要望がありましたので纏めました。尻切れトンボもいいところなんですがこれ凄く長い話になるので。正直、長田龍太氏の本はあんまり良いものではないと思うのですが日本だと(この分野の本では間違いなく)ベストセラーになっているのがこの界隈の問題や流動性の拙さを表しているなぁと思ったりします。 Twitterからの緊急避難。
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近年、何かよく見かけるようになった「古代ギリシャの接着型の布または皮鎧リノソラックス:Linothoraxは金属の青銅製筋肉鎧よりも強靭で防御力があった」という話の元はどこだろうかと思っていたら、どうやら皆、長田龍太氏の「古代ギリシア 重装歩兵の戦術」からだったらしい。ウーン。

2017-09-09 14:46:55
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前からちょこちょこ言及していますが、(この分野では間違いなくベストセラーだろう)「中世ヨーロッパの武術」「続・中世ヨーロッパの武術」等を書いている長田龍太氏は(ある程度の確信がありますが)恐らく専門の研究者ではなく、専門外の訳者の可能性が高く、それ故に内容に不安定なところがある

2017-09-09 14:51:55
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「中世ヨーロッパの武術」から「古代ギリシアの~」までの一貫した長田氏の悪い癖で、モノの本を多数読んで寄せ集めてレポート化(単に引用しただけな内容も多い)した内容で、著者自身がそれを纏められていないし統一見解を持っていない、それらを読者に分からせる気がないところがある。

2017-09-09 14:54:38
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参考文献が多く、その内のいくつかは良質なものもあるが、訳している本人が恐らく体系的な知識や方法論、今までの研究史を把握していないので「それを参考文献に入れていいのか?」というものもあるのです。そして、更に分からないこと、不明なところは考察ではなく「想像と個人的解釈」を入れている。

2017-09-09 14:57:16
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元々、長田龍太氏の本は「中世ヨーロッパの武術」から私は引っかかるところがあり、専門的な本というわりには文体やそれぞれの用語の定義付けや解説、そして、多数の論説や本自体の纏め方が素人っぽく感じるところがあったりして、一度リサーチしたことがありまして。

2017-09-09 15:02:58
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話がずれたというか前置きはこのくらいで具体的に。先ほど挙げた「古代ギリシャの接着型の布または皮鎧リノソラックス:Linothoraxは金属の青銅製筋肉鎧よりも強靭で防御力があった」という話については「古代ギリシア~」の中に「青銅製防具の効果」という項目がある。

2017-09-09 15:10:07
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その中で言及されている実験の大本の話はPhilip Henry Blyth氏の「The Effectiveness of Greek Armour Against Arrows in the Persian War (490-479 B.C.)」である。

2017-09-09 15:14:20
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(そもそも本の該当部分でこの話の参考元の著者が誰なのか長田龍太氏は「彼」としか書いておらず、探すのにちょっと時間がかかったり。長田氏はこういう書き方が凄く多くて例えば戦術の項目では「軍事理論家によると~」を連発していて「だから誰!」とよくなったり。こういう点が専門家らしくない)

2017-09-09 15:19:19
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これは長田氏も書いてはいるが、本自体は1977年出版のものであり、その内容にある実験自体は(確か)更に過去のものである。1970年代といえば60年代から始まったHEMA(Historical Europian Martial Arts)の実践的アプローチと同じく再現実験の成長期。

2017-09-09 15:29:40
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現代の最新技術と総合的かつ多角的な科学的アプローチにおける厳密な再現実験と比べるとまだ素材の成分から実験の手法から、技術的限界などにより実験の精度や再現性においてまだまだ甘いところがあった時代。

2017-09-09 15:33:12
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他の参考文献が概ねここ2000年代~2010年代の物が多いのに対し、これだけ40~50年くらい古い。

2017-09-09 15:42:55
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とはいえ、長田氏もこれについては「実験で使用した青銅サンプルは、当時の青銅よりも柔らかい為、実際は30%ほど効果が増幅するのでは」という参考元のPhilip・H・B氏の考察をそのまま記してはいるが。

2017-09-09 15:44:54
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だが、他にも青銅製鎧や冑、青銅プレートへの衝撃や貫通耐性の実験においてはもっと参考にできる実験と本があるはずなのに何故このような古い本を持ってきたのか、という点において疑問が生じざるを得ない。恐らくこれしか参考にできるのが見つからなかったのではないか。

2017-09-09 15:49:01
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では、リノソラックス:Linothoraxについてはどうでしょう。これについてはちょっと複雑な話になりますが、頑張って述べていこうと思う。

2017-09-09 15:52:30
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初めにリノソラックス:Linothoraxという鎧は主に布や皮を何重にも重ねた積層構造によって防御力を得る物です。しかし、この鎧は素材が素材な為に腐食してしまい、発掘品や現物が全くない為(極々一部の断片しか発掘されてない)謎が多く、具体的な構造や性能は不明な点が多いのです。 pic.twitter.com/qPgwjMiuTH

2017-09-09 16:57:12
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発掘品や具体的な記述がほぼ無い為に、この鎧に関しては壁画や壺絵等からの考察に頼らざるを得ない点(これは服飾等他の証拠がない物での研究によくある悩みですが)があり、構造や素材、製造方法や他の鎧との比較において研究が重ねられる度に説が二転三転しており、複雑で長い議論が行われてきました

2017-09-09 17:13:59
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それでも長い研究からリノソラックス:Linothoraxは構造や素材によっては青銅製筋肉鎧を凌駕する性能を持つこともあるだろうという見解も出てきています。 「あれ?じゃあ、長田氏の本の記述は何も問題ないのでは?」とお思いになるでしょう。

2017-09-09 17:23:49
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では、「ギリシアの~」におけるリノソラックスの部分の記述を見てみると、長田氏は「当時のリノソラクスは(中略)リネンを”接着剤”で張り合わせて作られた」と述べており、その防御効果もこれを前提として記述しています。昔からある接着型構造の説です。これが問題なのです。

2017-09-09 17:30:41
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twitter.com/centurio_P/sta… ここで述べた「構造や素材によっては」というのは”適切にキルティングされたりリネンや皮を縫い合わせたりした場合”(例えば六層で短剣の斬撃は防ぐことができ、十層以上ならば刺突も貫通できず、縫目がきつければより効果は高まる)によるものです

2017-09-09 17:43:08
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しかし、逆に長田氏は「実験によるとキルト式は防御効果がほとんどなく、縫い合わせ式は接着式と同等(中略)結局、リネンのみを使う接着式が最も効率がいいとされた」と述べており、後々も接着型リノソラックスの利点と性能の高さ、着心地についてを記述しています。

2017-09-09 18:00:27
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この「接着型リノソラックス:Linothorax」の優秀性の記述の参考文献はGregory S. Aldrete氏ら著の「Reconstructing Ancient Linen Body Armor: Unraveling the Linothorax Mystery」です。

2017-09-09 18:17:43
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この本はAldrete氏とS.M. Bartell氏らが行ったプロジェクトの書籍化であり、タイトルの通り”接着型の”リノソラックス:Linothoraxを実際に作って着用し、着心地等を確かめつつ、斬撃刺突打撃射撃その他諸々を剣や槍に斧、弓や投槍を使って性能を確かめてみたものです。

2017-09-09 18:29:07
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このプロジェクトと発表された論文、そして本は非常に高い評価を受けました。最近、ファランクスについて従来の絵画や壺絵資料からの解釈に終始せず、実践的アプローチと科学的分析を駆使し、より多角的で確からしさを目指した統合論的見解を発表して台頭してきたC・Matthew氏等も評価している

2017-09-09 18:40:38
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その作ってみた労力とサンプル、それを使用した様々な実験と興味深い結果。Alderte氏らは脚光を浴びましたし、一時期、この本は趣味人らの間で古代ギリシャの鎧を語る上でバイブル的な位置づけになったこともあります。

2017-09-09 18:43:09
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しかし、落ち着いてきて再評価されるようになるとこの本とその内容について、大前提の疑問がありました。 接着剤を使用して作る「接着型リノソラックス:Linothorax」については大本が単なる仮説であって、昔から現物も発掘品も無く(断片さえも)その実在性に疑問が持たれていたからです

2017-09-09 18:56:03
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使用された接着剤についてもこれも証拠が無く分かっていません。「~かもしれない」という推測があるだけです。

2017-09-09 19:07:22
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そもそも「接着型リノソラックス:Linothorax」という仮説は「Greece and Rome at War」等の著作者Peter・Connoly氏(彼はイラストレーターでもあり再現予想図も描いているので彼の再現予想図を見たことある人はかなり多いはず)らから始まったものです。

2017-09-10 17:45:44
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今は亡きP・Connoly氏は「古代ギリシャのリネンの鎧」について、壺絵等からその構造等を推測しましたが、こういった着用時の絵の「鎧の肩部(フェンダー)の跳ね上がりや弾力性に富んだように見える湾曲さ」から「これは何らかの接着剤によって接着されたものでは」と考え、述べてました。 pic.twitter.com/2sAhncrzxD

2017-09-10 18:04:40
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画像はwikipeとP・Connoly氏の「Greece and Rome at War」から。

2017-09-10 18:05:26
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キルティングや縫い合わせ式ではこんなに弾力性のある布にはならないだろうという考えからですね。この仮説の為、P・Connoly氏の描くリノソラックス:Linothoraxは糊付けされたパリっとした感じの物が多いです。

2017-09-11 18:06:40
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しかし、この論は上述した通り、これを支持するもしくは成り立たせる証拠は、(ギリシャだけでなく世界的にも)断片さえもない中で立てられた仮説でしかないものでした。使用される接着材もどのような物で性質も何もわかっていない状態でです。

2017-09-11 18:19:17
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それでも、この接着型リノソラックス:Linothoraxは仮説としては(他にJohn Warry氏等当時~90年代の本にほんとに多い)余りにも何度も取り上げられるので、関係者(特に甲冑趣味人・リエナクター)の間でいつの間にかそれが史実で実在したと勘違いされることも多々あったのです

2017-09-13 18:48:19
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仮説にすぎなかった話が何度もシェアされていった結果(インターネットの発達とリエナクターや甲冑スポーツマンや甲冑趣味人の増加もあり)、いつの間にかそれが既定の事実のように錯覚し、認識してしまう人も少なくなかったわけですね。これは他の歴史話でも時たまあることですけど。

2017-09-13 18:55:18
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接着型リノソラックス:Linothoraxの実在を唱える人々の中には古代ギリシャやローマの演劇で使用された、布製の糊付けされた仮面を証拠とする人もいます。しかし、着用し、戦場にて様々な厳しい環境に置かれる軍用品と演劇用の装飾品を同列に扱うのはまったくもってナンセンスです。

2017-09-16 18:48:33
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糊付けされた鎧についてはその実用性とそれに伴う現実性にも疑問があります。まず、糊付けされた布鎧はかなりのゴワゴワになってしまい、着心地が悪化します。さらに防御力を増す為に何重にも糊付けするとその着心地はより固く柔軟性を失います。

2017-09-16 18:48:59
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Aldrete氏らは「接着型リノソラックス:Linothorax」について着用していると汗により糊が馴染み着心地は良くなると述べてはいますが、これにも疑問が残ります。糊付けされたものは当然、耐水性が低く水分に弱い。濡れたり湿気が強い地だとすぐ脆弱性を見せ、最悪壊れてしまいます。

2017-09-16 18:51:46
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特に現代の優れた接着剤に大きく劣る当時のもので、この問題を克服したものは存在しません。というか現代にもそんな便利な接着剤は困難でしょう。

2017-09-16 18:55:11
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現代においても従来の装甲以外には防刃防弾チョッキなどにおいて特殊繊維による編み込み等が主になっている点からも伺えるものですが。

2017-09-16 18:55:23
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接着された鎧は着ていれば着ているほど「汗や水」に侵食されるもので、その構造が弱体化します。長期の行軍や戦闘時は?雨や嵐の中での戦いや野営時は?湿気の強い土地での運用は?それらに対処できる接着型の鎧は確認されておらず、その答えも記録もありません。

2017-09-16 18:56:37
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この手の問題でよく見かけるのは接着された複合弓の湿気の強い地域での脆弱性や威力の低下ですが、これと同じことが接着された鎧でも起こることは十分考えられていました。

2017-09-16 18:57:14
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面積が大きく、着用し続ける接着型の鎧はより影響を受けやすく、こういった実用性や現実性の面からも大きく実在が疑われているのです。現に接着剤を用いた甲冑というのはギリシャだけでなく世界的にも例を見ない部類であるのです(湿気が死んでいる北極圏に近い地域だといくつかあるようですが)

2017-09-16 18:57:25
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逆にキルティングや縫い合わせ式の布鎧や皮鎧は伝統があり、古今東西数々の現物も証拠(断片ですが、古代ギリシアのものでもミュケナイで一つ、パトラスでも一つ)も残っており、世界的にも一般的に見られるものです。(北は北欧から南はアフリカ、西は欧州から東はアメリカまで)

2017-09-16 18:58:26
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しかも、P・Connoly氏が接着型リノソラックス:Linothoraxの仮説を考えきっかけとなった肩部(フェンダー)の”弾力性”のある布地はキルティングされたもしくは編み合わせの布鎧でも再現できることがわかっています。

2017-09-16 18:59:41
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つまり、Aldrete氏らは厳しい見方をすると伝言ゲームの要領で台頭してきた、何の根拠も歴史的証拠もなく、その実用性も危うい歴史的な鎧とは言えないファンタジーなサンプル「接着型リノソラックス:Linothorax」を作ってみて、それを実験した結果で評価を受けたということになります

2017-09-16 19:02:09
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そして、さらにAldrete氏らの唱える接着型リノソラックスの高性能、優秀さの根拠となる実験にはこれにもいくつか不穏材料があり、その妥当性が疑われてもいるのです。

2017-09-16 19:03:25
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何かすっかりAldrete氏らの話になっているけれど長田氏の話にはここは関連するのでゆるしてゆるして

2017-09-16 19:10:34
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Aldrete氏らの研究チームによるプロジェクト中の実験において妥当性が疑われている点があり、そのうちのいくつかは不備と言えるもの、そして、不正と言われても反論が難しいところがある。

2018-10-08 17:45:59
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その内、よく挙げられるのは「研究チームお手製接着型リノソラックス」と「青銅製の一枚板」に矢を射てみて、耐久性等の比較検証をする実験の際のものである。この実験の結果だけ初めに言うと「お手製接着型リノソラックス」は「青銅製の一枚板」よりも強固さと耐久性を示した。

2018-10-08 17:45:59
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研究チームによると「お手製接着型リノソラックス」は「青銅製の一枚板」より矢に対しての強靭性を見せ、接着されたリネンは青銅の40%~50%の重さで青銅と同じ効果を発揮するという結論を出した。

2018-10-08 17:45:59
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これによると20層構造の接着されたリネンは僅か約900グラムで約2250グラムの「青銅の一枚板」と同等以上の性能を見せることになる。

2018-10-08 17:46:00