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2022年2月9日
福岡市博物館(福岡市早良区)で開催された「第33回 新収蔵品展」の展示物を何点か紹介する。会期 2021/11/16 - 2022/1/30、撮影可。
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タケ @take_all_a

#福岡市博物館 (福岡市早良区)は新たに収集した資料の展示会を定期的に行っている。先日、その「第33回 新収蔵品展」(会期 2021/11/16 - 2022/1/30)を見てきた。 pic.twitter.com/3BhoKMgfYH

2022-02-09 22:14:09
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タケ @take_all_a

今回は平成30(2018)年度収集資料1608件の中から約100件が展示された。「新〜」といいつつ3年前の収蔵品であるのは、調査と目録作成に時間を要するからだろう。以下、個人的に興味深かったものをいくつか紹介する。 pic.twitter.com/ZwLYy8zO2c

2022-02-09 22:15:25
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タケ @take_all_a

博多湾の出入り口に位置する離島、玄界島(福岡市西区)で使われていた背負梯子「オイ」。少し調べたところ、背負梯子は各地で名称や形状が異なり、爪木があるものは西日本に多いという。 pic.twitter.com/6n9ztXsC7o

2022-02-09 22:17:01
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色鮮やかに塗装された背負梯子は珍しいのではなかろうか。これが玄界島の特徴なのか、たまたまこの背負梯子の所有者が塗装しただけなのかは分からない。 pic.twitter.com/iqzcKLQpMC

2022-02-09 22:18:19
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背負梯子のキャプション。2005・H17に発生した福岡西方沖地震で玄界島は大きな被害を受けた。その復旧事業によって道が広がったことで背負梯子は使われなくなった。 pic.twitter.com/qXEyl7jCDe

2022-02-09 22:19:31
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本展における私の一番のお目当ては天神地下街天井図。地元では「てんちか」の愛称で親しまれる #天神地下街 (福岡市中央区)の天井装飾の図面である。キャプションにスケールの記載がなかったが原寸だろうか。ちょっと小さい気もする。 pic.twitter.com/Phuf6JzCld

2022-02-09 22:28:22
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タケ @take_all_a

唐草模様をアールヌーボーのスタイルで巧みにデザインしている。 pic.twitter.com/EczZLvboBs

2022-02-09 22:28:41
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天神地下街天井図のキャプション。製作者の大野四郎氏についてざっくり検索した範囲では情報が見つからなかった。 pic.twitter.com/3PMksAGlAa

2022-02-09 22:29:35
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1976・S51年に開業した天神地下街。天井装飾は鋳鉄製。シャッターを降ろした店が目立つのは2020年のコロナ禍の時期だったから。 pic.twitter.com/YPflxS2M4n

2022-02-09 22:33:30
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江戸時代後期(文化年間)の地図「春吉図」。現在の中央区春吉にあたる。 pic.twitter.com/owCNq3YZhh

2022-02-09 22:36:53
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春吉図のキャプション。当時の春吉は足軽や下級武士の屋敷群、寺院などで占められたとのこと。 pic.twitter.com/vlX4bO7xXb

2022-02-09 22:38:29
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タケ @take_all_a

春吉図の現況をGoogleマップの3Dモードで表示。中洲や河川の形状と住吉橋、肥前堀の位置関係から範囲を特定し、分かりやすいよう春吉図よりやや広範囲をキャプチャした。福岡城のお堀だった肥前堀は明治末期に埋め立てられて現存せず。 pic.twitter.com/9LHxFYnp95

2022-02-09 22:40:04
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タケ @take_all_a

春吉図を北が上になるよう回転してGoogleマップと並べると、江戸時代の道や街区がけっこう残っていることが読み取れる。 pic.twitter.com/Ow86K65jL9

2022-02-09 22:42:59
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タケ @take_all_a

1887・M20に出版された「福岡博多鳥瞰図」(作者 一得斎高清)。方位は上が西で、手前から博多、中洲、福岡を描いている。注:商人が暮らす博多と福岡城の城下町である福岡はもともと別の都市。 pic.twitter.com/c59KfjGIJX

2022-02-09 22:46:24
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博多の部分。左の大通りが現在の昭和通り、海岸線はおおむね現在の那の津通り付近と思われる。図右下の柳町は遊郭だったが、九州帝大医学部が今の東区に誘致された際、新柳町(現在の中央区清川)に移転させられる。 pic.twitter.com/fGl8etPxD7

2022-02-09 22:48:48
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中洲から福岡の部分。中洲には1887・M20年の第五回九州沖縄八県連合共進会で建てられた洋館が描かれている。福岡部は護岸の石垣や肥前堀・紺屋町堀(図左上)といった城下町の構造物がまだ残っている。 pic.twitter.com/yJkR4lkoEZ

2022-02-09 22:53:19
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タケ @take_all_a

福岡博多鳥瞰図のキャプション。 pic.twitter.com/bWZB90wFHW

2022-02-09 22:54:45
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最後に紹介するのは1935・S10年に発行された「福岡市と其の近郊」地図。路面電車をはじめ、博多駅が現位置に移転する前の鹿児島本線の旧線、筑肥線の廃止区間、博多湾鉄道といった当時の鉄道路線網が描かれている。 pic.twitter.com/LCrpNaaiUD

2022-02-09 22:57:43
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タケ @take_all_a

福岡市の東側(中洲から箱崎)の範囲を拡大。いくつか指摘すると、昔は東公園に動植物園があった(正門のみ現存)。博多港の船溜まりは福岡サンパレスに、左下の鐘紡工場はキャナルシティ博多になった。 pic.twitter.com/7RfKkaJwPc

2022-02-09 22:59:44
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タケ @take_all_a

福岡市の西側(中洲から西新・藤崎)を拡大。戦前の福岡城址は陸軍の駐屯地(多くの城址がそうだったが)。大濠公園の隣の県営プールは日本庭園に、浄水場(図下)は動植物園になった。姪浜には炭鉱があった(図左上)。 pic.twitter.com/Pu63RTEtAo

2022-02-09 23:04:17
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タケ @take_all_a

「福岡市と其の近郊」のキャプション。 pic.twitter.com/UeoqjAHZEI

2022-02-09 23:05:25
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まとめたひと
タケ @take_all_a

福岡県を中心に、建築・団地・土木・産業遺産などについて、ツイッターにつぶやいたことをまとめています。個人サイトの方は放置中。

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