2022年2月15日
長崎県の旅行中、島原市と南島原市で見た橋梁の紹介。
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タケ @take_all_a

2022年1月の長崎旅行中に見たアレコレのシリーズ、今回は橋梁編をお届けする。写真は島原市のわれん川大橋(左、道路橋)と安新大橋(右、鉄道橋、廃止)だ。 pic.twitter.com/s43T9J8Qy1

2022-02-14 22:27:56
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タケ @take_all_a

1990年代に発生した雲仙普賢岳の火山活動と土石流による災害は、島原市と深江町(後に合併して南島原市の一部となる)を中心に甚大な被害をもたらした。写真は大野木場砂防みらい館(南島原市)の展示物より、土石流で埋まった水無川流域の様子。 pic.twitter.com/WwGZiLcx2m

2022-02-14 22:29:24
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タケ @take_all_a

水無川は雲仙岳から有明海に注ぐ短い河川で、水が流れるのは降雨時のみ。おおむね島原市と南島原市(合併前の深江町)の境界になっている。90年代の災害では水無川流域に沿って火砕流や土石流が流れた。写真は大野木場砂防みらい館より、土石流で埋まった集落。 pic.twitter.com/ONFK8RGOst

2022-02-14 22:30:45
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そこで、今後も想定される火山堆積物による土石流の対策として、2001・H13に導流堤が完成した。ハの字型に連続する堤防は、土石流の威力を弱めながら安定して流す機能がある。さらに、水無川と導流堤に囲まれたエリア(安中三角地帯という)は地盤がかさ上げされた。 pic.twitter.com/T2w2g4teW5

2022-02-14 22:32:37
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この水無川導流堤には7本の橋が架かっている。われん川大橋(左)と安新大橋(右)はその2本。われん川大橋は道路橋、安新大橋は鉄道橋だが、後者は島原鉄道の一部区間廃止により使われていない。 pic.twitter.com/2K8SWD3Xek

2022-02-14 22:35:33
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タケ @take_all_a

島原鉄道は1990年代の災害のため被災地域で幾度かの不通が発生。導流堤の建設に伴う一部区間の高架化と架橋工事が完了して全線の運行が再開したのは1997・H9のこと。以前に紹介した安徳駅はこの高架区間の駅だ。 pic.twitter.com/5kgl4WMqIp

2022-02-14 22:37:21
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タケ @take_all_a

しかし2008・H20、島原鉄道の島原外港駅(現 島原港駅)から南の区間、おおまかにいうと島原市の一部と現在の南島原市の全区間が廃止される。せっかく復旧事業で建設した橋や高架といった構造物は、約10年で役目が終わってしまった。 pic.twitter.com/Yp8r1FQjWW

2022-02-14 22:39:41
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タケ @take_all_a

われん川大橋から島原鉄道の安新大橋を通して導流堤の上流を見る。向こう側に架かる橋は手前が道路橋の安新大橋、奥のアーチ橋は水無大橋。平成新山は雲に霞んでいる。右は眉山。 pic.twitter.com/Dl6wUIILlp

2022-02-14 22:43:39
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タケ @take_all_a

この記事によると、島原鉄道の廃橋をサイクリングロードに活用する構想があるらしいが… 長崎新聞 >【動画】橋物語・水無川導流堤の鉄橋群 噴火災害乗り越え生活支える nordot.app/76087017091750…

2022-02-14 22:44:40
タケ @take_all_a

われん川大橋。構造形式はアーチ橋の一種であるニールセンローゼ橋。「われん川」はこの地にあった湧水の名称で、災害後、住民の手によって再生した。われん川大橋の下流に架かる安徳大橋付近にある。 pic.twitter.com/woBhFJJkqN

2022-02-14 22:55:31
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タケ @take_all_a

われん川大橋から導流堤の下流を見る。手前が安徳大橋、その向こうは島原深江道路(がまだすロード)の高架橋で、橋梁名は未確認(固有名無し?)。背景の海は有明海。 pic.twitter.com/r1Mc8aH7gW

2022-02-14 22:56:24
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タケ @take_all_a

導流堤は草木に覆われていて、ハの字に連なる形状が掴みにくいが、写真右奥は何とか見て取れる。 pic.twitter.com/d8kfKMUIHN

2022-02-14 22:59:43
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タケ @take_all_a

水無川の本流に架かる島原鉄道 水無川橋梁。これも災害後の架け替えだよね? pic.twitter.com/JNDwATkhlQ

2022-02-14 23:08:37
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タケ @take_all_a

廃橋だし、そもそも歩行者は想定していない鉄道橋なので立入禁止だが、ガードは緩くてパイロンがひとつ置いてあるだけ。だからといって入らないこと。 pic.twitter.com/uCXxZmId08

2022-02-14 23:14:18
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タケ @take_all_a

長崎旅行、橋梁編の続き。島原半島南端に口之津という港町がある。キリシタン、からゆきさん、石炭輸出港という重層的な歴史を持つ土地だ。港の出入口にあたる位置に口之津歴史民俗資料館分館(旧 長崎税関口之津支庁、写真左)が建っていて、そこへのバイパスルートの形で「なんばん大橋」が架かる。 pic.twitter.com/h6zoCMwvPY

2022-02-15 22:07:33
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タケ @take_all_a

なんばん大橋の構造形式はアーチ橋の一種のニールセンローゼ橋。橋の下を船舶が航行できなければならないのは分かるが、停泊中の小型船をみるとこの橋はやや過剰に感じる。まあ、マストやアンテナを考慮するとこの高さが必要なのだろうな。 pic.twitter.com/1TtfZENnYC

2022-02-15 22:09:05
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タケ @take_all_a

資料館への行きは橋を渡って帰りはあえて陸路を選んだところ、集落内の道はすれ違いが困難なくらい狭くて曲がりくねっており、確かにバイパスルート / 迂回路はあった方がよいと実感した。 pic.twitter.com/oJrLALiEzp

2022-02-15 22:12:14
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タケ @take_all_a

次は、島原市の武家屋敷群の水路に架かるシンプルな石材。ささやかながら一応これも橋といえる。武家屋敷は島原城の築城と併せて江戸時代前期(1600年代前半)に建てられた。道の中心に設けられた湧水を水源とする生活用水路が特徴で、観光名所になっている。 pic.twitter.com/VN3cA6Y8Nj

2022-02-15 22:18:36
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タケ @take_all_a

水路の水は飲用と防火用で、ここでの洗い物は禁止されていた。島原藩は「水奉行」という役職を設けて厳重に管理したとのこと。水路が残る約400mの道筋が「武家屋敷街並み保存地区」に指定されている。 pic.twitter.com/lG7qbDQOtR

2022-02-15 22:20:36
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タケ @take_all_a

水路際の一段下がった部分は、他の地方なら洗い場に使われるところだが、島原は禁止だったというから水汲み場だったのだろうか。写真の住宅(山本邸)を含めて3軒の屋敷が現存・公開されている。ただしこれらは幕末から明治期の建築である。 pic.twitter.com/htlKKfrU00

2022-02-15 22:21:39
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タケ @take_all_a

島原市と南島原市の橋梁でひとまずスレッドを切ります。

2022-02-15 22:24:40
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まとめたひと
タケ @take_all_a

福岡県を中心に、建築・団地・土木・産業遺産などについて、ツイッターにつぶやいたことをまとめています。個人サイトの方は放置中。

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