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丹治吉順 a.k.a.朝P, Tanji Yoshinobu @tanji_y

メトカーフの法則は、ヒット作家なりヒット作品なり、文化全般にも当てはまる残酷なもので、それでもなお、例えばバッハの価値を伝え続けたスヴィーテン男爵のような「たった一人の心底からの共感者」を得た作家・作品は、甦る可能性を持つ。それが文化というものが秘める真の夢だと思っている。

2019-09-10 14:16:19
丹治吉順 a.k.a.朝P, Tanji Yoshinobu @tanji_y

文化作品におけるメトカーフの法則の無残さ・残酷さ、つまり、「売れるものしか生き残れない」という現実を、私がデータに基づいて具体的に実感したのは2007年春。それは朝日新聞beで1ページの大型記事にし、別途 論文もウェブ上に無料公開した。 この無慈悲さは、息をのむ。 thinkcopyright.org/tanji-book.pdf

2019-09-10 14:53:07
丹治吉順 a.k.a.朝P, Tanji Yoshinobu @tanji_y

作品がどれほどまでに残酷に淘汰されるか、詳細は論文に書いたとおりながら、ひと目でわかるのがこの二つのグラフ。ほとんどの作品は、世に出たとしても、たいていはそのまま忘れられる──刺激的な表現をすれば「死ぬ」。 pic.twitter.com/Z0EMMULJ0Y

2019-09-10 14:58:20
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丹治吉順 a.k.a.朝P, Tanji Yoshinobu @tanji_y

作品の発表が文化産業(レコード会社や出版社など)を経由するしかなかった時代には、デビュー前にさらに関門があった。営利企業である以上、売れることが見込めないとデビューさせることは難しい。これも刺激的に言えば「足切り」。スカウトの目にかなわなければ、作品を世に出すことすらできない。

2019-09-10 15:03:04
丹治吉順 a.k.a.朝P, Tanji Yoshinobu @tanji_y

インターネットは黎明期からそのルールを徐々に変えてきた。今から見ればはるかに貧弱な初期のホームページでも、例えば文章作品を、その後、mp3などのアップロード/ダウンロードが可能になると、音楽作品も公開し、ファンを獲得する作家も現れた。とはいえ100ダウンロード程度で大ヒットという世界。

2019-09-10 15:07:45
桜花一門 @oukaichimon

@tanji_y 最近こち亀から、95年当時のインターネット人口が7000万人っていう数字を見て、95年でもそれだけ人がいたから、ヒットしたもののダウンロード数も多かったのだろうっておもっていたら、100ダウンロードでも大ヒットって尺度だったのかと、また新たな知見が

2019-09-10 15:11:04
丹治吉順 a.k.a.朝P, Tanji Yoshinobu @tanji_y

この残酷なデータを算出して(たぶん同種のデータを出しているのは世界でも3人程度のはず)、文化という豊かな言葉と裏腹の無慈悲さに戦慄した2007年という同じ年、前提のいくつかを大きく変える現象が起きた。同年初めのニコニコ動画正式開始、そして8月31日の初音ミクの登場。

2019-09-10 15:27:48
丹治吉順 a.k.a.朝P, Tanji Yoshinobu @tanji_y

@oukaichimon 音楽作品をDLできる、ないしネットで聴くことが知られていなかったというのが一つあります。習慣になっていなかったんですね。もうひとつが、これから述べますが、「歌ものが少なかった」。歌の収録には、たいへんなコミュニケーション力と、スタジオ代という馬鹿にならないお金が必要になりますから。

2019-09-10 15:31:39
丹治吉順 a.k.a.朝P, Tanji Yoshinobu @tanji_y

ちなみにニコ動の開始は2006年末が正しいのではないかという声もあると思いますが、「2007年初めとしていただいてOKです」というドワンゴ広報さんからの確認をいただいています。

2019-09-10 15:32:43
桜花一門 @oukaichimon

@tanji_y インスツルメンツより歌の方がやっぱり人を惹き付けるのかー 人は最終的に人にしか興味を持たない、ってどっかの誰かが言っていた気がしましたが、そうなのかも

2019-09-10 15:33:43
丹治吉順 a.k.a.朝P, Tanji Yoshinobu @tanji_y

@oukaichimon 実際の各種ヒットチャートを見ても、インスト曲というのはほとんどないですよね。

2019-09-10 15:34:16
丹治吉順 a.k.a.朝P, Tanji Yoshinobu @tanji_y

初音ミクの登場と、ニコニコ動画のサービス開始時期が逆転していたら、この(個人的に奇跡と思っている)現象は起きなかったと思う。ニコニコ動画→初音ミクという登場順だったから、しかも間に8カ月程度というかなり適度な準備期間があったから、この”奇跡”は現実になった。

2019-09-10 15:39:52
丹治吉順 a.k.a.朝P, Tanji Yoshinobu @tanji_y

メトカーフの法則などと並んで、個人的に真理と感じているもうひとつの法則が次。 「量的変化は質的変化を引き起こす」 ニコニコ動画と初音ミクの起こした変化は、こまごまとした質的変化以上に、圧倒的に量的なものだった。量的変化は、地殻変動レベルの質的変化を引き起こす。

2019-09-10 15:48:46
丹治吉順 a.k.a.朝P, Tanji Yoshinobu @tanji_y

初音ミクとニコニコ動画が起こした変化のごく一部を挙げれば、 (1)デビューや作品発表のための障壁(前述の「足切り」含む)がほぼゼロになった (2)ボーカル作品の制作・発表コストが劇的に低減した (3)n次創作の制作・発表が著作権的にほぼ「白」になった(PCRなどの後押し)

2019-09-10 19:18:11
丹治吉順 a.k.a.朝P, Tanji Yoshinobu @tanji_y

(4)作品を通じて、ジャンルを越えたクリエイター同士のネットワークが、自然発生的に、かつ大量に生まれた(2008年2月のMMD無料公開後さらに大幅加速) (5)作り手と聴き手の直接のネットワークも同様 (6)100ダウンロード程度ならヒットだった従来の音楽作品の聴取規模が3〜4桁レベルで上がった

2019-09-10 19:24:23
丹治吉順 a.k.a.朝P, Tanji Yoshinobu @tanji_y

(7)そうしたも要素の複合的結果として、文化作品の伝播にかかわる本質的な原点回帰が起きた。人は、愛する作品を単に語るだけでなく、自分なりのリスペクトを込めて再構成し、再び他の人に伝えることが許された。「シンデレラ」の類話が世界で千近く存在するのと同根の現象が、現代に再現された。

2019-09-10 19:29:55
丹治吉順 a.k.a.朝P, Tanji Yoshinobu @tanji_y

(8)しかも「シンデレラ」類話などが生まれた口頭伝承の時代には不可能だったこと、つまり「原典」が確認できる一方で、そうした派生作品が同時に存在できた。当初、誰も振り向かなかった作品でも、無上の価値を見出す誰かが情熱を込めた二次創作をすることで、存在を知らしめることができた。

2019-09-10 19:36:30
丹治吉順 a.k.a.朝P, Tanji Yoshinobu @tanji_y

「初音ミクの奇跡」という情緒的表現を、客観的文言で説明すれば以上のようになる(これでも一部)。 「初音ミク現象」という呼び名にはこうした裏付けがある。歌声合成エンジン、コメント機能付き動画サイト、キャラクターつきソフトウェア──それら個々の要素が止揚された結果としての「奇跡」。

2019-09-10 19:45:10
丹治吉順 a.k.a.朝P, Tanji Yoshinobu @tanji_y

私が、さまざまなVOCALOIDやUTAUほかの歌声合成ソフト、およびキャラクターを、初音ミクに代表させて語るのは、そういう意味もあります。 それまでの作品制作や発表、作品生存に宿命的に課せられたさまざまなルールを根本から変え、ないしは揺さぶった。このルールチェンジをしたのは彼女のみ。

2019-09-10 19:51:22
丹治吉順 a.k.a.朝P, Tanji Yoshinobu @tanji_y

複数のレコード会社や音楽業界の関係者に普通に聞いた話。 「アマチュアバンドなどをスカウトする際、ほとんどの場合、仕事は辞めてもらう必要がある。だがデビューから3枚程度アルバムを出して売れなければ、契約は更新できない」 かつて作品を世に出すとは、人生を賭けた決断と隣り合わせだった。

2019-09-10 19:57:57
丹治吉順 a.k.a.朝P, Tanji Yoshinobu @tanji_y

初音ミク現象に注目していたレコード会社の人はこう続けた。 「初音ミクの登場で、クリエイターのチャンスは本当に広がったと思いますよ。我々にしても、人生を賭ける決断を迫るのは、どうしてもためらいがある」 別の人は「我々としても、賭けを避ける判断材料が増えた」と現金に語った。

2019-09-10 20:00:53
丹治吉順 a.k.a.朝P, Tanji Yoshinobu @tanji_y

そのうえで、「忘れられる作品」「注目されない作家」がなお生まれるのは、これはもはや「文化作品は根源的にそういう宿命的性格を持っている」という原点を確認するしかない。それでもなお、(7)(8)に書いたような原理により、その危険は従来に比べてはるかに低減されている。この図を再掲。 pic.twitter.com/vtxu6zzCZG

2019-09-10 20:08:56
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丹治吉順 a.k.a.朝P, Tanji Yoshinobu @tanji_y

2007年初めの2カ月半ほど、亡き著作者たちの名前一つ一つを国会図書館データベースに入力しては、その無残な「死滅ぶり」に、時に肌粟立つ思いをしながらまとめた実データが、このリンクのエクセル表です。一人一人が実在の人物、そして圧倒的多数が忘れられた著作者たち。 dropbox.com/s/9givjdcuwzby…

2019-09-10 20:40:22
丹治吉順 a.k.a.朝P, Tanji Yoshinobu @tanji_y

こうしたデータを実際に算出した者として、デジタルコンテンツや文化作品に抱く恐怖に近い危惧は、ある日、痕跡程度しか残さずこの世から消えてしまうものが多数あること。 ソシャゲなどは典型的。ほぼ完全にかき消える。再評価の材料すら残されていない。グーテンベルク以前に戻っている。

2019-09-10 21:04:51
丹治吉順 a.k.a.朝P, Tanji Yoshinobu @tanji_y

自分が初音ミクとニコニコ動画に感じた初期衝動のようなものは、こうした「デビューや作品生存の無慈悲な現実」に影響されていると今も思う。 2008年2月に朝日新聞に書いた最初の記事で登場してもらったのは、専門学校生・夏樹くらさん、プロのサウンドクリエイターOPAさん、そしてワンカップP。

2019-09-10 22:14:34
丹治吉順 a.k.a.朝P, Tanji Yoshinobu @tanji_y

OPAさんは間違いなくプロ音楽家。ただし「こういう場面で使いたい」というクライアントの注文に応じることが条件。自分の表現したいことではなく、クライアントの意向が最優先。 「僕はアーティストではないので、自分が表現したい作品は発表できませんでした」という彼の言葉は忘れられない。

2019-09-10 22:19:20
丹治吉順 a.k.a.朝P, Tanji Yoshinobu @tanji_y

「アーティストではないので」──その言葉どおり、音楽を生業としていても、自分の内的世界を作品として世に問えるのは、「アーティスト」と呼ばれるごく一部の人々の特権だった。 OPAさんが愛用したのはMEIKO。男性作家が女性ボーカル曲を制作・発表できることの画期性。

2019-09-10 22:22:41
丹治吉順 a.k.a.朝P, Tanji Yoshinobu @tanji_y

その「アーティスト」もまた、激しい生存競争にさらされている。前述したとおり、「仕事を辞めてデビューして、その後に出したアルバム3枚程度が大して売れなかったら、契約更新は困難」というレコード業界の現実。 人々に「夢」を売る文化・音楽産業の、これがもうひとつの姿。

2019-09-10 22:25:48
丹治吉順 a.k.a.朝P, Tanji Yoshinobu @tanji_y

2番目の記事。2009年3月21日の朝日新聞be。この記事の主役はryoさんだった。初音ミクとニコニコ動画を舞台に登場した才能が、ソニー・ミュージックからデビューするシンデレラストーリーがメイン。 ただし、同時に登場してもらったのは、わーいの人さん、sippotanさん、rankingloidさん、樋口優さん。

2019-09-10 22:29:57
丹治吉順 a.k.a.朝P, Tanji Yoshinobu @tanji_y

ryoさんのメジャーデビューは、もちろん大きく取り上げるべき価値があった。ただ、それで終わらせるのは間違っていると自分は思った。 この文化を縁の下で支えている人々を同時に記しておかなければ、全体像をミスリードするという強烈な自覚があった。だから、4人の方にご登場願った。

2019-09-10 22:34:00
丹治吉順 a.k.a.朝P, Tanji Yoshinobu @tanji_y

わーいの人さんは、ボーカロイドを愛好する人々の交流サイト「ボーカロイドにゃっぽん」の管理人のお一人。先行した同系の試みが諸々の問題を抱えて頓挫した後、「安心して交流できるように」と運営に心を砕いた。sippotanさんはいうまでもなくボカロ曲のランキング動画を欠かさず投稿し続けている人。

2019-09-10 22:37:15
丹治吉順 a.k.a.朝P, Tanji Yoshinobu @tanji_y

rankingloidさん。今はもう知らない人の方が多いかもしれない。けれど、ランキング動画を楽しむ人の大半がこの人の恩恵に浴している。 ランキング動画自動生成システムを作り、無料提供した。日刊ぼからんはその成果。仕事が多忙で運営は終えても、システムのメンテナンスは継続していると聞く。

2019-09-10 22:43:05
丹治吉順 a.k.a.朝P, Tanji Yoshinobu @tanji_y

基本原理は、ピノキオピーがシンプルに歌い上げたこの歌のとおり。 「今日もいろんな音楽がたくさん生まれて死んでいく」 この歌詞を何度も何度も繰り返した後に、一度だけ、力強くひとこと。 「死んだと思った音楽があなたに聴かれてよみがえる」 ~「ニッポンの夜明け」 youtu.be/_Pp5qn7mlXg

2019-09-10 23:14:51
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丹治吉順 a.k.a.朝P, Tanji Yoshinobu @tanji_y

音楽は生まれる、そして死ぬ。もうそれは、何百年も前からの、文化作品の宿命。 それをよみがえらせるために、作品がそういう聴衆と出逢えるように、数多くの人がこの文化を支えている。 たぶんいま筆頭に挙げられるのは産総研の後藤研究室で、「Kiite」の登場は大きい。 kiite.jp

2019-09-10 23:19:44