「発語行為」、「発語内行為」、「発語媒介行為」が重なり合ったもの。
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表出型によく分類されるのは「ごめんなさい」や「ありがとう」といった発言です。これらは「謝罪する」や「感謝する」という発語内行為として理解できるでしょう。

2022-03-21 16:39:16
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ダニエル・ヴァンダーヴィーケンによると、表出型の言語行為は「私たちの社会生活において重要な、喜びや称賛や不満といった心の状態を表出、つまりは顕在化させる」ためのものです。  アスカが何かを述べ、シンジが何か要領のえないことを返したときなどに、「あんたバカぁ?」が登場します。

2022-03-21 16:39:47
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アスカは、その回答が不満である、シンジの態度に不満である、という心の状態をはっきりと表現しているわけです。そして、それを表現すること自体が発言の目的、ポイントだということです。

2022-03-21 16:41:14
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発言の内容を世界に合わせようとしているわけでも、世界を発言に合わせて欲しいわけでもありません。特に向きは存在しないのです。  「あんたバカぁ?」と呼びかけるのは、「罵る」や「罵倒する」という行為だと呼べる。

2022-03-21 16:41:23
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そして、その罵りは心の状態を表出する行為です。しかし、表出型の行為は、単に感情を表現するだけのものではありません。「謝罪」や「感謝」や「挨拶」など、社会的にきわめて重要な種類の行為が含まれます。心の状態を表明する / しない、ということには、大きな社会的含意がともないます。

2022-03-21 16:41:46
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では「あんたバカぁ?」にはどのような社会的含意が付随するのでしょうか? このような罵りの中心的機能は、誰かを自らより低く位置づける、というランクづけにあります。人をバカにする、一般的に悪口を言うことそのものを、ランクづけるという発語内行為あるいは発語媒介行為として理解してみます。

2022-03-21 16:42:39
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誰かに向けてバカと言うことは、二種類の形でその人物を低く位置づけることにつながります。一つ目は、「あんたバカぁ?」が表出型の言語行為だとすると、それは世界の事実関係の記述を目的とした行為ではありません。文字通り質問しているわけでも、命令しているわけでもないことも明らかなので、

2022-03-21 16:43:43
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この疑問文は修辞的に「あんたバカね」と述べているわけです。聞き手であるシンジがバカだ、と述べている以上、「バカ」という語が表す何かがシンジに当てはまると言っているわけです。  「バカ」という語は、「よりバカ」のように、比較を許容します。誰かが誰かよりバカだったりするわけです。

2022-03-21 16:44:05
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つまり、バカのランキングを考えることができるのです。シンジがバカだと言われランクが下がり、アスカは出発地点のデフォルトのランクに立っているとすると、今作られた暫定バカランキング(下位がよりバカ)において、アスカはシンジよりランクが低くなることはありえません。

2022-03-21 16:44:40
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「あんたバカぁ?」か誰かを低く位置づけるもう一つのやり方は次のようなものです。そうしたトークンを、引用や冗談でなくまじめに作るということには常に、「そのような発言をしてもよい」というメタメッセージがともないます。

2022-03-21 16:45:33
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「バカ」ということばの内容だけでなく、誰かに「バカ」と言うことそれ自体に、大きな影響力があると言ってもいいでしょう。そうした発言は、発言後すぐに制裁の対象になったりしない限り、発言が向けられた人に対してそれを使ってもよいのだ、という承認を含意します。twitter.com/oceane_fr_jp/s…

2022-03-21 16:50:42
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何かについて、それをしてもよい/してはダメ、というルールを設定することができるということは、権力を持っているということです。「バカ」という単語を使うことで、少なくとも私はこの人を「バカ」と呼んでもよい、この人がどう呼ばれるかを決めるのは私だ、という権力関係を示すことになるのです。

2022-03-29 01:13:10
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第4章で、呼称がいかに重要なのかを確認しましたが、そのひとつの理由は、呼び方を決められるものには権力があるからなのです。  権力というのは大事なランキングの一種です。それに影響力を行使することは、少なくとも権力者になりたい者にとってはたいへん重要な活動です。

2022-03-29 01:17:25
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誰かを罵る、バカにするという行為の中心的要素は、ランキングを操作するというものです。  罵るという行為の必要条件はランキングを操作し、人を低く位置づけることだ、という関係性を含意するとしましょう。すると、興味深い帰結のひとつは、もし人を低く位置づけるようなことができない、

2022-03-29 01:22:10
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ランキングの操作など関係ない、ということが文脈上明らかならば、字面上乱暴なことばが含まれていても、それは罵っている、バカにしているとはみなすことができない、ということです。

2022-03-29 01:35:48
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「あんたバカぁ?」に戻ります。少なくともアスカとシンジが互いの関係性を成立させていない段階において、アスカのこの発言は、権力差の確立・維持という含意が大きいと思われます。「アップをかました」わけです。nico.ms/sm1667925?ref=…

2022-03-29 01:38:58
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しかし、アニメ版第11話で、友好関係が徐々に成立してきた後において、楽しげな「あんたバカぁ?」が登場します。お互いに何らかの信頼関係が存在し、私たちは同じ立場の仲間である、ということが明確なら、「今私はあなたを下に位置づけている」というメッセージは成立しようがありません。

2022-03-29 02:04:14
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ですので、本当の罵りとしては解釈されず、アスカは口が少し悪いなあ、と解釈されるわけです。ランキングを操作しなければ、同列だという意識がしっかりと共有されているところでは、悪口も軽口にしかならないのです。(本当に信頼関係があればの話)

2022-03-29 02:16:48
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明らかに権力ランキングの低い位置に押し込められている人々が、不平等さに抵抗するために乱暴なことを言うとき、それは権力差の不均衡を是正しようとしているわけです。国王に対する悪口が、風刺となり、批評となるのはそのためです。

2022-03-29 02:29:53
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悪口を評価するためには、トークンが使われた文脈を吟味し、どのようなランキングが関わっているのか、ランキングの中での言う側・言われる側の位置関係はどのようなものか、を最低限把握しなければなりません。それなくして、悪口を適切に評価することはできないのです。twitter.com/RJTBU/status/1…

2022-03-29 02:34:03
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何か不適切とされる発言があったとき、単にどの表現タイプを使った、使っていない、ということだけに注意をそらされてはいけません。また、「どういうつもりだったか」という、ときに答えの出しようのない(自分の内面にすら確信が持てますか?)問いは煙幕となりえます。

2022-03-29 02:38:27
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権力の序列関係などが発言の評価に決定的な影響を与えるということ、そうした広い文脈・背景をしっかりと考慮に入れるべきなのです。  ちょっと挿入になりますが、ウィル・スミスとクリス・ロックの件について。抜粋①で省きましたが、Schopenhauerの「騎士の名誉」についてtwitter.com/ama80000996/st…

2022-03-29 02:50:09
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著者は、第2章で、筒井康隆の「悪口雑言罵詈讒謗私論」と Bergen, K. B. (2016) を比較し、意味の多様性が悪口の多様性につながっていること、単語が現れる構文全体も無視できないことを述べた後、クリプキとフレーゲ的固有名につなげる前に、第4章冒頭で、鎌倉幕府の御成敗式目(悪口の咎の事)

2022-03-29 03:05:46
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で山本幸司『<悪口>という文化』の武士に関する悪口罪を取り上げ、続いてショーペンハウアーのいう騎士の名誉について述べています。 p.97 ショーペンハウアーによると、中世以降ヨーロッパの騎士の間には名誉についてのローカルルールが成立しました。

2022-03-29 03:12:46
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名誉とはざっくりとらえれば他者からの評判ですが、騎士の名誉が少し特殊なのは、他者の心の内に抱かれているイメージそのものはどうでもよく、その表明のみが重要だという点です。twitter.com/ruikozuka/stat…

2022-03-29 03:16:41
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この名誉は、私たちの価値に対する他人の思惑ではなく、ひとえに思惑の「表明」にかかっている。実際の思惑が表明された通りなのか否かはどうでもよく、ましてやそれが根拠あるものなのか否かもどうでもよい。  Arthur Schopenhauer. 1851/2018, p.121

2022-03-29 03:23:04
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自分が相手からどう思われているか、それが実際に当てはまるかどうかは重要ではなく、自分が世間でどういうふうに語られているかが重要で、名誉はそこに依存するというのです。誰かから「嘘つき」と表明されてしまうと、自分がそれを否定しない限りは、自分が「嘘つき」認定されたということで、

2022-03-29 03:27:36
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名誉が損なわれてしまうわけです。騎士たるものが名誉を回復する手段は、相手にいかなる手段を用いてもその発言を撤回させる、あるいはこの侮辱を超える侮辱または暴力を相手に与えるというものです。

2022-03-29 04:39:09
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「名誉回復は、正義と道理によってではなく、撃ったり刺したりすることによって成される。したがって名誉問題において、粗暴はあらゆる他の特性を埋め合わせる、もしくは凌駕する特性である。いちばん粗暴な者の言い分が通るのだ。」 (ibid., p. 128)

2022-03-29 04:39:28
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ショーペンハウアーは、「騎士の名誉」を「拳の名誉」と呼んでもよいと言います。いざとなれば「神明裁判」すなわち決闘で相手を殺してしまえば名誉が保たれます。やり返さないと、「やり返さないやつ」になってしまうわけです。

2022-03-29 04:39:50
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示唆的なのは、悪口の表明に対する騎士の態度です。表明されたかどうか、という点が重要で、実際にどうかということは問題ではないのです。表明への対抗措置をただちに取らなければ、名誉が永遠に失われてしまうと騎士は考えます。これは武士も同じです。そもそも、御成敗式目のような規則が作られた

2022-03-29 04:40:09
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ということは、そうしなければ武士たちは名誉をかけてすぐに殺し合ってしまうからでしょう。 p.100 私たちはどうしてここまで「人からどう呼ばれるのかを気にかけるのでしょうか。「人からどう思われているか」ですらないことに気をつけてください。

2022-03-29 04:41:21
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ひとつの答えは、「人からどう呼ばれるかは、私たちの社会での立場を反映しているから」というものです。社会の中での立場はひとつではなく、複数の序列関係が交差しています。悪口の分析において、序列関係を記述するものとして、ランキングという語を使うことにします。

2022-03-29 08:01:30

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