ、と。 室町時代の禅寺は宋の寺院制度にならい、寺の経理や管財を担当する東班衆がいてOJTで仕事しながら人材育成をし、育った禅僧が寺外の荘園領主と契約して代官を派遣していたとか。ふむっ、ふむふむっ。

2021-09-27 16:05:14
銅大 @bakagane

室町時代の寺社には、宗教組織としての側面以外に、今は役所や大学や企業などが受け持つ、管理や決済などの業務を担う人を育成し、社会に供給する側面もあったわけです。そりゃあ、寺社と喧嘩したら、人がいなくなって実務がまわりませんわな。

2021-09-27 16:22:43
銅大 @bakagane

これが平和な江戸時代になると、管理業務は、僧侶ではなく武士が担当するわけです。また、平和なので惣村でも庄屋が若者を育成できる。今年の大河ドラマの渋沢栄一も、そうやって江戸時代の平和が育てた人材です。パックス・トクガワーナは、停滞だけを生み出したのではないのです。

2021-09-27 16:28:00
銅大 @bakagane

戦国兵站小説、明智家の勝手方『5:勝軍山城の兵粮入れ』では、寺社のOJTについて、こんな風に書きました。 >大量の仕事を手分けして行い、師僧が次世代を得度(ルビ:オン・ザ・ジョブ・トレーニング)する寺社内部には、必然的に多くの派閥ができる。 ncode.syosetu.com/n4666gx/5/

2021-09-27 17:13:11
銅大 @bakagane

伊藤俊一さんの『荘園』、読書メモ代わりに。9世紀から10世紀にかけての天候不順や相次ぐ天災が古代からの伝統的な村落を崩壊させる。古墳などの祭祀が途絶え、流民が増加。田堵(たと)と呼ばれる農具や手下を抱え、各地を渡り歩いて農耕を請け負う仕事が出てくる。

2021-09-28 01:52:30
銅大 @bakagane

日本の律令制度、初期では土地に根付いた有力者と、その支配地域をヤマトの中央政府が「認可」する形で、制度はあるが運用は任す、みたいなものだったようですが、異常気象や疫病などで人が損耗すると土地に根付いていた祭祀と権力が途絶える。損耗に強いのは血筋より組織。教団を持つ仏教大勝利。

2021-09-28 01:59:51
銅大 @bakagane

天皇家や藤原氏が仏教教団の座主(CEO)を出し続けたの、後継者を家の外にも置き続けることで、統治のノウハウも含めてバックアップを用意しておく役目もあったのかしら。そういう備えを用意できなかった地方有力者が天災などで権力を喪失していくから。

2021-09-28 02:07:55
銅大 @bakagane

墾田永年私財法(日本史の試験のせいで記憶に定着しやすい筆頭熟語)では、国司は任期中に墾田しても収公される。なので主に東国の国司は、馬を飼う「牧」の名目で良さげな土地を縄張りにし、任期が終わった後で「墾田」して自分のものにしたとか。

2021-09-28 02:14:51
銅大 @bakagane

9世紀から10世紀にかけ、天候不順が原因で古代集落が壊滅し、新たな農地を開拓しても意味がないので良さげな土地を求めて人の側が放浪する、という状況が11世紀になって天候が安定すると一変します。人類史における1万2千年前の定住生活スタートに似た感じが。

2021-09-28 09:49:13
銅大 @bakagane

現代で古墳の多くが由来が怪しくなってるの、古代集落が9~10世紀頃に壊滅し、それまで口伝のような形で祭祀をつなげてきた人々が消えた(死んだか、権力を喪失して祭祀ができなくなった)と考えると、なるほど辻褄があいます。

2021-09-28 09:55:36
銅大 @bakagane

伊藤俊一さんの『荘園』、読書メモ代わりに。12世紀の寒冷化と合わせて各地に荘園が増えます。波のように揺れ動く気候にさらされる日本列島では静的な社会は不可能で、常に動的に変動します。その振れ幅が限界を超えると白波が立つように制度が変化する。武家の台頭も、白波と呼べましょう。

2021-09-29 15:31:57
銅大 @bakagane

9~10世紀は気候が安定せず、田畑の収穫が常に変動しているからこそ、中央の上位権力とつながって庇護を求める必要があった。中央は役人を派遣して現地の状態を確認していたが、現地勢力が力をつけてくると軋轢も生じ、自営を許すようになった。それが荘園という仕組みへとつながっていく。

2021-09-29 15:45:22
銅大 @bakagane

荘園の諸職は、中央に任免権があったので、現地勢力から見れば不公平もあった。それが平家の台頭でついに我慢の限界に達し、そこに頼朝のような地方の反乱が成功する余地があった。反乱の成功によって地頭などの制度が生まれたことで、逆に荘園制度は安定します。

2021-09-29 15:50:46
銅大 @bakagane

こうしてみると、日本列島という不安定な気象と頻発する天災に見舞われる場所だからこそ、日本社会は常に動的な要素を残してゆらゆらしてるのだとわかります。荘園などの制度がわかりにくいのも道理です。常に、現状に合わせて細かいところが変化し続けている。

2021-09-29 15:53:10
銅大 @bakagane

『荘園』の副読として桃崎有一郎さん『武士の起源を解きあかす』をチラ読みしていたのですが、蝦夷征討が終わり、律令の軍団が解体され、代わって群盗が暴れるヒャッハーな9~10世紀頃に移動型農民集団の田堵が国司と契約しつつうろついているわけで、このへんは物語的にも面白い題材になりそう。

2021-09-29 22:02:36
銅大 @bakagane

『天空の城ラピュタ』的な物語にするとですね、田堵の親方の一行についてまわる少年(パズー)が、滅びた古代集落の近くで、古墳の祭祀を担当していた旧家の巫女であった少女(シータ)と出会ってですね(手をろくろ)

2021-09-29 22:05:04
銅大 @bakagane

‥‥やはり、埴輪ロボが暴れなくてはならぬのか。

2021-09-29 22:05:38
銅大 @bakagane

伊藤俊一さんの『荘園』、読書メモ代わりに。13世紀。中国の銅銭が大量に日本に輸入されて代銭納が進みます。この時に沈んだ商船の1隻から8000貫文(800万枚)の銅銭が見つかり、同時期に年間20~30隻が往来していたので年間約20万貫文(約2億枚)の銅銭が日本にきていた計算に。

2021-10-01 21:59:56
銅大 @bakagane

代銭納。年貢として納めていた絹の良し悪しからスタートします。年貢としては同等の良質の布1反と粗悪品1反では、それはもちろん良質の方が使い勝手がよい。それで、良質の絹は銭にかえるようになります。やがて水運などが整っておらず、運ぶコストがかかる地域が銭の代納を求めはじめ全部銭に。

2021-10-01 22:03:37
銅大 @bakagane

米などの物品も、労役にかりだす人も、すべてが代銭納されるようになると、京にいる領主と荘園との間での心理的な紐帯が薄くなります。社会が安定している間はそれでもいいですが、日本の気象変動がそんな社会の安定を許すはずもなし。そして何かあった時「もう年貢納めなくていいか」になるのですよ。

2021-10-01 22:10:45
銅大 @bakagane

伊藤俊一さんの『荘園』、読書メモ代わりに。荘園の代官などの現場職って、任免権をオーナー側が握っていて、管理人はいつクビになるかわからぬ不安定なお仕事だったのだなぁ、と。不安定だからオーナーにすり寄る。身内や隣近所で管理人職を求めて争う。京から遠い坂東だと常に隣人こそが恐ろしい。

2021-10-04 08:29:20
銅大 @bakagane

鎌倉が支持を得たのは、武士にとっての最大の懸案事項である世襲を許してくれたところにあるといえるかもです。鎌倉に従ってくれるなら、地頭職は親から子へ継承してもかまわない。年貢という数字を出し続けなければクビを切られる代官と比べ、安定している。

2021-10-04 08:35:39
銅大 @bakagane

ガンダムパロ風にしますと。 キシリア「年貢が増えぬようだが」 トワニング「は。天候の不順が響いているようです。ですが、彼らの勧農の志はっ──」 キシリア「話は信じるが、数字だけが問題なのでな。未納が多すぎるようだ」

2021-10-04 08:51:41
銅大 @bakagane

伊藤俊一さんの『荘園』、読書メモ代わりに。「逃散」という言葉。前にNHKで『タイムスクープハンター』で農民の暮らしで出たことがあった、農民たちが一揆などで耕作を放棄して山に隠れたりするヤツ。あれ平安~鎌倉時代だと、田畑も家も捨てて別の土地へ移住するくらいの感覚だったのではと。

2021-10-07 09:30:10
銅大 @bakagane

江戸時代以後の感覚で、田畑と農民は不可分な関係、という風に感じていると、自然の猛威に人間が手も足もでなかった時代の、あちこちに耕作放棄地が広がり、田堵に代表される農業請負業者がウロウロして「今年はこのへんの土地を耕してみるか」とかやってた時代がわかりにくい。

2021-10-07 09:34:28
銅大 @bakagane

平安時代から京は、人口が多く、常に米が流れてくる土地でした。飢饉が起きるたび、飢えた人々は米を求めて京を目指します。値段は1石=1貫文くらいだったのですが、応仁の乱以後、人口が減少すると米の価格も下がり、16世紀は平均して540文くらいと。

2021-10-07 10:11:03
銅大 @bakagane

伊藤俊一さんの『荘園』、読了したので感想を徒然に。昨今も、台風など大雨による洪水や、地震の被害がニュースで流れておりますが、日本列島に暮らすかぎり、天災から逃れることはできません。そして、昔ですと気象衛星も土木機械もなく、天災にはほとんど手も足も出ない状態でした。

2021-10-07 10:37:17
銅大 @bakagane

律令前の日本ですと、地域間の輸送力も乏しいので、ほぼ完全に自給自足です。そして自給自足で誰も助けてくれぬからこそ、神仏に頼り、祭祀に頼る。より強い、ご利益のある神仏を、祭祀を求める。大和王朝はそういう風にして習合していったのであろうと思います。軍事ではなく祭礼で支配する。

2021-10-07 10:42:31
銅大 @bakagane

ほら、ヤマトタケルの遠征とか、どう考えても軍事力で地方の豪族をどうこうできるほどの生産力とか輸送力とか、当時の日本にはなさそうじゃないですか。神様の代理人ですよ。天災の多い日本では、ご利益のある神様と祭礼を背景にした人々に、なんもかんも押し付けたのです。

2021-10-07 10:46:18
銅大 @bakagane

大陸から渡ってきた律令制度。公地公民。当時の人々は「これだ!」と思ったんじゃないでしょうか。すべてを朝廷に押し付け、これで天災もなく安心‥‥てなことはなく、まあ、安心はあっても、結局天災はきますわな。なので、調整しつつ地方自治を続ける方策として荘園制度が生まれた。

2021-10-07 10:50:15
銅大 @bakagane

荘園という名前は受け継がれても、中身は地域と時代で微調整。だから、荘園の名前を冠していても、平安時代と鎌倉、南北朝、室町、応仁の乱以後とで、まるで違う。東と西でも違う。気象変動の影響も受ける。それが荘園のわかりにくさなのでしょう。

2021-10-07 10:59:05
銅大 @bakagane

中央に頼っていた管理や祭祀が、地方でもできるようになり、地元の寺社を中核にまとまった惣村が力をつけたことで、荘園制度は終焉を迎え、江戸時代になります。ですが、それまでの長い歳月にもちゃんと意味がある。地方が中央とつながり続けたことで、流通が発達し、貨幣経済が行き渡った。

2021-10-07 11:04:01
銅大 @bakagane

荘園制度は、中央の貴族や寺社が一方的に搾取しているようにも見えますが、当初は地方にも利益があったわけです。朝廷や神仏の権威を背景に、利権の調整や管理業務ができる中央を、地方は頼った。そして頼る必要がなくなってきたから、追い出された。

2021-10-07 11:07:30
銅大 @bakagane

割符。商人を経由した小切手のようなもの、という理解だったのですが、細部はちょっと違ってたのでメモ。 送金側が、まず商人に金を渡す。商人はその金を使って物品を買い、受取人がいる地方へ物品を送る。割符はこの時に2分割し、片方は物品につけて送り、片方は送金側に渡す。

2021-10-07 21:36:12
銅大 @bakagane

送金側は、受取人へ、割符を送る。割符を受け取った人は、商人のところへ割符を持っていく。物品と一緒に割符の片方が届いていれば、商人が照合して金を渡してくれる。物品は市場で売って、その時の利益は商人が受け取ることで手数料の代わりとする。

2021-10-07 21:38:38
銅大 @bakagane

ゆうきまさみさん『新九郎、奔る!』では、京の須磨母上が荏原にいる新九郎に割符で送金しています。この時に割符のもう片方は、福山(草戸千軒町か鞆の浦?)へ商品と一緒に送られているのだろうと思われます。割符を受け取った新九郎は、笠原美作守あたりに持たせて銭を取りにいかせたのでは。

2021-10-07 21:57:32
銅大 @bakagane

大河ドラマ『麒麟がくる』では、十兵衛光秀が丹後攻略を担当しました。その丹後の、光秀の百年前の15世紀半ばの荘園の領主比率の円グラフが『荘園』にのっておりました。(p213)守護領8%。守護被官8%。国人領主15%。守護である一色氏指揮下の武家領は1/3でしかありません。

2021-10-08 12:38:00
銅大 @bakagane

残りは誰が持ってたかというと、京の寺社23%、丹後の寺社9%で1/3。残りは幕府関係者が21%、一色以外の守護が7%です。この幕府関係者の中には『新九郎、奔る!』でも登場する伊勢家も含まれます。京に近いこともあって、管理が楽だったのでしょう。そして、これでは戦国の世でもまとまらぬわけです。

2021-10-08 12:43:38
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まとめたひと
銅大 @bakagane

のんびりこんびり、三割なほら吹きおじさんです。

コメント

銅大 @bakagane 2021年10月18日
伊藤俊一さんの『荘園』を読んで感想やメモをツイッターで流しておりましたが、mintでまとめてみました。
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