学生のときに見た花火 初恋の予感
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深淵まんまる @marufuwafuwa23

【花火】 夏になると思い出す。大きな花火の話。 あのころ、「好き」なんて照れくさくて言える筈の無かった俺だったけど、花火に誘うことはできた。 祭り自体が自粛されるんじゃないかって、大人たちは心配していたけれど、俺たちは花火を本当に楽しみにしていた。 入学式も、宿泊も、旅行も、

2022-07-24 21:01:30
深淵まんまる @marufuwafuwa23

卒業式をも削られてきた俺たちにとって、花火は大きな希望の灯りだった。 増えていく感染者の数は気になったけれど、「自粛ばかりじゃ経済は回らないから」とかいう理由で、祭りは実施されることが決まった、らしい。 開催されると聞いて、内心小躍りした。 不謹慎、と思われるかもしれないけれど、

2022-07-24 21:03:28
深淵まんまる @marufuwafuwa23

それくらい、嬉しかったんだ。 彼女を、誘うために花火は絶対必要だと思っていたから。 彼女は口数の少ない子だった。 クラスの中で、いつも少し離れたようにポツンと佇み、かといって人を遠ざけているような様子もない。 声をかけられたらいつでもニコニコ応じ、他の人がしていることを

2022-07-24 21:25:58
深淵まんまる @marufuwafuwa23

見守っている、という表現がぴったりな子だった。 華やかさは少なかったかもしれないけれど、人のことをよく見ていて、「あ、筆箱忘れた」という声が聞こえると「あ……。良かったら」と貸してあげるような、そんな細やかな優しさに満ちている子だった。 自信がないのか、人前に出るとしどろもどろに

2022-07-25 08:22:21
深淵まんまる @marufuwafuwa23

なって真っ赤になってしまう。 そんな様子に手を貸したのが、好意の始まりだったのかもしれない。 授業でプレゼンテーションを行う際、一人頭の発表時間が振り分けられて、少し曇った表情をしていた彼女に「少し仕事、交換しよ」と声をかけた。 え?と首を傾げる彼女に「発表の時間、少し俺が多く」

2022-07-25 08:24:20
深淵まんまる @marufuwafuwa23

「取るから、その分、発表原稿スライド作り手伝ってよ」彼女の顔がぱああと明るくなるのが可愛かった。 いつもは人のことを気にかけて助けてばかりだったから、こんなふうに声をかけられることは稀だったのかもしれない。 グループ発表の授業だったので、幸い、グループの中での仕事の割り振りは

2022-07-25 08:26:29
深淵まんまる @marufuwafuwa23

自由に決められた。 彼女とは、机を並べてパソコンの資料を作る時間が増えた。 人前に出るのはとても苦手な彼女だったが、よく考えている人で、「ここをまとめて発表すると、分かりやすいと思う……たぶん」と指摘されるところは全て頷けることばかりだった。 夏休み前のプレゼンテーションは、

2022-07-25 08:28:25
深淵まんまる @marufuwafuwa23

それなりに上手く行って、グループの中でもほっとした空気が流れていた。 俺も、原稿を作って、ある程度は読んで覚える練習もしてきたので、緊張はしたが上手に発表できたと思う。 彼女のおかげだと思ったから、「ありがとう」と伝えると、彼女は真っ赤になっていた。 いいなあと思った。

2022-07-25 08:30:20
深淵まんまる @marufuwafuwa23

そうして夏休みが目前に控え、グループの一員が「割と疲れた授業だったし、評価も良かったじゃん?打ち上げしよーぜ」なんて言い出した。 打ち上げするほどのことも無かったと思うが、学生はなんでもかんでも打ち上がりたいものだ。 ちょうど、それこそ、予定通りならば近くの祭りで

2022-07-25 08:32:03
深淵まんまる @marufuwafuwa23

数年ぶりに打ち上げ花火を行うというので、「祭りは?」と提案してみた。 「やるのかなあ」「やるんなら行きたいなあ」そういう声を上手くまとめることもできて、グループ全員で花火大会に行くことになった。 中止になってくれなくて本当に良かった。 「どうしようかな」 二人になったときに

2022-07-25 08:33:29
深淵まんまる @marufuwafuwa23

ポツリと言うものだから「何が?」と聞いた。 「浴衣、持ってなくて」 ハッとした。全然考えていなかった。 俺たちは、祭りというもの自体が久しぶりすぎて、今の自分に見合う浴衣なんて持っていなかった。 「買いに行けば?」 口走っていた。 「俺も、甚平着ていくから」 彼女が少し口を押さえて

2022-07-25 08:36:14
深淵まんまる @marufuwafuwa23

小さく「うん」と言うのが本当に愛しいなと思った。 告白こそしていなかったけれど、彼女とこんなふうな小さな時間を過ごすのが気持ち良かった。 きっと、好きという感情はこんなふうに少しずつ大きくなっていって、ちょっとのきっかけでしっかりとした形を取るんだ。 そんなふうに一人で感じていた。

2022-07-25 08:40:18
深淵まんまる @marufuwafuwa23

学生で買える浴衣や甚平なんて、そんなに高いものじゃない。かといって、そう安い買い物でもない。 彼女が、自分と遊びに行くために浴衣を新調しようとしているのが嬉しくて、きっとその日にしか着ないだろう甚平を俺も買った。 普段自分が着る服なんて、全然悩みもしないで選ぶのに、

2022-07-26 07:40:45
深淵まんまる @marufuwafuwa23

どんな柄が良いだろう。これは派手すぎるかな、地味すぎるかな。彼女が着てくる浴衣と並んで、彼女の浴衣が映えるのが良いな。 選んだのは深い紺色に薄く灰色の縞が入った、割と地味かもしれないデザインのものだった。彼女の浴衣が引き立てば良いな、なんて勝手に一人で妄想しながら買った。

2022-07-26 07:43:22
深淵まんまる @marufuwafuwa23

花火の日。 皆も思い思いの浴衣を着てきていた。イベントごとは全力で楽しまないと。 これまでいくつものイベントを我慢してきた俺たちは、「人に迷惑はかけないようにな」というそれぞれの親の言いつけを存外素直に守りながら、十分に楽しんでいたと思う。 彼女と二人きりのデートだったら

2022-07-26 07:45:32
深淵まんまる @marufuwafuwa23

もっとドキドキしたのかな、なんて考えて、どうか考えが顔に出ていませんように、と願った。そんなこと、彼女にバレたら恥ずかしすぎる。 彼女は、白地に微かにグレーの縦縞が入り水色の花が控えめに咲いた浴衣を着てきた。 色の彩度は違ったけれど、グレーの縦縞が同じであることに、俺は

2022-07-26 07:52:58
深淵まんまる @marufuwafuwa23

勝手にお揃いを意識してしまっていた。こんなことを口にしたら絶対に気持ち悪がられると思ったから、いつもより無口になってしまったかもしれない。 思い思いに射的やら、間違いなく当たらないクジやらを引いたりして遊んだ。ヨーヨー釣りなんて何年ぶりだろう。幼稚園のイベント以来かもしれない。

2022-07-26 12:12:31
深淵まんまる @marufuwafuwa23

金魚すくいに挑む友人の後ろで、それを見守る彼女に声をかけた。 「金魚すくい、しない?」 「うーん」 彼女は、嬉しそうで、それでいて少しだけ困ったように微笑んでいた。 「ウチだと飼えないかなぁって」 「最後に全部返しちゃえばいいんじゃない?」 「そうだねぇ」 少し濁したのが気になって

2022-07-26 12:14:17
深淵まんまる @marufuwafuwa23

「魚、苦手?」 楽しんでいる友人たちの雰囲気を損なわないよう、彼女にだけ聞こえるように声をかけた。 彼女もその意図を察してくれたのか、声を潜めて教えてくれた。 「すくわれるたびに、息苦しいの可愛そうだなぁって。……金魚」 彼女にはいつも驚かされる。 「でも、ご飯で出るお魚は」

2022-07-26 12:16:01
深淵まんまる @marufuwafuwa23

「ぺろりと食べちゃうんだけどね」 そんなふうにはにかんで答える彼女を、このときはっきりと可愛いと思えた。 「そうだね。それなら俺らは楽しんでる皆を見てようか」 「うん」 彼女はこちらの顔を覗うと、嬉しそうに笑った。 金魚すくいに白熱した後、花火が始まるというので場所取りに

2022-07-26 12:17:40
深淵まんまる @marufuwafuwa23

向かった。でも、こんなご時世でも……いや、ご時世だからこそか、人が多くて友人たちとははぐれてしまった。 都合が良いなんて思ったらいけないのだろうけど、彼女と二人だった。 ひょっとしたら俺は無意識のうちに彼女と二人きりになるように動いてしまったのかもしれない。あいつらに悪いこと

2022-07-26 12:19:15
深淵まんまる @marufuwafuwa23

したかもな。後頭を掻いていると、彼女が俺の袖を遠慮がちに引いた。 「はぐれちゃったね」 「そうだね」 「探しているんだけど、ちょっと人が多いかも」 「……まあ、花火は上向いたら皆見えるから」 だから、当初の目的は達成できるんじゃないかな、と言ったら「おおらかだね」と笑ってくれた。

2022-07-26 12:20:44
深淵まんまる @marufuwafuwa23

「後ではぐれてごめんって謝るわ」 「私も」 「いや、俺の方が前歩いてたのにあいつらの背中見失ったから」 俺が謝るよ、と言うと「ごめんね」と先に謝られた。よっぽど、「本当は二人になりたいとか思ってたし」なんて言いそうになった。積極的すぎるだろ、とセルフツッコミをいれて黙ることに

2022-07-26 12:22:45
深淵まんまる @marufuwafuwa23

成功した。 そのとき。 「皆様、夜空に絢爛豪華な花火が咲いてまいります!」 アナウンスの声が入った。その場にいた人が皆、立ち止まって上を見上げる。 俺も、彼女も見上げた。 ひゅうぅぅぅ。……。………どおん。 綺麗な大輪が星空の前に咲いた。綺麗だった。 どおん。……どおん。

2022-07-26 12:25:01
深淵まんまる @marufuwafuwa23

たくさんの花火。綺麗な花火。 隣の彼女の手を握るだけの勇気はまだ無かったけれども、はぐれないように少し握ってくれている袖で繋がれているだけで、今は十分だった。 花火を見ながら、そっと隣の彼女の横顔を見た。 光に照らされるたびに、目がキラキラと輝く彼女が素敵だった。

2022-07-26 12:27:11
深淵まんまる @marufuwafuwa23

そうしていると、ふと、彼女は俺が見ていることに気付いたらしかった。 恥ずかしがって少し俯きながら、でも花火に負けないために俺の耳に顔を近付けて彼女は言った。 「柄、お揃いみたいだね」 どおおん。どおん。 遠くで響く花火の音に、一瞬時が止まったのかと思った。 浴衣の彼女が微笑んだ。

2022-07-26 12:29:13
深淵まんまる @marufuwafuwa23

俺は、無性に顔が熱くなって、慌てて空を見上げた。 大輪の花が咲いていた。 隣には、可憐な花が咲いている。 いつまでも、いつまでも、この景色を俺は忘れないと思う。 夏が来ると思い出す、彼女と俺の馴れ初めの、 花火。

2022-07-26 12:30:48
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まとめたひと
真円まんまる @mannmaru2020

20↑。アイコンは壱(@dmnsmn_)様より。鍵つけているのはR18だらけだから。あと、検索避けしていないので。ゾーニングの一種と思っていただければ。 固定ツイに色々と置いています。ご参考までに。 全年齢アカは→(@GOMAKO23)癖が特殊なので各自ミュートなど宜しくお願いいたします。