#青の楽園 ’18 スプリング・エフィメラル

青の楽園／「羊たち」 @nowhereao

――どん、という大きな音とともに、中央区のとある家から煙があがる。 もうすぐ一時になろうという昼下がりのことだ。一帯の屋根に留まって囀ずっていた鳥たちが一斉に時計塔へと避難していく下、それを追うように、家の中からげほげほとむせ続ける黄緑髪の青年が現れる。 #空想の街 #青の楽園

青の楽園／「羊たち」 @nowhereao

ちょうど昼の一時を告げる時計塔を見上げながら、調子にのり過ぎた、と青年は反省していた。見知ったものの実験であれば失敗も何もないのだが、ここで手に入る街ならではの不思議なものに対しては、まだ色々とやらかしてしまう。 そうだ、しっかり換気しなくてはならない。 #青の楽園 #空想の街

青の楽園／「羊たち」 @nowhereao

やっと咳が治まってきた体で家へと戻り、天井から下がる無数のモザイクランプやらワイヤーオーナメントやらを掻き分け、手探りで紐を引いていく。 玄関から入り、暖炉や大きなベッドのある付近、キッチンやバスルームに続く扉のあるところ、実験のための机のあるところ、 #青の楽園 #空想の街

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薬品棚や電子機器のあるところ、昆虫標本や動物の骨格標本が並ぶところ、ホルマリン漬けのものやソファやシーシャの置かれたところ――奥へ奥へと歩きながら窓を開けていく。 窓なら天井だ。ここの屋敷を作った人間は何をどう考えたのか不思議だが、とにかく天井にある。 #青の楽園 #空想の街

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昔、窓からの光があまりに華やかなので、もしや、と一度屋根に上って調べたことがあるのだが、窓は厳密にいうと鉱石を薄く加工したものでできており、更に日光による変色や衝撃からの破損を防ぐための特殊ガラスで覆われていた。 本当に何のためにここは作られたのだろうか。 #青の楽園 #空想の街

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住み着いた頃から室内に転がっていた古書やら骨董品を見るからには、誰かの趣味の場か隠れ家だったとしか思えないのだが、生憎とその誰かに会ったことはない。誰にも咎められないものだから、つい住み続けてしまっていた。 雨でなくてよかった、と思いながら玄関へ引き返す。 #青の楽園 #空想の街

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通りすぎがてら電子機器の電源を落としていく。 いくらこじゃれた屋敷だとはいえ、実験をするには不安定な家だ。湿度も室温も変動が激しく、この通り換気扇や窓は天井にしかなく、埃もたまりやすい。それぞれの場所にしきりなどはなく、古書の山や柱がその役目を果たすのみ。 #青の楽園 #空想の街

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しかしそれでも住み心地はいい。誰もしつこく訪ねてこないので何を調べるにも集中していられる。それに、元々不安定な環境での実験には慣れっこである。 ――まだ室内の空気が完全に入れ換わるには時間がかかりそうだ。仕方がない、外で待とう。 #青の楽園 #空想の街

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外出時にはいつも纏っている群青の布と金の留め輪をポールハンガーから引きずり下ろし、それらをかぶりながらもう一度外へと出る。 鍵を回して施錠し、そういえば春だと今更感じた。道理でやたらぼうっとするわけだ。まるで青春でもしているかのように勝手に体が疼いて困る。 #青の楽園 #空想の街

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眠いのにそわそわする、これは春だけの特別な感覚だろう。振り向けば時計塔の周囲に春の花が咲いており、それを見て遊ぶ人々の姿があった。 そこに混ざる気にはなれないが、花を見るのはいいかもしれない。どのみちまだ家には戻れないのだし、せっかくの晴れなのだから。 #青の楽園 #空想の街

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無理やり自然解凍させた食パンの舌触りが最悪だ。 布を取る前に冷凍庫から気まぐれでひっぱってきたのだが、もっと考えればよかった。実験や読書などの作業に夢中になっていたり、他にいい具材があるときならば普通に美味しいパンも、晴れの日の花の前では霞んでしまう。 #青の楽園 #空想の街

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昼の食事がこれだけだというのも悲しい話だが、家の中は薬の煙まみれになってしまったので我慢するしかない。パンは持ってきていても金はそんなにないため、どこか店に入るのも気がひける。 もう夕方だ。そろそろ戻ってみようか、と中央区隅のベンチから腰をあげる。 #青の楽園 #空想の街

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いくら春でもあまり遅くなれば肌寒いものだ。ふとしたときの風がまだまだ冷たく、ついこの間まで紛れもなく冬だったことを突きつけられる。 咲き誇る花を仰ぎ、足元に揺れる草を見つめ、彼らが一年に一回しか騒がれない事実をおかしく思う。 #青の楽園 #空想の街

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忘れてしまうのだ。 覚悟しても思い出せない。雪に慣れたあたりで救いの顔をして春がやってくる。生まれて初めて花を見たかのように呆気にとられ、ずっと過ごしやすければと願う隙にいつの間にか夏になる。夏がどんなにべたべたしていて暑さで眠れないものなのか、毎年驚く。 #青の楽園 #空想の街

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秋になって食べ物がうまいだの思っていると突然日が短くなり、こんなに寒かっただろうかと嘆く冬が来る。そして一年経ち「去年もこんなことを言っていなかったか」と気がつく。 多くの生き物が季節とともに生きて死ぬ。ヒトにはそれがないから代わりに忘れるのかもしれない。 #青の楽園 #空想の街

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もう五時を回った。こんなに長く外にいたのは久々だ。 日暮れに連れだって帰るのは鳥も人も同じだ。雲が移動してきた青空に伸びる時計塔を確認し、土の匂いの濃くなってきている風につられて並木のほうをみる。祝福されることなど何もないというのに、贅沢な花吹雪だった。 #青の楽園 #空想の街

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最も花も樹も咲くことや春そのものがめでたいのであり、それを喜ぶ人間たちのことを祝ってやっているのではないのだが。どうもおかしなことを考えてしまう。 思い立って帰る直前に橋の上から水路を覗いてみる。予想の通り、花びらが固まって浮かんでいた。 #青の楽園 #空想の街

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風呂の湯が溜まるのを待っている。 帰宅して室内の空気がきれいになっているのを確認したあと、すぐに窓を閉めた。案の定、ぱらぱらと雨の音がするようになる。すぐに閉めて正解だった。布と留め輪はポールハンガーにかけ直し、上着をベッドへ投げ、今は風呂場だ。 #青の楽園 #空想の街

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これでは花がだいぶ散ってしまうだろう。惜しくはないが、なんとなくそんなことを考えつつバスタブの縁に腰かけて手元のビーカーで液体を混ぜていく。中身はぬるめた湯と液体石鹸だ。炭酸水なんかもあればいいのだが、割れなくすることが目的ではないのでこれで構わない。 #青の楽園 #空想の街

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一頻り混ぜて材料を均一にしたのち、ビーカーをバスタブの手前に置いて――ちょうど猫足の部分だ――輝く蛇口を捻って湯を止めた。もうもうと立ち込める湯気の中、インナーを脱いで脱衣所の籠へ投げ込み、一回体を軽く流してから、ちょうどいい温度と量の湯に浸かる。 #青の楽園 #空想の街

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しばらく湯がじわじわ肌に馴染むのを感じていたが、そのうち手探りでビーカーを拾い上げる。近くの小さなラックからあらかじめ先を切っておいたストローも取り、ビーカーに突っ込んで液体をつけてからふっと吹く。 白っぽい大理石の浴室に、ぱっ、とシャボン玉が舞った。 #青の楽園 #空想の街

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黄緑の髪がすべてまっすぐになっていたのは濡れていた間だけで、乾かしてしまえば右側がすぐにうねって跳ねだす。遊んだあとのビーカーを洗ってラックの下の方に押し込み、ストローは捨て、机の上の実験器具も片付けた。この屋敷にはシンクが三つほどあるため助かっている。 #青の楽園 #空想の街

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環境が科学実験向きだとはお世辞にも言えないが、それにしては備えがよすぎる。天体望遠鏡やら顕微鏡も元々揃っていたところを見るに、もしかしたらこの家を作った者はただの趣味人ではなく何らかの学者だったのかもしれなかった。 よく手を洗ってからキッチンに入り直す。 #青の楽園 #空想の街

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ここでも手を洗い、冷蔵庫からいわしを二尾取り出した。今朝日が昇る頃に港のほうで買ってきたものだ。春のじゃがいもをまるごと茹でている間にいわしの頭とはらわたを取り除き、塩をふっておく。十分ものの砂時計をひっくり返す。串でじゃがいもをつつき、通るか確かめる。 #青の楽園 #空想の街

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そろそろいいだろうか。串の通ったじゃがいもの水気を切っているあたりで砂時計の砂も全部落ちた。しばらく冷ますことにして、今度はいわしから水気を取る。フライパンにオリーブオイルを多目に引いて熱し、いわしには小麦粉をまぶして、一尾ずつ揚げ焼きにしていく。 #青の楽園 #空想の街

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いい色になったあたりでいわしから油を切り、キッチンペーパーののった皿の上に並べてパセリを振った。じゃがいもは上から十字に切り込みを入れてバターの欠片を乗せ、それがゆっくりと溶けていくのを待たずにトレイにのせて暖炉のほうまで運ぶ。フォークも忘れずに。 #青の楽園 #空想の街

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さすがに暖炉の出番はない時季でも、なんとなくここまで来てしまう。暖炉の目の前がベッドで、すぐそこに外への扉がある。ほぼキングサイズと言っていいような大きさの、天蓋つきのベッドの端に座り、日記を漁りながらフォークをくわえた。――どちらも塩気が効いていて旨い。 #青の楽園 #空想の街

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いわしのほうは酢漬けにでもすればもっといいのかもしれなかったが、生憎とそこまで手が回らなかった……、という日々をもうずっと繰り返している。が、日記に今日の気温やら天気やら、見たものなんかをしたためているうちにそんな考えも薄れた。 明日は晴れるだろうか。 #青の楽園 #空想の街

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雨は多分今夜でやむ。明るいときに机の周りの拭き掃除をしよう。今日のあれを二度と爆発させないようにまた観察し直しだ。反応を見るのはまだ早いだろうから、薬品は極力使わない方向でいこう。爆発後にどうなったかを見たかったが危険な気がする。 #青の楽園 #空想の街

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からになった皿が寂しげに残されたトレイを床に押しやって、上半身だけぱたんと広すぎるベッドに倒れた。 青も橙もまざる、無数のモザイクランプが揺れている。隙間から下がる星や月のオーナメントはランプの光を受けて全方向にきらめきを放っていた。 #青の楽園 #空想の街

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少し冷えてきた気がする。酒にしようかとも思ったが、冷蔵庫の上の隅に板状チョコレートの残りがあるのを見つけて気が変わった。砕いて器にいれ、レンジで柔らかくなるまで温める間、マグカップにミルクを注いで待つ。形を崩しているチョコレートと交代で次はミルクを温めた。 #青の楽園 #空想の街

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ミルクを温めている間に夕飯の皿から油を拭き取り、湯で流してシンクの奥に置いておく。明日の朝カップとともに洗おう。 取り出したミルクをチョコレートのほうのマグカップに移し、チョコレートを更に溶かす。スプーンでなめらかな色になるまで混ぜ、ベッドのほうへ戻る。 #青の楽園 #空想の街

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飲み終わったホットチョコレートのカップをベッドサイドの机に置き、ひときわ長く垂れ下がる紐を強めに引いた。途端に点灯していた無数のモザイクランプたちがすべて黙りこみ、奇妙な屋敷は暗闇で満たされる。 まだ曇っているのだろう、月光もろくに差さない闇の中だが、 #青の楽園 #空想の街

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普段から暗い中でも動いているため気にならない。手探りでひとつの棚まで移動し、中からライターと銀白色のリボンを取り出す。五センチほどに既に切っておいたものだ。 ピンセットにリボンを噛ませ、棚の隣にある小さなデスクの上に受け皿があるのを手で確認し、火をつける。 #青の楽園 #空想の街

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火よりも目を焼く白の光がリボンから放たれる。 視線をそらさずに見つめるのが好きなのだ。 目を守るグラスならある。ルーペにもなる五連に連なった愛用のあれだ。だが、これを焼くときだけは絶対に保護しない。ものの十秒ほど、リボンが酸素を奪い続けるのを見届ける。 #青の楽園 #空想の街

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「どうしてこんなにも目を奪われてしまうんでしょうね」 命や変化に惹かれるせいか。無意識に呟いたその直後、ふつっと燃焼がやんだ。 ――濃さを増した屋敷の中で瞼を下ろした。昼に見た花のように終わらぬよう、目の裏で何度も焼き付いた光をなぞる。眠るまで、ずっと。 #青の楽園 #空想の街

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#空想の街 でお世話になっている、灰間生という人間についての番外編です。彼の生い立ち、命いじりの真実、天上天下の過去、ララとの出会いなどを書きました。画像二枚目を確認の上でどうぞ。 青の楽園 番外 マグネシウムリボン #青の楽園 人体アパァト│不可村 天晴 nowhere7.sakura.ne.jp/main/fukashite… pic.twitter.com/eihG1OfcMa

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