H30年度はりま歴史講座の講義内容に関するまとめ。
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ながら @magnolia_cage

ちなみに戊辰戦争はどっちが勝ってもおかしくなかった戦争で、元々戦力的には幕府軍のほうが優勢で、戦術的にも仏式伝習隊が勝ってたんだけど、結果として戦略と時機で新政府軍が勝った感じ、薩摩が砲兵を重視してそこにつぎ込んだのと長州の戦闘経験値の高さがね…とのこと。

2018-07-16 23:43:47
ながら @magnolia_cage

戊辰戦争後、収管された伝習隊が今度は伝習する側になって、明治の日本陸軍創設に関わっていく。政府もフランスの軍事顧問団を再招聘して軍制を整えていくんだけど、この後、日本の軍制はフランス式からドイツ式に移行していくんです。…ってところで本日の講義は以上でござい。

2018-07-16 23:43:48
ながら @magnolia_cage

そんなわけで、かなり面白い講義でした。 割と端折ったつもりだけど長くなったよ…。

2018-07-16 23:45:16
ながら @magnolia_cage

そんなわけで、鳥さんとどん講座です。 pic.twitter.com/tYTlDTqOVU

2018-09-08 13:26:03
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そんなわけで、鳥さんとどん講座です。 pic.twitter.com/R7t9h06yWD

2018-09-29 13:13:46
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ながら @magnolia_cage

さて、遅くなりましたが、はりま歴史講座「明治維新の勝者と敗者~西郷隆盛と大鳥圭介の時代~」の第6回「大鳥圭介の欧米産業踏査と日本の産業発展」(講師:中川由香/日本工営株式会社技術士)の駆け足まとめにまいります。

2018-09-29 19:53:22
ながら @magnolia_cage

歴史とは社会、経済、法制度、文化、科学技術を含めた総体的なシステムの変遷であって、それを左右するのはいわゆる偉人である個人ではなく、技術、インフラ、経済であるというお話から始まりまして、大鳥圭介が歴史の中で成したことってなんだ、というところへ。

2018-09-29 19:53:22
ながら @magnolia_cage

社会科学やら技術工学やらの鳥さんの功績については、ふぉろわさんにはもう説明不要かと思いますが、明治5年から明治7年にかけての米英産業視察での知見から、帰国後、日本の資源開発と産業育成に大きく幅広く関与していくわけです。

2018-09-29 19:53:23
ながら @magnolia_cage

その辺はもうほんとに幅広すぎて割愛しますけれども、大鳥さんが日本の産業発展や社会科学と文化の振興のためにやったこと説いたことというのは、十分現代にも通用するものであって、過去に学ぶことは未来を考えることにつながるよね、というところで、ひとまず。

2018-09-29 19:53:23
ながら @magnolia_cage

なんていうかもうレジュメはコピーするからこんな駆け足のまとめじゃなくてぜひそっちを読んでおくれよという分量の講義なので、歴クラのふぉろわさんは機会があればこの方の講演を聞いておくれよ、まじで…。

2018-09-29 19:53:24
ながら @magnolia_cage

本日は、はりま歴史講座「明治維新の勝者と敗者~西郷隆盛と大鳥圭介の時代~」の第七講「日清戦争開戦前後の朝鮮情勢と大鳥圭介」(講師:木村幹/神戸学院大学大学院国際協力研究科)でした。

2018-09-29 20:33:04
ながら @magnolia_cage

19世紀後半の朝鮮王朝は政治的には国王、台閣、士大夫の三つ巴。国王として即位した13歳の高宗は当然立場が弱いし、前国王の養子なので、生父は存命してたからまた面倒くさい。

2018-09-29 20:33:05
ながら @magnolia_cage

この生父が興宣大院君。本来であればただ単に生父ってだけで政治的権限も何もない立場なのに、高宗の跡継ぎに関して口出ししてくるもんだから、高宗の正妃である閔妃と対立するようになる。 …世界史はさっぱりわからないながらさん、既に涙目。

2018-09-29 20:33:06
ながら @magnolia_cage

で、まあ、その辺は前置きとして置いといて、当時、朝鮮というのは地理的には「世界の果て」であり、欧米の艦隊は清、日本を経たのち、朝鮮に来航して同じように開国を迫るわけですよ。欧米の艦隊って強いと思うでしょ? でもそうじゃないんだな。

2018-09-29 20:33:06
ながら @magnolia_cage

艦隊と言ってもたかだか数隻の船で、人員も数千人程度。しかも、本国から援軍を呼ぼうにも当時の通信事情等からいけば、援軍が来るまでに半年ぐらいかかる。なので、戦って、やろうと思えば勝てるんだな。 で、朝鮮は勝ってしまった、2回も。

2018-09-29 20:33:07
ながら @magnolia_cage

その結果、朝鮮の開国は日本に比べるとだいぶ遅くて、開国したころには既に日本はある程度富国強兵策を推し進めてる状態。開国した朝鮮も軍隊の近代化を進めるために新式軍隊を創設するんだけれども、これに対して旧式軍隊の不満が爆発。で、壬午事変が発生する。

2018-09-29 22:24:18
ながら @magnolia_cage

それに対して新中派(新清派)と親日派がそれぞれに派兵を依頼したことで、清と日本が朝鮮に介入。以降、朝鮮にそれぞれの軍隊が駐留することに。 で、自国の軍隊が役に立たない朝鮮は開化政策の姿勢を強めていくんだけれども、今度はその開化派の中で、親中派と親日派と新露派に分裂するんだな。

2018-09-29 22:24:19
ながら @magnolia_cage

で、この親日派が甲申政変を起こして、それを清の駐留軍が制圧したことで、清は朝鮮への内政干渉を強めていく。その中心が袁世凱と李鴻章。 袁世凱は朝鮮を下に見て、高宗のこともけちょんけちょんに言うもんだから、高宗はこっそり親露派と結んでロシアを引き込もうとする。

2018-09-29 23:56:31
ながら @magnolia_cage

けど、この露朝密約は上手くいかずに露見して、袁世凱による高宗廃位計画なんてことに繋がっていく。 政権、政策が混乱していく中、各地で民乱(農民一揆)が多発。その中のひとつが東学党(宗教団体)に結びついたことで、甲午農民戦争(東学党の乱)に拡大、全土的な内乱となる。

2018-09-29 23:56:32
ながら @magnolia_cage

朝鮮王朝軍で制圧、掃討出来ない規模になってしまったことで、高宗は清に出兵を依頼。天津条約に基いた行文知照で、日本も朝鮮に派兵。…で、日清戦争に至る、と。

2018-09-29 23:56:32
ながら @magnolia_cage

で、まあ、この甲午農民戦争から日清戦争に至る辺りの時期に朝鮮公使だったのが大鳥圭介だってことはふぉろわさんは百も承知でしょうな。

2018-09-30 00:07:01
ながら @magnolia_cage

この朝鮮公使という役職、実は様々なランクがありまして、上から公使(全権公使)、弁理公使、代理公使。大鳥圭介が全権公使として任命されるまでの歴代朝鮮公使は弁理公使か代理公使で、中国公使館経由の外交官か、非中国公使館経由の外交官、長州閥あるいは政治任用の非外交官。

2018-09-30 02:03:04
ながら @magnolia_cage

(個人的にはこのあたりの説明がいちばん「ほほぅ」ってなった)

2018-09-30 02:03:05
ながら @magnolia_cage

外交官としての大鳥圭介は1889年に駐清国特命全権公使に任命されたのが端緒。当時の内閣は薩州閥の黒田内閣。任命にあたっては、当時もっとも極東外交に通じた人物でもあった榎本武揚に因るところも大きい。

2018-09-30 02:03:06
ながら @magnolia_cage

当時の日清両国の関係そのものには大きな懸案事項もなく、清国公使としては目立った活躍はなかったのだけれども、同じ頃、朝鮮では防穀令事件が発生していて、その過程で当時の朝鮮公使が下手を打ったこともあって、1893年に駐朝鮮特命全権公使を兼任することになる。

2018-09-30 02:03:07
ながら @magnolia_cage

前述の通り、当時の朝鮮王朝は清の多大な影響下にあったので、駐清公使館と駐朝鮮公使館の連携を図る上では、トップが同一人物というのは日本にとっては都合がよかったんだな。朝鮮としては不満だけど。

2018-09-30 02:03:07
ながら @magnolia_cage

で、大鳥が朝鮮公使に任命された翌年(1894年)、甲午農民戦争が発生。 6月1日、朝鮮王朝は清に鎮圧のための派兵を要求。日本も天津条約に依って6月3日に朝鮮への出兵を決定するのだけど、当時の内閣総理大臣である伊藤博文は、清国と共同して朝鮮に対する干渉を強化しようという方針だった。

2018-09-30 02:03:08
ながら @magnolia_cage

ところがだ、外務大臣の陸奥宗光は「何かあったら臨機応変に対応しろ」と対清強硬論な立場なんだな。 で、6月5日に横須賀を出発した大鳥と海軍陸戦隊は、6月9日に仁川に上陸。

2018-09-30 15:28:20
ながら @magnolia_cage

翌10日に大鳥は漢城に入るんだけれども、清と日本の武力介入を忌避した朝鮮王朝は慌てて民乱側と和解して、内乱が終息したと主張する。つまり出兵する大義名分はもうないから両方ともさっさと撤兵しろってことだ。それを聞いた袁世凱と大鳥は撤兵協議を行ったけれども当然どっちも撤兵する気はない。

2018-09-30 15:28:21
ながら @magnolia_cage

ひとまず朝鮮王朝、政府を味方につけるべく、大鳥は高宗に「清の内政干渉に依らない朝鮮の内政改革」を求める(し、そうするなら日本が清軍と戦いますよ、という)話を持っていくんだけど高宗は拒否。清国は増兵を決定。 イギリスやロシアもそれぞれ調停案を出してくるけれど、日清両国は拒否。

2018-09-30 15:28:21
ながら @magnolia_cage

7月19日に袁世凱が清に帰国したことで、日清間の外交的協議は破綻。陸奥は現地の大鳥に対して「閣下は自ら正当と認むる手段を執らるべし」と現場に一任する旨を伝達。それを受けて大鳥は、牙山の清国軍鎮圧ではなく、漢城の朝鮮王朝制圧を優先。7月23日、朝鮮王朝を制圧する。

2018-09-30 15:28:21
ながら @magnolia_cage

更に興宣大院君を担ぎ出して新政権を樹立させて、7月25日にその新政権から、清国との宗属関係の破棄と日本に対する清国軍掃討要請を出させたことで、豊島沖海戦が勃発して日清戦争の開戦に至る、と。 教科書だとこの辺いろいろ差っ引かれてるんだけど、なるほど、そういうことか。

2018-09-30 15:28:22
ながら @magnolia_cage

で、まあ、この過程における日本の対朝鮮外交、軍事的圧力に対する諸外国の反発が後の三国干渉につながっていくのだけれども、そもそも陸奥と大鳥は何をしたかったのか、という話に。

2018-09-30 15:28:22
ながら @magnolia_cage

開戦以前、日清の軍事力はほぼ拮抗してると考えられていた。当時、日本の制海権も確固たるものではなくて、いざ日清間で戦争をしようと思うと主戦場は朝鮮半島になるだろうと思われていたんだな。

2018-09-30 15:28:23
ながら @magnolia_cage

で、その主戦場になるであろう朝鮮半島での地理的政治的優位を獲得するためには、朝鮮王朝、政府を押さえて行政のコントロール権を握る必要があると。そのための経過がこうだったというわけだ。

2018-09-30 15:28:23
ながら @magnolia_cage

しかも朝鮮半島のインフラは無茶苦茶貧弱で、これを整えないことには国力も上がらんと思ったところもあるんじゃなかろうかと、前回講義と合わせて勝手に思っている。

2018-09-30 15:28:23
ながら @magnolia_cage

で、まあ、8月26日に大日本国大朝鮮国両国盟約による軍事同盟が成立。にも関わらず、清国軍営から大院君の密書が押収されたりして、10月7日に陸奥は朝鮮政府の内紛回避のために「万全の策」を要求。

2018-09-30 15:28:24
ながら @magnolia_cage

10月9日に井上馨が駐朝鮮特命全権公使の就任を受諾するに至って、10月11日に大鳥は公使を解任されるわけですよ。なんというか、一枚岩ではない日本の内閣と藩閥の間で旧幕臣故に詰め腹を切らされた形ですな。

2018-09-30 15:28:24
ながら @magnolia_cage

ただ大鳥の後に朝鮮公使になった井上も大概、朝鮮王朝の非協力に直面して、日朝関係は外交的破綻していくのですよ…、というところで今回の講義の駆け足まとめはここまで。世界史わかんなすぎてまじ涙目…_(:3 」∠)_

2018-09-30 15:28:24
ながら @magnolia_cage

さて、鳥さんとどん講座です。残り3回にして漸くどん部分が登場です。 pic.twitter.com/ogo7JukeXR

2018-10-27 13:32:28
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そんなわけで、本日の鳥さんとどん講座。 前回に引き続き、漸く出てきたどん成分。 pic.twitter.com/bp5YQpRDpR

2018-11-17 13:06:59
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ながら @magnolia_cage

では、はりま歴史講座「明治維新の勝者と敗者:西郷隆盛と大鳥圭介の時代」の第八回「南洲翁遺訓に学ぶ」(講師:三木英一/全国木鶏クラブ代表世話人会会長)の講義レポート、参ります。

2018-11-18 19:44:07
ながら @magnolia_cage

今年のはりま歴史講座のテーマに挙げられたもう一人、西郷隆盛という人が、どういう人物だったのかということを「南洲翁遺訓」から見てみましょう、というのが今回の大筋。

2018-11-18 19:44:07
ながら @magnolia_cage

この「南洲翁遺訓」というのは庄内藩の旧藩主、藩士が、明治に入ってから西郷隆盛と親交を深めていく中で、見聞きした西郷の言葉を集めて編纂した本で、明治23年に刊行されてます。

2018-11-18 19:44:07
ながら @magnolia_cage

庄内藩というのはご存知の通り江戸薩摩藩邸の焼き討ちなんかにも関与していて、戊辰戦争後に厳罰は免れない立場ではあったのだけれども、薩摩藩の口添えで比較的軽い処分で済まされた…というところから薩摩藩や西郷と親交を深めていったわけですよ。

2018-11-18 19:44:08
ながら @magnolia_cage

西南戦争に際しては庄内士族の動向を探る探偵が県下全域に放たれたって言うんだから相当ですな…。

2018-11-18 19:44:08
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まとめたひと
ながら @magnolia_cage

人形者で船好き、祭好き。寸延短刀(無銘/伝 兼道)と大脇差(備州長船住法光)の主。生息地は歴史沼(幕末明治箱館)と刀剣乱舞(🕊🐉🕊、他)。二次夢は無理。たまに刀剣短歌や二次創作も投げる日常垢。人目を憚る妄想は @in_a_casket にて。成人済。

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